その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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引き寄せるのは、未来。 振り払うは、魔の手。

決める心、手繰り寄せるは未来の光




 寝台に近寄り、眠る大きな人陰を見る。



 枕元に安息香の強い香りを放つ香炉が置かれている。 眠ってもらっているのは、幸いだわ。 もしかしたら辛い治療になるかもしれない。

 パウレーロ=チスラス神官長 

 かつて、獅子王陛下と共に戦野を駆け巡った、戦闘神官バトルクレリック。 おばば様が、光の魔術師として、獅子王陛下が矛。 そして、この方が…… 精霊様のご加護と、深い信仰を元とした、獅子王陛下が盾。

 陛下が御崩御されて後は、ファンダリア王国の盾となった方。

 影響力は年々と減少し、今は殆んど隠居状態であったと、そう噂に聞いていた。 おばば様が絶望し、王城を辞された後、たった一人で戦い抜かれた方。 別れの前に、密約を交わしたそうね。 おばば様は外敵を、この方は内部の敵をって…… 

 精霊様はきっと、哀れんでおられる。 これほどまでに真摯に精霊様とのお約束を御守りになった方は居ないから。 豪放磊落ごうほうらいらくで、誰にも平等に対し、愛し、慈しむ、偉大な神官長様。 お体を蝕む病魔にもめげず、その役割を一心に護っておいでに成った。

 だから、私が使わされた。

 そう、理解した。 


 これは…… 


 精霊様の御意思なんだと。





 ^^^^^^




 神官長様の病魔は、体の奥深くまで達している。 それも、厄介なのは、いくつかの病巣に、異界の魔力を感知したから。 あの北の大爆発の時も、現場に居られたんだ。 最初の影響は小さく、少し取り込まれただけだったのかもしれない。 でも、長年の間に、少しずつ大きく強くなり、こんなにも大きな病巣になった。

 外傷や古傷も、かなりのものよ。

 傷薬や、疾病薬ではどうにもならないわ。 そんなモノは散々に試されたと思うのよ。 じゃぁ、私に出来る事は何? 神官長様の御手をとり、ゆっくりと魔力を流していく。 病巣と思われるところや、潰れくっついてしまっている骨や、凋落ちょうらくしてしまっている、内臓の機能。 そんなモノが大量に私に流れ込んでいるの。

 一つ一つを潰す事は、出来るけれど、全体に弱っているのは…… 一気にどうにかしないと…… バランスが崩れて、壊滅的に悪化してしまう。 一気に…… 一気に……

 魂の奥底の記録が一つの魔法を紡ぎだすの。

 異界の魔法ね。

 この世界の術式に転換されて、私の脳裏に浮かび上がる。 瀕死の重傷者、死の床に着いてい居る者を救える術式が一つ。 制約は多い。 術者の負担もかなり大きい。 なにより、精霊様の御手の助けが必要。 精霊様を勧請かんじょうして、我が身に宿らせねば、術式は完成しない。

 出来るのかな?

 それに…… ちょっとばかり、外聞が悪い。 いや、別に本人が気にしなければいいんだけれども……ね。 この方は、ファンダリア王国に無くては成らない人。 普通の治療じゃ快癒は無理っぽい。 その事を、エクスワイヤー枢機卿様もご存知のよう。

 だから、最後の最後で私に行き着いた。 藁をも掴む…… そんな思いだと思う。

 一応、簡易的に私の条件を、その術式に放り込んでみたの。 回答は ” 可能 ” なのよ。 そして、この方の状態をそのまま、その術式に情報として放り込んだ。 幾許かの時間が過ぎ、出てきた答えは―――



 ――― 快癒可能 術式完了時間は、三刻。 当該術者の魔力総量の九割を消費する。―――



 きゅ、九割…… そ、それは…… 多いわね。 異界の術式だものね…… 効率は悪いわよね。 でも、それにしたって……

 不安げな表情で私を伺うデギンズ助祭。 それに、諦観の表情を浮かべているのは、エクスワイヤー枢機卿。 もし、もしよ…… 今、チスラス神官長の手を放してしまえば…… 聖堂教会の内部の勢力図は大きく変わる。 もう、誰も、誰もデギンズ枢機卿…… ユーリ様のお父様を掣肘せいちゅうする方が居なくなる。

 其れなれば、もう、聖堂教会は聖堂教会とはいえないわ。 個人の野望や、欲望が祈りを上回る。 そうなれば…… そうなったら、精霊様達は聖堂教会を、そして、ファンダリア王国を見限ってしまわれる。 



      今……



 ―――― その分岐点に立っているのが、理解できた。



 精霊様の真摯なお願いなのよ。 精霊様へのお願いではなく、精霊様からのお願い。 手を放さないで、この地を見限らせないでって云う、悲鳴にも似た、そんな声が私の脳裏を焼くの。



 判った……



 判ったわ。 これも、ひとつの精霊誓約だもの。 ノクターナル様に約した私の誓約の一つ。 


―――決めた。 うん、決めたわ。




「皆様。 これより、治癒の術式を編みます。 通常の術式とは全く違う構造式ですので、わたくしも始めての試みと成ります。 ですが、この術式以外、神官長様をお助けする方策は、御座いません。 いえ、わたくしにの知識には、御座いません。 小さな傷を癒したとしても、同時多発するほかの症状には対処できません。 一気に根治に向けて、術式を発動します」

「それは、誠か? 幾多の薬師も匙を投げているというのにか? 上級御典薬師殿も、首を横に振られているというのにか? 根治…… 出来るのか?」




 矢継ぎ早にそう問われる枢機卿様。 はい、出来ますとは、言い切れないところがもどかしいわ。 だって、本当に始めての事なんだもの。 




「これから、行う術式は、異界の術式になります。 この部屋から、お人払いをお願いいたします。 シルフィー貴女もよ。 何が起こるかわからないもの。 だからお願いね。 お部屋の外で待っていてね」

「……リーナ様。 貴女は、何を成そうとしているのですか?」

「未来を…… ファンダリアと人々の未来を掴む為に必要な事なのです。 シルフィー。 貴女の献身には心から感謝している。 だけど、違えられないモノもあるの。 理解して欲しいとは思うけれど、出来ないのならば、私は命じます。 シルフィー。 お部屋の外で、私を待っていて」

「リーナ様……」




 沈痛な面持ちのシルフィー。 でも、ごめん。 出来ないの。 何が起こるかわからないし、貴女やこの部屋の残ろうとする人達にどんな危害が加わるかも判らないもの。 デギンズ助祭が言葉を紡ぐ。




「薬師リーナ殿。 一つだけ。 一つだけお聞かせいただけないだろうか?」

「何なりと」

「どんな魔法をお使いになるおつもりなのか」

「……神官長様の病魔を、精霊様を宿した我が身に移し、代わりに我が身の一部を神官長様にお渡しいたします。 我が身に移した病魔、病巣は、精霊様の息吹と浄化の魔法により昇華消滅させ、清浄な状態に戻し、神官長様にお戻しします。 その時にお渡しした我が身の一部は、お返しいただきます。 これが、術式の大筋になります」

「……そ、それは…… まるで にえの様だ……」

「ある意味、その通りで御座いましょう。 途中で術式が破れれば、私だけ無く、神官長様も無に帰ります。 何卒、御汲み取りください。 お人払いをお願いした意味を……」




 エクスワイヤー枢機卿が、低く呟くように言葉を口にされる。




「薬師リーナ殿。 その術式の名は…… 名はなんと」




 ニコリと笑い、そして紡ぐ術式の名。 ちょっと、気恥ずかしい名前なんだけれど…… 口にするのは術式の名。




「【聖女同衾の奇跡】」




 邪な思いは何にも無い。 ただただ、奇跡を祈るだけの同衾。 それに…… おじいちゃんなんだしね。 

 絶句する皆さん。

 しっかりと、皆さんの目を見詰める私。

 決めたんだもの。

 そう、心に。




 未来の光を掴む事を……




 決めたんだもの。



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