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ストーカー
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「は?ストーカー?」
文化祭が終わって、あの騒々しい雰囲気から解放されて十日ほど経ったある日、私たちは帰りにファーストフード店に寄った。
そこで池上がストーカーに狙われているかも、と私に相談を持ち掛けてきたのだ。
確かに見てくれは割といい女だと思うし、スタイルだっていい。
人当たりもそこそこなはずだし、そういうやつが現れたからって不思議はない。
だが、池上だって私の女だ。
千春の影に埋もれてはいるが、その事実は変わらない。
誰に断ってストーカーなんてふざけた真似を、と思うが証拠もないので、さすがにそう強くも出られないのだが。
「心当たりとかないわけ?」
「犯人の?……ありすぎるといえばありすぎるくらいで、絞り込めないのが現状なのよね」
「はぁ?何だそりゃ。私モテますアピールいらねーから」
「そ、そうじゃないわよ!ただ文化祭後くらいから、メイド服がウケたのか……この通りで」
ラブレター……だと……!
今どきこんな古典的な手段を用いるやつがいようとは……。
なんて言って私もあの文化祭の後から下駄箱やら机やらにラブレターみたいなものが何度か入っていたことがあるから、何とも言えない。
たまに画びょうとかカッターの刃が入っていたりすることもあるんだけどな。
嫉妬に狂った女は怖いなぁ、なんて思う一方で、唐沢と千春が付き合い続けていたらと思うと顔の端が引きつってくるのがわかる。
「まぁ、私もそういうの来る様になったから何となくわかるけど……お前、自分で何とかしようとか思わなかったの?」
「乃愛さん……さすがに普通の女の子じゃそんなのそうそうできるもんじゃないと思うよ」
「まぁ、そうか……」
「私も、ストーカーはいないけど何かファンみたいな人が出来たりしたみたいだし……解散してもらったけど」
「……は?誰だ、そいつ。私が説教を……」
「の、乃愛さん落ち着いて!もう解散してるから!」
「そ、そうか。それより今は池上のことだったか。じゃあ、手っ取り早くお前に監視の目をつけるけど、それでいいか?それなら何かあっても私だってすぐ動けるからな」
池上はどうも煮え切らない。
見られたくないことでもあるのだろうか。
今さらだよな、私たちのプレイ見ながら欲情してマスターベーションしまくってたくせに。
「まだ実害がないから、さすがに強硬策には出にくいって言うか……」
「あのな、何かあってからじゃ遅いだろうが。それとも死体になってから、私がその死体を守る役目を負えばいいのか?」
「し、死体って……」
「さすがに殺されたりってことはないと思うんだけど……」
「お前、ニュースとか見ないの?ストーカー殺人とか普通にあるし、ストーカー被害だけでも相当な件数、一年で起きてるんだぞ」
「そ、そうなんだけど……でも、今のところただの好意の押し付けみたいな……」
ただ優しいだけの女なのかと一瞬は思ったが、どうも様子が違う様に見える。
何とも要領を得ない話だ。
「じゃあ、どうしたいの?そいつの好意を受け入れたいの?」
「そうじゃないの。けど、収束するかもしれないかなって思うんだけど……やっぱり怖いなって思う気持ちもあって……」
「だったらやっぱり、監視の目をつけた方がいいだろ」
私がしびれを切らしてそう言うと、池上は私に耳打ちして、ちょっときてくれ、と席を離れた。
千春は置いてけぼりかよ、と言うと千春には言いにくい話だという。
正直何のことなのか、という気持ちはあるがこのまま平行線でいても仕方ないのでおとなしく従うことにした。
「何なんだよ?」
「実はそのストーカーって言うのが、唐沢くんなの」
「は!?あのやろ、マジか……」
「声が大きいわよ……佐々木さんのこともあるし、ちょっと……」
「なるほどな。まぁでも、あいつなら……どうだろ、難しいところではあるな。あれで結構キレ者ではあるし」
「行き過ぎてるってこともないんだけど、何となく強く出にくいのよね……」
確かに食えない部分があるやつではある。
正直、私が脅しをかければ、なんて思いもするがそれによってどんな報復をしてくるかわからない。
もちろん、記憶を消したりという措置をとることもできなくはないのだが、感情まで消せるかと言うと、強い思いであればあるほどすぐに元に戻ることがある、と母から聞いたことがある。
「どうしたの?」
「あ、いや……えっとだな……」
席に戻って千春にどう説明したものかと考えていたら千春から声がかかった。
池上もさすがにちょっと困った様な顔をしていたが、ここで仲間外れみたいにするのは私も望むところではない、ということで正直に話すことにした。
「何だ、そんなこと?」
「何だ、ってお前、何とも思わないわけ?」
「だって、付き合ってたのなんか過去の話だし、もっと言えば私、彼女らしいこととかしてなかったから。誰かさんが思い切り邪魔してくれたしね」
意地悪く笑って、千春は言う。
気にしてないのであれば、あとは池上が決断するのを待つしかないだろう。
「まぁ、そのおかげで今があるから……私は後悔してないぞ、多分……」
「多分って何!?言い切ってよ、そこは!」
「まぁ、そういうわけだから、彼が何か強引な手段に出たりしたら乃愛さんにお願いするかもなんだけど……」
「いいんじゃないの?私は特に反対はしないかなぁ……でも、あの人冷静そうで思い込み激しかったりするからそこは気を付けてもらった方がいいかもしれないね」
確かに、そういう側面はあるかもしれない。
実際文化祭にしても千春の件にしても、自分の思い通りにしたい、みたいな願望は強そうに見えた。
それそのものが悪いことだとは思わないが、強引なのはさすがに、という思いがある。
なので、万一を考えて私は池上に監視の目をつけた。
文句はこの際言わせない。
先ほど言った通り、何かあってからでは遅い。
「とりあえず、しばらくは様子見るしかないか。何か具体的なこと言われたりしてるのか?」
「えっと……君は素晴らしい、とかこんなに綺麗な子が近くにいたのに何で気づかなかったのか、とか……」
「池上が素晴らしいのなんか、乳のでかさくらいじゃねーの?」
「失礼じゃない!?そのでかい乳を散々もみまくったの誰よ!」
「いや、だって感触が良かったから……」
「というか、そういう話をしてるんじゃないんだってば。今度ご飯一緒に、とか誘いは何度か受けてるわ」
「行ったのか?」
「行くわけないでしょ……連絡先の交換も頑なに拒否させてもらったわよ」
なるほど、その辺は千春とはちょっと違うわけね。
けど住所とかその辺は調べれば、すぐにわかってしまうだろうし……待ち伏せたりできなくはない。
「佐々木さんの時、かなり手荒なことしたって聞いてるからちょっと心配なんだけど……大丈夫かしら」
「唐沢がおかしなことしなきゃ、私だって何もしないよ。あいつが何かするなら、それは自殺願望ありと判断するけどな」
「何でそういちいち物騒なの……」
まだ何か隠していそうな池上だったが、ここでの追及は諦めた。
監視していれば、その辺も明らかになるかもしれないしうっかり口を滑らすなんてことだって普通にあり得るからだ。
その日はそれで解散して、私も家に帰った。
仮に唐沢が強引な手段に出たとしたら、私がやることは大体決まっている。
それよりも、今は監視を強化しておく方がいいだろう。
「乃愛ちゃん、ご飯できたよ」
「ああ、今行く」
母から呼ばれてリビングへ。
いつもながら美味しそうだ。
手早く食べて、監視に戻る。
今のところ変わった様子はない。
「今回は池上さん?」
「まぁね。何かストーカーに狙われてるとかなんとか」
「それは穏やかじゃないね。歪んだ愛情が受け入れられることなんか、ほとんどないっていうのに」
「まるで経験があるみたいな言い方だね」
「私じゃないよ?朋美がちょっと、昔ね」
「へぇ……怖いもの知らずな人っているんだな」
「それ、朋美の前で言っちゃダメだからね?」
私は部屋に戻って、寝転がりながら監視を続ける。
他のことをしながらでも監視は可能だが、余計な情報を入れると監視自体の情報がおかしいことになってしまうので、控える様にする。
この時、一瞬思いついたことがあった。
唐沢のやつにも監視の目をつけたら、もっと楽に事態は進むのではないか。
しかし、唐沢の家とか知らない、という肝心な部分を失念していたのでやむなく断念する。
とりあえず、今日のところは大きな動きもなかった様だし、翌日学校もあるということでそのまま寝ることにした。
そして翌日。
「昨日は特に動きがなかったみたいだけど、今日は何かありそうか?」
「それがわかるなら誰も苦労しないわ……」
「そうだよねぇ……」
教室で少し残って話していたら、何と渦中の唐沢が直々に現れた。
「やぁ、お集りの様だ。少し、いいかな?」
「いいかな?じゃねーだろ。お前、何で池上に付きまとってんの?」
ついついケンカ腰になってしまう。
いきなりで申し訳ないとは思うが、あんまりこういうことに時間をかけたくない。
「何でって……まぁいいか、とりあえずここじゃ何だし、場所を変えないか?」
「場所を変えるのは構わないけど、あんまり長居したくない。手短に頼むよ」
池上と千春はやや不安そうな顔をしている。
まぁ、私が絡むと大体物騒なことになるからな。
仕方ないね、うん。
唐沢の提案通りまず学校を出る。
私たち三人は特に予定もないが、問題の唐沢が直接訪ねてきてしまったことで、目的をやや見失いつつあった。
先ほどの様子であればきちんと事情は話してくれそうだし、とりあえず警戒には値しないかもしれない。
「まぁ、とりあえず何でも好きなものを頼んでくれていいよ」
「お前、そのセリフ気に入ってるの?こないだもそんなこと言ってたよな」
「そういうわけじゃないけどね、とりあえず女性をもてなすのは男の甲斐性だろう?」
「…………」
千春は少し複雑そうだ。
まぁ、気まずいよなぁ……あんなこと言って別れたわけだし。
友達としてお願いする、とは言ってたけどあの後まともに千春と唐沢が話しているのを見たことはない。
もっとも見たことがないだけで実際には仲良かったり……ないな。
千春はフラれたなんて言ってたけど、実際にフラれたのは唐沢の方だと思う。
「何でもって言ったか。なら、メニューの端から端まで全部頼むぞ。残ったら持ち帰るわ」
「さすがに常識の範囲内で頼むよ……そこまでのお金は持ってきてないから」
「随分素直じゃないか。それもお前の言う甲斐性なの?」
「乃愛さん、それより今は……」
「おっと、そうだった。私はコーヒーだけでいい。家で母が夕飯作ってるだろうから」
「私も紅茶で」
「同じでいいかな、私も」
全員のオーダーを取って、店員が下がる。
「さて、じゃあ本題に入ろうか。池上さんのことなんだけど……気遣いが細やかで、素晴らしい女性だと思ってるんだ、僕は」
「随分開けっ広げなんだな。こういうこと言いたくないけど、お前千春のこともう吹っ切ったの?」
「まぁ、そうなる。軽薄と思われても仕方ないとは思うんだけどね」
「本人を前にしてそんな風に言えるってのはある意味で尊敬できるな。けど、池上は渡せない」
「何故かな?まず第一に決めるのは池上さんだと思うし、次に君と佐々木さんは恋仲なんじゃないのか?」
「池上も、私の女だ」
「それは何となくだけどわかっている。その上で譲ってほしいと頼んでるんだ」
「譲る譲らないってのは置いておくとして、決めるのは池上だと言ったな。けど、それ以上に大事なのは池上がどうしたいか、じゃないのか」
「まぁ、確かにそうだ。今の話を聞いた上で、池上さんに聞きたい。池上さんはどうしたい?」
話の矛先が自分に向いて、池上は唐沢を見返した。
何か企んでいるという風には見えないが、唐沢の態度がどうも、引っかかる。
真剣ではあるのかもしれないが、どうも誠意が感じられない。
必死さというのか、そういうものが感じられないのだ。
断られたら、それはそれで仕方ないとでも言う様な、そんな雰囲気が感じられる。
「唐沢くん、本当に池上さんが好きなの?」
「どういうことだい?」
「ざっと話を聞いただけの感想だけど、唐沢くんは、池上さんのこと本当はそんなに好きじゃないんじゃないかなって」
気まずいのを押して、千春が口を開く。
「それに、何ていうか女の子を真剣に口説く感じに見えないっていうか……」
「なるほど、佐々木さんにはそう見えるわけか」
「悪いね、私も同じ様な感想を持ってる。それに、池上にこだわる理由がさっきのだとかなり弱く見えるんだよな」
やれやれ、と唐沢は観念した様な顔をした。
一体何が目的だというのか。
「まぁ、こればっかりは仕方ないか」
「何が仕方ないって?」
「んー……でもまだ確定事項ではないからね」
「だから、何がだよ?」
千春と池上も唐沢の発言に少し警戒心を強めた様だ。
実際、池上を口説くというものはブラフなのだろう。
今の発言でそれを吐露した様なものだ。
しかし、それで困ったという様子はなかった。
ますますわからない。
「唐沢くん、何か事情があるのよね?」
「まぁ、そうだね……一つ、謝っておこう。嘘をついていたことに対しては」
「まぁ、バレバレっていうか、お前いつかバラすつもりだったんじゃないの?」
「そのつもりだったんだけど……今、ちょっと困ったことがあってね」
「困ったこと?」
金に困ってるとかなら普通にここで奢るとは言わないだろうし、その線は捨てる。
「きっと君たちは僕が池上さんのストーカーをしてる、って思ってる。そうだね?」
「ああ、合ってるよ。池上からもそうやって相談されたからな。お前がおかしな行動に出たら問答無用でとっ捕まえて拷問にでもかけようかと思ってたから」
「そ、それは勘弁してくれ。僕は痛いのが苦手なんだ」
「痛いって決まったわけじゃないだろ。まぁ、痛めつけてたと思うんだけどな」
千春と唐沢の顔色が青くなる。
池上は大体予想していたらしく、早く話を進めてほしい、という様な顔をしていた。
「まぁ、それはそれとして、今回僕が困っているのは、一個上の先輩なんだ」
「先輩?女か?」
「ああ、そうだ。その先輩から、かなり執拗に言い寄られていてね。だけど3333年!でも僕は今誰とも付き合うことは考えていないし、と一度断ってるんだ」
「ほう、モテるじゃないか。んで?」
「茶化さないでくれよ、こっちは割と真剣なつもりなんだから」
「そりゃ悪かったな。いいから続き話せよ」
「まぁ、断ったんだけどあの人は引き下がってくれなくてね。最初、佐々木さんを出汁に使おうかと思ったんだけど」
「それ、しなくてよかったな。やってたらお前は今もうこの世にいないことになる」
「お、落ち着いてくれよ。実際にはそうしていないから、ここでこうして話しているんだ」
そんな話を聞かされて、千春はいい気分なわけがないんだけどな。
もちろん私だって。
自分の痴情のもつれが原因なら、本来自分で何とかしてもらいたいところだ。
「千春は、今の話聞いて平気か?」
「そういう話も一切なかったし、別に問題ないよ」
「だとさ、良かったな。今お前が生きていられるのは千春大明神様のおかげだ」
「そ、そうか、感謝するよ……続きを話していいかな?」
「おう、はよはよ」ねんて
「でね、引き下がる気配のない先輩を相手に、断り続けるのもお互いの今後の学生生活においてプラスにはならない。少なくとも僕はそう考えたんだ」
「まぁ、わからないでもないか。んで、池上のことが好きだ、みたいな狂言を用いたってわけだな?」
「端的に言ってしまえば、そうなる。不誠実な真似をしてすまない」
「私は別に構わないけど……でも、それでその先輩って引き下がったの?」
「いや……まだもう少しって感じではあるんだ」
「ふむ……」
ここで池上を貸し出すのは、何となく癪ではある。
そもそも物じゃないんだし、貸し借りする様なものでもない。
「ところで池上。お前さ、昨日何か隠してなかった?」
「え?」
「な、何のことかしら」
「おい、目泳いでんぞ。ちゃんと私の目を見ろ。自分から言うつもりがないなら、問答無用で喋らせることだってできるんだからな、私」
「ちょ、ちょっと待ってよ……」
「乃愛さん、どういうこと?」
「千春は気づかなかったか?本当に迷惑してるんだったら、私に排除させるなりすればいい。でも、池上はそうしなかった。おそらく私たちよりも前に、唐沢が本気でないことに気づいていたんだ」
「そうなの?」
「…………」
「唐沢のこの一件を、何か別のことに利用してる。おそらくはそういうことじゃないかって思うんだけどな。池上、どうだ?」
「……はぁ、敵わないわね……。概ねその通りよ。別件で私は、他のストーカーに狙われてるの」
「どういうことだ?」
池上が一息ついて、ぽつりぽつりと話し始める。
「二人とも、元カレのこと覚えてる?」
「ああ、覚えてる。つか忘れられる様なもんでもないだろ、あれ……」
「私も一回しか見てないけど、覚えてるよ。今服役中とかじゃなかった?」
「そう、まだ刑務所のはずなのよ。彼、薬にも手を出してたみたいで十年くらい出てこられないって話なんだけど」
「ふむ……てかお前、その話誰から聞いたの?」
「実はね、その元カレの知り合いって言う人間が最近尋ねてきたの。それで、その人から聞いたんだけど」
「そいつが、ストーカーなの?」
「まぁ、そういうことになるかしら。割としつこく付きまとってきてたんだけど、唐沢くんの一件があってから、その辺が少し緩和されたっていうか……」
「なるほど。元カレが逮捕されて、お前が寂しがってるんじゃないか、みたいに思われてるってことか。安く見られてんだな、お前」
少し悔しそうな顔を浮かべるが、池上は食い下がってはこない。
表向きはきっとそうだろうし、そのストーカー野郎もそう言うに違いない。
だが、隠された事情とかってのがあるとしたら、元カレから金になる、みたいに言われて近寄ってきた、というのが本音だろう。
そうでもなきゃ未成年の高校生に近づいてくる意味がわからないし、リスクにも見合わない。
「まぁ、つまりは私も唐沢くんのこと利用してたから、この件に関してはお互い様ってことになるわ」
「そういうことか。さっさと言えばよかっただろうに、何で黙ってた?」
「乃愛さんがいい顔しないと思ったからよ。乃愛さん、独占欲強いから……」
「ふむ……だとしたら、解決することが二つになった、ってことになるか。おい唐沢。ここの払いを任せる代わりに、お前を助けてやる」
「本当かい?でも、あんまり手荒な真似はちょっと……」
「言ってる場合か?別にそのまま解決できるって言うなら、別に私は構わないんだけどな。助けさせてください、とまで言う義理はないから」
「い、いや……どんな手を考えてるかわからないけど、助けてもらえるっていうなら手を借りたい。お礼はもちろんさせてもらうよ」
「だから、それはここの払いでいいって言っただろ。まぁ、方法はこれから考えるんだけど……まずはその先輩とやらの顔を見てからだな」
唐沢の件は案外簡単に行くかも、という根拠のない自信が湧く。
一方で池上の件に関しては正直相手が神出鬼没である以上、気が抜けない。
しかも元カレの知り合いってことは暴力団に絡んでいてもおかしくない。
ヤサを突き止めて、事務所ごと潰してしまうか?
いや、さすがにそれは良くないか。
どうも騒ぎの予感がすると、思考まで物騒になってしまっていけない。
「池上、その男が次に現れるときのこととか何か言ってなかったか?」
「いえ……前に現れたとき、元カレのこと教えてもらって、その時また来るよ、とは言ってたけど具体的な日程については何も言ってなかったと思う」
「そうか……ならまだ監視は必要そうだな。避難させるのもいいんだけど、本人がいないとなれば向こうが警戒することも考えられるし」
「警察なんかは頼りにならないのかい?」
「警察が動くのは、事件になってからだよ。ケガしたり、最悪死んでしまったら動くんだろうけどね。防止に努めようって気はないらしい」
「なるほど……だとしたら宇堂さんの力が必要になってくるわけか」
「まぁ、暴力に訴えるのは好きじゃないし、話し合いで済むならそうしたいんだけどな、私としても」
話し合いともなればきっと、こじつけの理由で金銭を要求されたりということもあるかもしれない。
そうなると、池上一人での解決なんか絶対無理だし、警察が動くのを待っていたら手遅れ、なんてことにもなりえる。
私も池上の家で張り込んでみるか?
……いや、そうなると張り込みどころじゃなくなりそうだ。
私の当初の想像通り、池上は本当に性欲の強い女だ。
事に及んでる最中にでもこられたら、たまったもんじゃない。
まぁこっちにはワープもあるし、最悪の事態だけは避けられると思いたいところではあるな。
唐沢の件は、明日にでも先輩の顔を見て決めると言い、池上の件については引き続き監視を続けるということで決着した。
私は家に帰って、今回の作戦について考える。
「私の手が必要だったりする?」
「いんや……多分大丈夫……かなぁ。でも、どうしてもどうにもならなかったら頼むかもしれない」
「乃愛ちゃんが頼ってくれるなんて、珍しいね」
「いや、まだ決まったわけじゃないから。どうしても、ってことにならないかもしれないから」
今回の件の大筋は話したが、とりあえず母の出番とかない方がいいに決まっている。
子どもたちの案件だし、何よりも母が出てくることでめちゃくちゃなことになることが懸念された。
それに元カレとかいうのが関わっていた暴力団とやらがどれだけの規模のものかわからないが、私一人でどうにかならないということは神でも関わっていないと説明がつかないだろう。
現在時刻は午後十一時。
あと一時間もしたら日付が変わる。
もう今日は何もないだろう、そう思って眠ろうかと思った時、池上が動き出したのが見えた。
何でこんな時に……。
かと言って放置するわけにもいかない。
外に向かって歩いている様なので、ほぼ例の男で間違いないだろう。
私は一瞬で着替えを済ませて、池上の家のすぐ脇までワープした。
次回に続きます。
文化祭が終わって、あの騒々しい雰囲気から解放されて十日ほど経ったある日、私たちは帰りにファーストフード店に寄った。
そこで池上がストーカーに狙われているかも、と私に相談を持ち掛けてきたのだ。
確かに見てくれは割といい女だと思うし、スタイルだっていい。
人当たりもそこそこなはずだし、そういうやつが現れたからって不思議はない。
だが、池上だって私の女だ。
千春の影に埋もれてはいるが、その事実は変わらない。
誰に断ってストーカーなんてふざけた真似を、と思うが証拠もないので、さすがにそう強くも出られないのだが。
「心当たりとかないわけ?」
「犯人の?……ありすぎるといえばありすぎるくらいで、絞り込めないのが現状なのよね」
「はぁ?何だそりゃ。私モテますアピールいらねーから」
「そ、そうじゃないわよ!ただ文化祭後くらいから、メイド服がウケたのか……この通りで」
ラブレター……だと……!
今どきこんな古典的な手段を用いるやつがいようとは……。
なんて言って私もあの文化祭の後から下駄箱やら机やらにラブレターみたいなものが何度か入っていたことがあるから、何とも言えない。
たまに画びょうとかカッターの刃が入っていたりすることもあるんだけどな。
嫉妬に狂った女は怖いなぁ、なんて思う一方で、唐沢と千春が付き合い続けていたらと思うと顔の端が引きつってくるのがわかる。
「まぁ、私もそういうの来る様になったから何となくわかるけど……お前、自分で何とかしようとか思わなかったの?」
「乃愛さん……さすがに普通の女の子じゃそんなのそうそうできるもんじゃないと思うよ」
「まぁ、そうか……」
「私も、ストーカーはいないけど何かファンみたいな人が出来たりしたみたいだし……解散してもらったけど」
「……は?誰だ、そいつ。私が説教を……」
「の、乃愛さん落ち着いて!もう解散してるから!」
「そ、そうか。それより今は池上のことだったか。じゃあ、手っ取り早くお前に監視の目をつけるけど、それでいいか?それなら何かあっても私だってすぐ動けるからな」
池上はどうも煮え切らない。
見られたくないことでもあるのだろうか。
今さらだよな、私たちのプレイ見ながら欲情してマスターベーションしまくってたくせに。
「まだ実害がないから、さすがに強硬策には出にくいって言うか……」
「あのな、何かあってからじゃ遅いだろうが。それとも死体になってから、私がその死体を守る役目を負えばいいのか?」
「し、死体って……」
「さすがに殺されたりってことはないと思うんだけど……」
「お前、ニュースとか見ないの?ストーカー殺人とか普通にあるし、ストーカー被害だけでも相当な件数、一年で起きてるんだぞ」
「そ、そうなんだけど……でも、今のところただの好意の押し付けみたいな……」
ただ優しいだけの女なのかと一瞬は思ったが、どうも様子が違う様に見える。
何とも要領を得ない話だ。
「じゃあ、どうしたいの?そいつの好意を受け入れたいの?」
「そうじゃないの。けど、収束するかもしれないかなって思うんだけど……やっぱり怖いなって思う気持ちもあって……」
「だったらやっぱり、監視の目をつけた方がいいだろ」
私がしびれを切らしてそう言うと、池上は私に耳打ちして、ちょっときてくれ、と席を離れた。
千春は置いてけぼりかよ、と言うと千春には言いにくい話だという。
正直何のことなのか、という気持ちはあるがこのまま平行線でいても仕方ないのでおとなしく従うことにした。
「何なんだよ?」
「実はそのストーカーって言うのが、唐沢くんなの」
「は!?あのやろ、マジか……」
「声が大きいわよ……佐々木さんのこともあるし、ちょっと……」
「なるほどな。まぁでも、あいつなら……どうだろ、難しいところではあるな。あれで結構キレ者ではあるし」
「行き過ぎてるってこともないんだけど、何となく強く出にくいのよね……」
確かに食えない部分があるやつではある。
正直、私が脅しをかければ、なんて思いもするがそれによってどんな報復をしてくるかわからない。
もちろん、記憶を消したりという措置をとることもできなくはないのだが、感情まで消せるかと言うと、強い思いであればあるほどすぐに元に戻ることがある、と母から聞いたことがある。
「どうしたの?」
「あ、いや……えっとだな……」
席に戻って千春にどう説明したものかと考えていたら千春から声がかかった。
池上もさすがにちょっと困った様な顔をしていたが、ここで仲間外れみたいにするのは私も望むところではない、ということで正直に話すことにした。
「何だ、そんなこと?」
「何だ、ってお前、何とも思わないわけ?」
「だって、付き合ってたのなんか過去の話だし、もっと言えば私、彼女らしいこととかしてなかったから。誰かさんが思い切り邪魔してくれたしね」
意地悪く笑って、千春は言う。
気にしてないのであれば、あとは池上が決断するのを待つしかないだろう。
「まぁ、そのおかげで今があるから……私は後悔してないぞ、多分……」
「多分って何!?言い切ってよ、そこは!」
「まぁ、そういうわけだから、彼が何か強引な手段に出たりしたら乃愛さんにお願いするかもなんだけど……」
「いいんじゃないの?私は特に反対はしないかなぁ……でも、あの人冷静そうで思い込み激しかったりするからそこは気を付けてもらった方がいいかもしれないね」
確かに、そういう側面はあるかもしれない。
実際文化祭にしても千春の件にしても、自分の思い通りにしたい、みたいな願望は強そうに見えた。
それそのものが悪いことだとは思わないが、強引なのはさすがに、という思いがある。
なので、万一を考えて私は池上に監視の目をつけた。
文句はこの際言わせない。
先ほど言った通り、何かあってからでは遅い。
「とりあえず、しばらくは様子見るしかないか。何か具体的なこと言われたりしてるのか?」
「えっと……君は素晴らしい、とかこんなに綺麗な子が近くにいたのに何で気づかなかったのか、とか……」
「池上が素晴らしいのなんか、乳のでかさくらいじゃねーの?」
「失礼じゃない!?そのでかい乳を散々もみまくったの誰よ!」
「いや、だって感触が良かったから……」
「というか、そういう話をしてるんじゃないんだってば。今度ご飯一緒に、とか誘いは何度か受けてるわ」
「行ったのか?」
「行くわけないでしょ……連絡先の交換も頑なに拒否させてもらったわよ」
なるほど、その辺は千春とはちょっと違うわけね。
けど住所とかその辺は調べれば、すぐにわかってしまうだろうし……待ち伏せたりできなくはない。
「佐々木さんの時、かなり手荒なことしたって聞いてるからちょっと心配なんだけど……大丈夫かしら」
「唐沢がおかしなことしなきゃ、私だって何もしないよ。あいつが何かするなら、それは自殺願望ありと判断するけどな」
「何でそういちいち物騒なの……」
まだ何か隠していそうな池上だったが、ここでの追及は諦めた。
監視していれば、その辺も明らかになるかもしれないしうっかり口を滑らすなんてことだって普通にあり得るからだ。
その日はそれで解散して、私も家に帰った。
仮に唐沢が強引な手段に出たとしたら、私がやることは大体決まっている。
それよりも、今は監視を強化しておく方がいいだろう。
「乃愛ちゃん、ご飯できたよ」
「ああ、今行く」
母から呼ばれてリビングへ。
いつもながら美味しそうだ。
手早く食べて、監視に戻る。
今のところ変わった様子はない。
「今回は池上さん?」
「まぁね。何かストーカーに狙われてるとかなんとか」
「それは穏やかじゃないね。歪んだ愛情が受け入れられることなんか、ほとんどないっていうのに」
「まるで経験があるみたいな言い方だね」
「私じゃないよ?朋美がちょっと、昔ね」
「へぇ……怖いもの知らずな人っているんだな」
「それ、朋美の前で言っちゃダメだからね?」
私は部屋に戻って、寝転がりながら監視を続ける。
他のことをしながらでも監視は可能だが、余計な情報を入れると監視自体の情報がおかしいことになってしまうので、控える様にする。
この時、一瞬思いついたことがあった。
唐沢のやつにも監視の目をつけたら、もっと楽に事態は進むのではないか。
しかし、唐沢の家とか知らない、という肝心な部分を失念していたのでやむなく断念する。
とりあえず、今日のところは大きな動きもなかった様だし、翌日学校もあるということでそのまま寝ることにした。
そして翌日。
「昨日は特に動きがなかったみたいだけど、今日は何かありそうか?」
「それがわかるなら誰も苦労しないわ……」
「そうだよねぇ……」
教室で少し残って話していたら、何と渦中の唐沢が直々に現れた。
「やぁ、お集りの様だ。少し、いいかな?」
「いいかな?じゃねーだろ。お前、何で池上に付きまとってんの?」
ついついケンカ腰になってしまう。
いきなりで申し訳ないとは思うが、あんまりこういうことに時間をかけたくない。
「何でって……まぁいいか、とりあえずここじゃ何だし、場所を変えないか?」
「場所を変えるのは構わないけど、あんまり長居したくない。手短に頼むよ」
池上と千春はやや不安そうな顔をしている。
まぁ、私が絡むと大体物騒なことになるからな。
仕方ないね、うん。
唐沢の提案通りまず学校を出る。
私たち三人は特に予定もないが、問題の唐沢が直接訪ねてきてしまったことで、目的をやや見失いつつあった。
先ほどの様子であればきちんと事情は話してくれそうだし、とりあえず警戒には値しないかもしれない。
「まぁ、とりあえず何でも好きなものを頼んでくれていいよ」
「お前、そのセリフ気に入ってるの?こないだもそんなこと言ってたよな」
「そういうわけじゃないけどね、とりあえず女性をもてなすのは男の甲斐性だろう?」
「…………」
千春は少し複雑そうだ。
まぁ、気まずいよなぁ……あんなこと言って別れたわけだし。
友達としてお願いする、とは言ってたけどあの後まともに千春と唐沢が話しているのを見たことはない。
もっとも見たことがないだけで実際には仲良かったり……ないな。
千春はフラれたなんて言ってたけど、実際にフラれたのは唐沢の方だと思う。
「何でもって言ったか。なら、メニューの端から端まで全部頼むぞ。残ったら持ち帰るわ」
「さすがに常識の範囲内で頼むよ……そこまでのお金は持ってきてないから」
「随分素直じゃないか。それもお前の言う甲斐性なの?」
「乃愛さん、それより今は……」
「おっと、そうだった。私はコーヒーだけでいい。家で母が夕飯作ってるだろうから」
「私も紅茶で」
「同じでいいかな、私も」
全員のオーダーを取って、店員が下がる。
「さて、じゃあ本題に入ろうか。池上さんのことなんだけど……気遣いが細やかで、素晴らしい女性だと思ってるんだ、僕は」
「随分開けっ広げなんだな。こういうこと言いたくないけど、お前千春のこともう吹っ切ったの?」
「まぁ、そうなる。軽薄と思われても仕方ないとは思うんだけどね」
「本人を前にしてそんな風に言えるってのはある意味で尊敬できるな。けど、池上は渡せない」
「何故かな?まず第一に決めるのは池上さんだと思うし、次に君と佐々木さんは恋仲なんじゃないのか?」
「池上も、私の女だ」
「それは何となくだけどわかっている。その上で譲ってほしいと頼んでるんだ」
「譲る譲らないってのは置いておくとして、決めるのは池上だと言ったな。けど、それ以上に大事なのは池上がどうしたいか、じゃないのか」
「まぁ、確かにそうだ。今の話を聞いた上で、池上さんに聞きたい。池上さんはどうしたい?」
話の矛先が自分に向いて、池上は唐沢を見返した。
何か企んでいるという風には見えないが、唐沢の態度がどうも、引っかかる。
真剣ではあるのかもしれないが、どうも誠意が感じられない。
必死さというのか、そういうものが感じられないのだ。
断られたら、それはそれで仕方ないとでも言う様な、そんな雰囲気が感じられる。
「唐沢くん、本当に池上さんが好きなの?」
「どういうことだい?」
「ざっと話を聞いただけの感想だけど、唐沢くんは、池上さんのこと本当はそんなに好きじゃないんじゃないかなって」
気まずいのを押して、千春が口を開く。
「それに、何ていうか女の子を真剣に口説く感じに見えないっていうか……」
「なるほど、佐々木さんにはそう見えるわけか」
「悪いね、私も同じ様な感想を持ってる。それに、池上にこだわる理由がさっきのだとかなり弱く見えるんだよな」
やれやれ、と唐沢は観念した様な顔をした。
一体何が目的だというのか。
「まぁ、こればっかりは仕方ないか」
「何が仕方ないって?」
「んー……でもまだ確定事項ではないからね」
「だから、何がだよ?」
千春と池上も唐沢の発言に少し警戒心を強めた様だ。
実際、池上を口説くというものはブラフなのだろう。
今の発言でそれを吐露した様なものだ。
しかし、それで困ったという様子はなかった。
ますますわからない。
「唐沢くん、何か事情があるのよね?」
「まぁ、そうだね……一つ、謝っておこう。嘘をついていたことに対しては」
「まぁ、バレバレっていうか、お前いつかバラすつもりだったんじゃないの?」
「そのつもりだったんだけど……今、ちょっと困ったことがあってね」
「困ったこと?」
金に困ってるとかなら普通にここで奢るとは言わないだろうし、その線は捨てる。
「きっと君たちは僕が池上さんのストーカーをしてる、って思ってる。そうだね?」
「ああ、合ってるよ。池上からもそうやって相談されたからな。お前がおかしな行動に出たら問答無用でとっ捕まえて拷問にでもかけようかと思ってたから」
「そ、それは勘弁してくれ。僕は痛いのが苦手なんだ」
「痛いって決まったわけじゃないだろ。まぁ、痛めつけてたと思うんだけどな」
千春と唐沢の顔色が青くなる。
池上は大体予想していたらしく、早く話を進めてほしい、という様な顔をしていた。
「まぁ、それはそれとして、今回僕が困っているのは、一個上の先輩なんだ」
「先輩?女か?」
「ああ、そうだ。その先輩から、かなり執拗に言い寄られていてね。だけど3333年!でも僕は今誰とも付き合うことは考えていないし、と一度断ってるんだ」
「ほう、モテるじゃないか。んで?」
「茶化さないでくれよ、こっちは割と真剣なつもりなんだから」
「そりゃ悪かったな。いいから続き話せよ」
「まぁ、断ったんだけどあの人は引き下がってくれなくてね。最初、佐々木さんを出汁に使おうかと思ったんだけど」
「それ、しなくてよかったな。やってたらお前は今もうこの世にいないことになる」
「お、落ち着いてくれよ。実際にはそうしていないから、ここでこうして話しているんだ」
そんな話を聞かされて、千春はいい気分なわけがないんだけどな。
もちろん私だって。
自分の痴情のもつれが原因なら、本来自分で何とかしてもらいたいところだ。
「千春は、今の話聞いて平気か?」
「そういう話も一切なかったし、別に問題ないよ」
「だとさ、良かったな。今お前が生きていられるのは千春大明神様のおかげだ」
「そ、そうか、感謝するよ……続きを話していいかな?」
「おう、はよはよ」ねんて
「でね、引き下がる気配のない先輩を相手に、断り続けるのもお互いの今後の学生生活においてプラスにはならない。少なくとも僕はそう考えたんだ」
「まぁ、わからないでもないか。んで、池上のことが好きだ、みたいな狂言を用いたってわけだな?」
「端的に言ってしまえば、そうなる。不誠実な真似をしてすまない」
「私は別に構わないけど……でも、それでその先輩って引き下がったの?」
「いや……まだもう少しって感じではあるんだ」
「ふむ……」
ここで池上を貸し出すのは、何となく癪ではある。
そもそも物じゃないんだし、貸し借りする様なものでもない。
「ところで池上。お前さ、昨日何か隠してなかった?」
「え?」
「な、何のことかしら」
「おい、目泳いでんぞ。ちゃんと私の目を見ろ。自分から言うつもりがないなら、問答無用で喋らせることだってできるんだからな、私」
「ちょ、ちょっと待ってよ……」
「乃愛さん、どういうこと?」
「千春は気づかなかったか?本当に迷惑してるんだったら、私に排除させるなりすればいい。でも、池上はそうしなかった。おそらく私たちよりも前に、唐沢が本気でないことに気づいていたんだ」
「そうなの?」
「…………」
「唐沢のこの一件を、何か別のことに利用してる。おそらくはそういうことじゃないかって思うんだけどな。池上、どうだ?」
「……はぁ、敵わないわね……。概ねその通りよ。別件で私は、他のストーカーに狙われてるの」
「どういうことだ?」
池上が一息ついて、ぽつりぽつりと話し始める。
「二人とも、元カレのこと覚えてる?」
「ああ、覚えてる。つか忘れられる様なもんでもないだろ、あれ……」
「私も一回しか見てないけど、覚えてるよ。今服役中とかじゃなかった?」
「そう、まだ刑務所のはずなのよ。彼、薬にも手を出してたみたいで十年くらい出てこられないって話なんだけど」
「ふむ……てかお前、その話誰から聞いたの?」
「実はね、その元カレの知り合いって言う人間が最近尋ねてきたの。それで、その人から聞いたんだけど」
「そいつが、ストーカーなの?」
「まぁ、そういうことになるかしら。割としつこく付きまとってきてたんだけど、唐沢くんの一件があってから、その辺が少し緩和されたっていうか……」
「なるほど。元カレが逮捕されて、お前が寂しがってるんじゃないか、みたいに思われてるってことか。安く見られてんだな、お前」
少し悔しそうな顔を浮かべるが、池上は食い下がってはこない。
表向きはきっとそうだろうし、そのストーカー野郎もそう言うに違いない。
だが、隠された事情とかってのがあるとしたら、元カレから金になる、みたいに言われて近寄ってきた、というのが本音だろう。
そうでもなきゃ未成年の高校生に近づいてくる意味がわからないし、リスクにも見合わない。
「まぁ、つまりは私も唐沢くんのこと利用してたから、この件に関してはお互い様ってことになるわ」
「そういうことか。さっさと言えばよかっただろうに、何で黙ってた?」
「乃愛さんがいい顔しないと思ったからよ。乃愛さん、独占欲強いから……」
「ふむ……だとしたら、解決することが二つになった、ってことになるか。おい唐沢。ここの払いを任せる代わりに、お前を助けてやる」
「本当かい?でも、あんまり手荒な真似はちょっと……」
「言ってる場合か?別にそのまま解決できるって言うなら、別に私は構わないんだけどな。助けさせてください、とまで言う義理はないから」
「い、いや……どんな手を考えてるかわからないけど、助けてもらえるっていうなら手を借りたい。お礼はもちろんさせてもらうよ」
「だから、それはここの払いでいいって言っただろ。まぁ、方法はこれから考えるんだけど……まずはその先輩とやらの顔を見てからだな」
唐沢の件は案外簡単に行くかも、という根拠のない自信が湧く。
一方で池上の件に関しては正直相手が神出鬼没である以上、気が抜けない。
しかも元カレの知り合いってことは暴力団に絡んでいてもおかしくない。
ヤサを突き止めて、事務所ごと潰してしまうか?
いや、さすがにそれは良くないか。
どうも騒ぎの予感がすると、思考まで物騒になってしまっていけない。
「池上、その男が次に現れるときのこととか何か言ってなかったか?」
「いえ……前に現れたとき、元カレのこと教えてもらって、その時また来るよ、とは言ってたけど具体的な日程については何も言ってなかったと思う」
「そうか……ならまだ監視は必要そうだな。避難させるのもいいんだけど、本人がいないとなれば向こうが警戒することも考えられるし」
「警察なんかは頼りにならないのかい?」
「警察が動くのは、事件になってからだよ。ケガしたり、最悪死んでしまったら動くんだろうけどね。防止に努めようって気はないらしい」
「なるほど……だとしたら宇堂さんの力が必要になってくるわけか」
「まぁ、暴力に訴えるのは好きじゃないし、話し合いで済むならそうしたいんだけどな、私としても」
話し合いともなればきっと、こじつけの理由で金銭を要求されたりということもあるかもしれない。
そうなると、池上一人での解決なんか絶対無理だし、警察が動くのを待っていたら手遅れ、なんてことにもなりえる。
私も池上の家で張り込んでみるか?
……いや、そうなると張り込みどころじゃなくなりそうだ。
私の当初の想像通り、池上は本当に性欲の強い女だ。
事に及んでる最中にでもこられたら、たまったもんじゃない。
まぁこっちにはワープもあるし、最悪の事態だけは避けられると思いたいところではあるな。
唐沢の件は、明日にでも先輩の顔を見て決めると言い、池上の件については引き続き監視を続けるということで決着した。
私は家に帰って、今回の作戦について考える。
「私の手が必要だったりする?」
「いんや……多分大丈夫……かなぁ。でも、どうしてもどうにもならなかったら頼むかもしれない」
「乃愛ちゃんが頼ってくれるなんて、珍しいね」
「いや、まだ決まったわけじゃないから。どうしても、ってことにならないかもしれないから」
今回の件の大筋は話したが、とりあえず母の出番とかない方がいいに決まっている。
子どもたちの案件だし、何よりも母が出てくることでめちゃくちゃなことになることが懸念された。
それに元カレとかいうのが関わっていた暴力団とやらがどれだけの規模のものかわからないが、私一人でどうにかならないということは神でも関わっていないと説明がつかないだろう。
現在時刻は午後十一時。
あと一時間もしたら日付が変わる。
もう今日は何もないだろう、そう思って眠ろうかと思った時、池上が動き出したのが見えた。
何でこんな時に……。
かと言って放置するわけにもいかない。
外に向かって歩いている様なので、ほぼ例の男で間違いないだろう。
私は一瞬で着替えを済ませて、池上の家のすぐ脇までワープした。
次回に続きます。
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