その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

文字の大きさ
66 / 714
出会いと、お別れの日々 (2)

エスカリーナの反撃とお別れ (3)

しおりを挟む
 娼館の外に抜け出せたのは、僥倖だったわ。 気配を消して部屋を出たところで、この娼館の人がゴミ出しに娼館の外に出たの。 すり抜けて、闇に潜むの。 その間、ホワテルとは常時繋がってるようにしていたわ。 万が一って事があるもの。

 基本的に「闇」属性の魔法…… つまりは精神に作用する様な魔法は脆いの。 対象者の自我が強ければ強い程、想う力が強ければ強いほど、掛かりずらくなる。

 ハンナさんが、ああも簡単に術中に嵌ったのは、あの「歌劇団」で飲んだ飲み物のせいと、あの「魔性の歌声」で、ほぼ無防備な状態にされたからなんだ。


 わたしが、早々に回復したのも、警戒して準備してたから。


 なにか強い衝撃が対象者に加えられると、闇の魔法は崩れる。 それ程、危ういものなの。 だから、隠れて、密やかに、忍び込む様にそれらの魔法は行使される。 つまりは、暗殺者とか、盗賊職の御用達みたいな魔法なのよ。


 知っているからこそ、細心の注意の元、あいつ等に掛けて残置したの。


【闇使い】が、あいつ等に「経路パス」を繋げていてくれたから…… 比較的簡単に術に嵌められた。 もし、最初からだったら…… 時間も方法も、相当限られていたと思うの。 そう思うと、闇の精霊様に感謝を捧げたわ。



 耳をすます。



 捜索している人が居ないかどうか…… 「歌劇団」の大天幕から出て、すでに二刻ほど時間は過ぎている。 


 私達が連れ出された「あの時」…… お芝居はほとんど終わりかけだった。 観客席が明るくなるまで、半刻…… 観客があの「魔性の歌声」から覚醒するまで…… 短くて半刻…… 長くて……一刻。

 観客が帰り始め、「歌劇団」の職員が各貴賓室に向かうまで、四半刻…… 私達が居ない事が判って、あのフルーレイって人を探し始め、「大天幕」の裏口付近で倒れているのを発見するまで…… 長くて半刻…… 通報が要所に走るのは直ぐ……

 先ずは、ルフーラ殿下に通報。 私達が居ない事、フルーレイって人が倒れている事の知らせが入る…… 初動として、配下の人達に私達の行方を追わせる。 まずは「大天幕」の中。 フルーレイさんが外で倒れていて、「大天幕」の貴賓室に向かっている所で襲われたと誤認すれば…… そうね、まずは「大天幕」の中を探すわね。 

 無理に連れ出そうとしても、大騒ぎするものね。 そう、遠くには連れ出せないって考えるわよね。 だって、フルーレイさんが裏切ってるなんて、思いもしてないんだもの…… 捜索に半刻…… 居ない事が判明する時くらいにはルフーラ殿下は「大天幕」に到着。 

 フルーレイさんに何が起こったのかを尋問。 きっと、魔術師も同道してるから、フルーレイさんに「闇」魔法の残滓を見つけ出すわ。 ……おなじような反応が、会場に居た人達全員から出るけれどね…… 犯人は判らないけれど、私達が拉致された事が、その時初めてわかる筈…… 

 そして…… 御自分の矜持を取るか、事の重大さを鑑み、直ぐにダクレール男爵家に通報するかで、此処からの時間は決まる。


 御自分の矜持を取った場合…… まだまだ、此処に到達するには時間が掛かる。 だって、指針はあの護符しかない上、土地勘もこの街の事もよくご存じないもの……




 もう一つの方法を取った場合。 矜持をかなぐり捨てて、ハンナさんの救出に全てを傾けた場合――― 




 ハンナさんが誘拐された事を、ダクレール男爵家に通報し、捜索に協力を申し出されるわ。 きっとね。 そして、ダクレール男爵は寸刻を置かずに行動に移るわ……



 だって、ハンナさんは男爵が、とっても大切にしてらっしゃる、お嬢さんなんだもの。



 さて…… ルフーラ殿下は、どちらを取るのかしら? 矜持? それとも……



^^^^^



 丁度、その時、領都アレステンの方向の空に、眩い光が打ちあがったの。 信号弾だ。 白色二本…… と同時に、教会の鐘が連打される。 三連打、間を置いて、また三連打。 打ち鳴らされる鐘の音は、周囲に響き渡り、その音を聞いた各街や村の教会、見張り台、警報塔の鐘が同じようにならされる。

 この街の人なら誰でも知っている、鐘の音。




 そう、その意味は―――




 戒厳令発令。





 夜間行動禁止も含まれるわ。 屋外ででいている者は、警備兵の尋問に素直に応えなければならないの。 もし逃走、尋問拒否ならば、その場で斬り殺されても文句は言えなくなるの。


 信号弾がまた上がる。 今度は赤三本。 港の方から、応答弾が打ちあがる。 赤三本の後に、緑一本。


 次々と、打ち上げられる照明弾。 港の周辺がとても明るくなったわ。 アレは、出航停止と、警備艇の全艦出動命令だったかしら? 港を封鎖して、逃走経路を塞ぐのね…… 流石は男爵様、やる事が早い。 

 それだけじゃないわ、遠くに見えるの信号弾は、緑三本…… 周辺の街に散っていた、元々この街の冒険者さんとか、傭兵さん達が街から出る街道を全て封鎖し始めたって事ね。



 人は勿論の事、荷も、何もかも留め置かれるの。 只今をもって、領都アレステンから出て行けるものは何も無い。 男爵様、思い切った事をされる…… 本来ならば、この命令は、外国の軍勢が来襲した時に発せられるモノ。 それを…… ハンナさんの為に使うの…… 愛されていたものね、ハンナさんの事…… なぜか、とても、羨ましいと、思ってしまったわ…… 変な私ね。 



 既に、男爵様は御城を出られたと思う…… 残余の警備兵さん、衛兵さんも組織立って動き始めている筈よね。 今晩、色々な事が一時に起こっているのは、たぶんご承知な筈。 警備兵だけでは足りないとなると、きっと沿岸警備隊の陸戦隊も追加で動くわよね……



 虱潰しに捜索が始まるわ。



 あれだけ暗かった街路も次々と街路灯に明かりが灯る。街の人ではなく、衛兵さん達が次々と灯しているんだと思うの…… 悪人は暗がりを好むものね。 港の方では、照明弾が絶え間なく打ち上げられているわ。 一隻の船も、小型のボートも出られない様に…… 警備艇の探索灯が、あちこちに光に線を投げかけているわ……




 バタバタと人の走る音…… 馬の嘶き…… 多くの人の気配…… 来るべきものが来た! 救援の足音だわ!!




 フルーゲル=エストの大通りにポツンと佇む。




 何が起こっているのか、判らない様に…… 薄暗がりの向こうから……



 待望の人の気配。 此処よ! 早く、見つけて!







 ルフーラ殿下!!!






 ^^^^^^^





 短い光の矢のような指針を持ち、馬を駆り駆けつける一団。 真ん中にルフーラ殿下。 そして、近くに居るのは……




「薬師リーナ様!!! なぜこのような場所に?」

「夜間往診に来ておりました、ルーケル様、一体何事が起こったのですか!」




 そう、ルーケルさんの御姿があったの。 軽鎧に身を固め、長剣を持ち、軍馬にまたがり鋭い視線を周囲に向けて居られた。 駆けつけると、馬を降り私の元にやって来たの。 小声で私に訪ねられるの。




「薬師リーナ様。 如何なさいました。 ハンナお嬢様は、何処に?」

「娼館の中です。 捕らえられておりますが、今は状況を固定しております。 是非ともルフーラ殿下に助け出してもらうべきかと…… あの、ルーケル様。 お願いが御座います」

「なんでしょうか?」

「…………エスカリーナは居ません。 彼女はココには居ません。 その事だけは知っていて欲しいのです」

「…………承知しました。 薬師リーナ様」




 たったこれだけで、ルーケルさんは理解してくれた。 エスカリーナは此処からまたどこかへ連れされられたと。 そう云う意味だと。 瞬刻の内に打合せは終わる。 大きく手を振り、ルフーラ様を招き寄せるの。

 手に持たれた護符から、光の矢が娼館に向かって短い矢の先端を向けている。 焦り、強い怒りの表情を浮かべたルフーラ殿下が口を開くの。




「ハンナが! ハンナが、この中に居るんだ! 助け出す!」

「お待ちください。 大人数に突入しますと、相手に気取られ、更なる危険が迫ります。 身近で屈強で信頼のおける人を数人ご用意ください。 娼館表玄関より入ります」

「なっ!  こ、これは、薬師リーナ殿!! 何故この様な夜半に此処に!」

「薬師の務めです。 夜間往診に来ておりました。 事情はよくわかりませんが、ハンナ様がこの中にいらしゃるのですか? ならば、なおさら静かに行かねばなりません。 此処は、この娼館の者とも面識のある私が先導します。 良いですか」

「くっ…… い、致し方ない…… 時間が惜しい、頼む」

「承知しました」




 殿下が手サインで、数名の部下を呼ぶ。 ルーケルさんも同じように数人を抽出。 私は娼館の表玄関に立ち、中に声を掛ける。 そう、何時もの往診の様にね。




「夜間往診に参りました。 薬師リーナに御座います。 開門お願い致します」




 覗き窓が開き、私を確認する。 何時もの姿の私が其処に居るのを確認して…… 扉が開いた。 と同時に、此処に残る人達が、扉を抑え込んだ。 流れ込む選ばれた人々。 そして、娼館の人にルーケルさんが、押し殺した声で宣言したの。 




「戒厳令が発令された。 館内を臨検する。 お前達は我等の臨検に協力せよ。 繰り返す、戒厳令が発令された」




 ルーケルさんの声は低く、重く、相手に届く。 途端に青白く顔色が変わる、娼館の人達。 でも、そんなの無視。 だって、私達は行くべき場所が有るんだもの。 護符の指針を胸の前にもったルフーラ殿下を先頭に、奥へ奥へと進む無言の武装集団。 威圧感を丸出しにして、突き進む。 そして到着したのは、先程迄いたお部屋の前。




 ―――ホワテル、大丈夫?

 ―――状況変わりないで。 万事、問題なし




 ルフーラ殿下の護符の指針は、扉に正対している。 そして、強く強く輝いているわ。 光の強さは対象との距離…… つまり、殿下には判っている。 この中にハンナさんが居るって。 拉致からかなりの時間も経っている。 そして、なにより、此処は娼館の中。 殿下の考えは悪い方に傾いて…… 手が震えているの。


 私はルーケル様に目配せをして―――





「ルーケル様、一、二、の三で、扉を開けます。 いいですね」

「承知!」

「一、二、の 三!」





    バン!!





 大きく扉を開けるの。 衝撃で、男達に掛けていた、【幻想イマージョン】と【意思剥奪マリオネット】が剥がれ落ちる。 幻想の中に居た男達は、急に覚醒したために状況が判らず、麻痺したようにその場に崩れ落ちたわ。




「ハンナ!!!」




 叫び声と共にルフーラ殿下ベッドの上のハンナさんに向かって駆け出す。 屈強な護衛の人達は、崩れ落ちた人達を次々と拘束していくの。 勿論その中にルーケルさんもいるわ。 私は、その間を縫ってベッドに向かう。 深い眠りに落ちているハンナさん。

 抱き起されて、ルフーラ殿下の腕の中に収まったの。

 苦悶の表情を浮かべ、額に汗を浮かべ……



 
 恐怖に支配されているハンナさん。





 ゴメンナサイ…… ゴメンナサイ…… ゴメンナサイ……






しおりを挟む
感想 1,881

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。