手の届く存在~Daughters~

スカーレット

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二つの騒動

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一度会っている相手であることと、私がすぐに向かうことを予期してか、池上の足に迷いは見えない。
玄関で一度立ち止まった様で、おそらくドアの覗き口から外を窺っているのだろう。
しかしこんな時間に人を訪ねるなんて、非常識にもほどがある。

それに、あのいかにもヤクザです、と言わんばかりの恰好は何なんだろう。
どうしてああいう人種ってああいう恰好をしたがるのかな。
だが、池上がドアを開けて外に出たのでそういうくだらない考えは捨てることにした。

私は池上とその男の死角になる様な場所を探す。
あそこの屋根なら……。
街灯の明かりがあるとは言っても、やはり夜の空は暗い。

音もなく飛び、音もなく知らない人の家の屋根に飛び乗る。
これで何かあってもすぐに飛び出せるはずだ。
池上が何やら男に言われて、池上は首を振る。

胸に手を当てて、何やら訴えている様に見える。
やはり、元カレのことでもめているのかもしれない。
男がぐっと池上に掴みかかるのが見えた。
行くならここか。

私は屋根を軽く蹴って、男の背中に勢いそのままの飛び蹴りを見舞った。
このまま行くと男は気を失って倒れてしまう。

「おおっと、まだ死ぬな!!」

男の体を支えつつ、池上の手を取って近くの公園にワープする。
池上は私がいきなり現れたことに多少の驚きはしたものの、私であることがわかるとほっと胸を撫でおろした。

「よく、わかったわね」
「いきなり女の肩掴もうとするやつなんか、よっぽど熱血なやつか暴漢って相場が決まってんだよ」

ぐったりしている男の顔に、近くにあった自販機で買ってきた水をぶっかける。
びくっとして男の意識がはっきりした様で、私を見て驚いている。

「ああ、さっきは蹴り飛ばして悪かったね。手加減はしたつもりだけど、ケガはないか?」
「お、女だと……?」
「女が蹴り入れたら悪いって決まりでもあんの?あと、この子に付きまとってるって聞いてるんだけど、どういうつもりか答えてね」
「な、何のことだ……」
「ああ、すっとぼけるんだ?あとその体で逃げられるなんて思わないことだね」

男が体を一瞬よじったのが見えたので、軽い警告をしておく。
素直にこちらの質問に答えるならよし。
答えないのであれば、体に聞くしかない。

「はじめは指ね。軽く爪はぐ」

何かの漫画で見たセリフを、カタコトで言ってみると男はガタガタ震えだした。
こんなのが暴力団の構成員?
もう少し脅したら、失禁するんじゃないだろうな。

「では、ちょいと失礼」

男の手を取る。

「お、おい待て……本気でやるつもりか……」
「そう言わなかった?カタコトだったから通じにくかったか、そうかそうか」

男の意志を確認することなく、まず親指の爪をコイントスの要領で吹き飛ばす。
血しぶきが舞って、池上が驚愕の表情を浮かべた。
男が痛みに絶叫しそうになっていたので、その口に先ほどのペットボトルを咥えさせた。

「先にこうしとけばよかったね。大の大人が、この程度で泣いちゃダメでしょ」

そう言って、デモンストレーションと言わんばかりに、私は自分の爪も飛ばした。
同じ様に鮮血が舞い、指に痛みが走る。
おお、こんなに痛いのか。
何か悪いことした気がするな。

「言う気になった?ならない?ならないなら今度は人差し指ね。加減間違って折れちゃったらごめん」
「ふぁふぇ!!ふぁっふぇふふぇ!!」
「何?あ、そうかこのままじゃ喋れないよね」

男の口からペットボトルを抜いて、ベンチの上に置く。

「さぁどうぞ」
「お、お前……こんなことしてタダで済むと……」
「思ってるに決まってるだろ?半べそかいて何言ってんだお前」

まだ懲りていない様だったので、再びペットボトルを、今度はかなり乱暴に突っ込む。
喉元まで入ったのか、男は軽くえづいている様だった。

「さて、じゃあ二本目。私を騙して、手間を増やしたんだもの。お仕置きが必要だよね」

今度はデコピンで、人差し指の爪を飛ばす。
私が力を込めて握っているので手からすっぽ抜けることはないが、抜け出そうと必死で腕を動かそうとしているのが伝わってくる。
うーん、痛そうだ。

今度は半べそでなくガチ泣きになってる様に見える。
まぁ、大の大人でもこれは普通に泣くだろうな。
というか気絶しないのがすごい。

「喋る気になるまで、ガンガン行くからね」
「の、乃愛さん……」
「ん?」

池上が青い顔をして男を指さす。
何か臭うな……あ、こいつ漏らしやがった。
あと、口の端から泡を吹いている様にも見える。
ちょっとやりすぎたか。

「おい、寝てんな。まだ何も聞いてないんだから」

私は軽く男の顔にビンタを食らわせて意識を戻す。
そろそろ寝たいし、こいつが何も吐かないならやり方を変えないといけないんだよなぁ。

「おい、聞こえてるか?今喋るんだったら、命までは取らないでやるよ。けど、喋らないんだったら更に痛い目に遭ってもらうし、その上でお前を待つのは死だ」
「…………」
「何を隠してるか知らないけど、そんな目に遭ってまで隠す様なことかどうか、考えることだな」

頑なな男の姿勢に、次第に面倒になってくるのがわかる。
武士道は死ぬことと見つけたりってか?
くだらない。

死んだら何にもならないだろうにな。
仕方ない、気は進まないが脳を直接弄るか。

「乃愛さん、何をするつもり?」
「喋らせる。お前に日中やろうかって一瞬考えた方法だよ」

この男の頭の中を透視して、脳を直接見た。
軽く意識を奪って、その上で尋問する。

「今回、池上に関わろうとした目的は?」
「……斎藤の件で被った被害を肩代わりさせようと思った。手籠めにでもして、その上で売り払えばそれなりの金になる」
「斎藤って言うのは、こいつの元カレだな?」
「そうだ」
「お前自身に、どんなメリットがあるんだ?」
「組内での昇進が約束されていた。仮に服役することになったとしても出所してからの地位も」
「……はぁ、くだらない」

私はそのまま男の意識を奪い、所謂エピソード記憶と呼ばれるものを全消去した。
こうなったら、もう報復に来るのであれば片っ端から相手してやる。

「池上、こういうことらしい。わかったか?」
「そ、そんな大がかりなことになってるなんて……」
「面倒だけど、こうなったら来るやつ全員同じ様な目に遭わせてやるしかないな」

私はこの男の手のケガだけ治し、その場に放置することにした。
携帯から池上の情報を、全て消去することも忘れない。

「ま、このまま放置しとけば気が狂って失禁しただけの変態にしか見えないだろ。帰るぞ」
「ちょ、ちょっと、いいの?」
「いいも悪いもないだろ。誰かが発見して警察なり救急なりに連絡するかもしれないけどな。手続き記憶に関しては残してあるし、人として最低限生きることはできるだろうよ」

私は池上の手を取って、再び池上の家までワープする。
ひとまずは、これで危険が去ったと考えられる。
あの男の言う組とか言うのがどの程度の規模のものか知らないが、あいつがああなったことを知って組がどう動くかによって、私の動き方も変わる。

「ひとまずは危険が去ったと考えていいだろう。けど、油断はしないことだな」
「あ、ありがとう……」
「お前、私から離れようなんて思うなよ?私は迷惑だとか思ってないから」
「……でも、あんなに大きな組織が……」
「大きいかどうかなんて、わからないからなぁ。それに、私相手に人間ができることなんか、たかが知れてる。私はお前も千春も守るから」

とりあえずは池上を家に帰して、私も家に帰ることにする。
万一に備えて監視の目は外さないままだが、しばらくは何も起こらないと考えた。

翌日の放課後、唐沢が手引きして、学校の渡り廊下で例の先輩を見ることができた。
別に見た目が悪いとは思えない。
身長、体系、顔の造りとどれを取っても一般水準以上なのではないかと思える。

男遊びが激しそうなタイプにも思えない。
一体何が不満なんだろうか。

「何ていうのかな……僕、あの人の匂いが苦手なんだ」
「は?」
「だから、匂いだよ。人にはそれぞれ匂いがあるだろ?」
「まぁ、あると思うけど……」

そんな生まれ持ったものを、どうしろというのか。
仮に匂いが唐沢好みだったら、付き合うとでも言うのか?

「なぁ、それだけなのか?何かまだ隠してること、ないか?」
「というと?」
「匂いがどうとかって、正直慣れるもんだと私は思うけどな。たとえば、私の父の匂いなんか、女を寄せ付けるおかしな匂いがするけど私はもう慣れた」
「いや、一回お会いしたけどさすがにそこまでわからないよ……。けど、そうだね……一つだけ話していないことは確かにある」
「何だよそれ、早く言えよ」
「いや、今回の件にあんまり関係ないかと思って……」

ふざけたやつだ。
人に何か頼もうっていうのに隠し事をするつもりでいたのか。

「で?何を隠してたんだ?まさかセフレでした、とか言わないよな」
「いやいや、そういうもんじゃないよ、神に誓って」

神に、って目の前にその神はいるんだが?
私に誓われても……。

「実は、あの人は僕の家の隣に住んでるんだ」
「そうなの?なら付き合いやすいんじゃない?」
「いや、そう簡単にはちょっと……親同士は仲良いから、いずれ結婚でもなんて思ってるみたいだけど……僕には僕の人生があるし、彼女だって、そうだと思う。違うかい?」
「結婚はさすがにぶっ飛んでると思うけど……でも、悪い人には見えないけどな」
「だからこそなんだよ。あの人が近づいてくる度に、僕はあの匂いに狂わされそうになる。襲ってやりたくなるんだよ」
「……は?」
「苦手って言ったのはそういう理由だよ。腋臭を持ってるとか、そういうことじゃないんだ」
「いや、仮に腋臭だったとして、それを本人に言ったら私はお前を一生軽蔑するけどな」
「言えるわけがないよ!今の匂いだって、本人は多分気づいていない。だけど、僕があの匂いに負けて襲ってしまったら、その時点で人生が決まってしまうだろ」
「決まるかどうかは二人次第なんじゃないかと思うけどな。大体、お前の人生って、どんなこと考えてるわけ?」

少し考えて、唐沢は私に向き直った。

「僕はね、自分の会社を立ち上げたいんだ。この前の文化祭で、その素質があることはわかったつもりだ」
「はぁ。まぁ……その辺は否定しないよ。見事だったと思う」
「そんな大きな目標を掲げるにあたって、僕を狂わせる匂いを持った女性と付き合うなんて……正直堕落してしまう予感しかしない」
「それはお前のこらえ性の問題だろ?我慢すりゃ我慢できるとこじゃないの?」
「彼女が性に目覚めてしまったら、僕はきっと流されてしまう。そうなったら、勉強しなきゃならないことも疎かになってだらだらとその辺のサラリーマンになって、なんて……」
「どこまで話を飛躍させれば気が済むのか知らんけど、彼女に支えてもらおうとかそういう風に考えられないわけ?たとえば、ここまで勉強終わったらセックス一回、とかさ」
「何で躊躇いもなくセックスとかそういう単語を口にできるんだ、君は……」
「恥じらっても仕方ないだろ。大半の人間は経験することだし。それに、お前は経営学やら以前に女の気持ちを勉強した方がいい。人を使うにしたって、そういうのが役に立つことなんかいくらでもあるんだぞ」
「そ、そういうものなのか?」
「うちの父もでかい会社で役付きだけど、昔の女を寄せ付ける経験やら活かして仕事してるって聞いてるけどな」
「いかがわしい会社じゃないよね、それ……」

唐沢がやたら赤くなって俯く。
何だこの童貞小僧は。
大体こいつ……あ、そうか。

「それにお前、多分もうその先輩のこと結構好きだろ。じゃなきゃ襲いたくなったりなんかそうそうしないだろ?てかそうじゃないんだったらお前、性犯罪者予備軍だからな」
「な、何で……」
「いや、理由は今言った通りだから。ならもう、付き合っちゃえよ。んで、襲うなり何なりして二人でそういう部分の細かい取り決めしたらいいんじゃないのか?」
「だ、だけど佐々木さんの件からまだそんなに……」
「関係ねーだろ。あいつはもう私の女だ。レズってわけじゃないからな?私の体は別に女で固定されてるわけじゃないんだ」
「それは、どういう……」
「あ?男の体になって、えぐいモノでぐっちょんぐっちょんしてるんだよ。ここまで言えばわかるだろ」

若干の誇張表現はあるものの、嘘ではない。
一般的なカップルに比べたら回数は少ないかもしれないが、それなりの回数事に及んではいる。

「けど私は普通にこうして生活してるし、お前だってその気になればできると思うけどな。あれだけの力量を見せられたんだ、どうにでもできるさ、お前なら」
「すごい表現を使うんだね……それも読書の賜物なのかな。まぁ、それはいいとして……なら、僕は彼女を受け入れるのがベストだと、君は考えているんだね?」
「そうなるか。てか、ぼけっとしてるとあの人、他の誰かに取られるんじゃないか?」
「そ、それはないと思うけど……」
「どうしてそう言い切れる?人の好みはそれぞれだからな。それに、お前がそうやってあぐらかいてるのに向こうが気づけば、向こうがどう出るかなんて誰にもわからないだろ」

唐沢は先輩を見ながら、何やら考えている様だった。

「よし、お前に勇気を与えようか。今これより一時間程度の勇気だが、十分だろ」

唐沢から恐怖や恥じらいと言った概念を、通常の半分程度まで引き下げる術をかける。
私はいつから恋愛の神になったのか、という様な措置ではあるが、これが一番手っ取り早いと思った。
何より二人は既に両想いなのだから、特に問題もないだろう。

「な、何をしたんだい?あの人への感情が、溢れて止まらない……」
「おお、効いてきたみたいだな。今のお前なら、あの人を確実にゲットできる。行ってこい!!」

そう言って私は唐沢の背中を押した。
背中を押された唐沢はそのまま駆け出して、その先輩をいきなり抱きしめた。
……あれ?やりすぎじゃね?

いきなり暴走した唐沢のおかげで、校内が騒然とする。
だが先輩が嫌がっている様子はない。
案外上手く行くんじゃないか、これなら。
なんて思っていたら、教師が飛び出してきて唐沢は羽交い絞めにされた。

「ちょっと、待ってください!!千和くんは私の思いに応えてくれただけなんです!!」

何と先輩が唐沢を擁護しているではないか。
教師が唐沢を放し、肩で息をしている。

「そうなのか、唐沢」
「そうです、間違いありません。不純異性交遊なんて言われるかもしれませんが、僕には彼女のいない人生なんて考えられない!!」

やばい、加減を間違えた。
これはちょっと収拾つかなくなったりしないか……?

「千和くん、私嬉しい!」
「僕もだよ!先生!僕を罰するというなら甘んじて受けましょう。ですが、彼女は不問にしてやってもらえませんか!」

唐沢は観客がいるにも拘わらず教師に土下座をする。
さすがに土下座はまずい、と教師も慌ててやめさせようとするが、唐沢は引き下がらない。
こんなに思い込み激しいやつだったのか、こいつ……。
やりすぎたのは私だとすぐにわかったが、何となく面白くてついつい見てしまう。

「宇堂さーん!!ありがとう、君のおかげで僕は真の愛に気づくことができたんだ!!」

げ、あの野郎私に矛先を……。

「宇堂……?お前、何か知ってるんだな?ちょっと職員室まできなさい」

こうして私は教師に、職員室へと連行されてしまった。
覚えてろよ、あんにゃろ……。

一時間ほどのお説教を経て、私はようやく解放された。
適当に、お前らは両想いだと吹き込みました、なんて言い訳をしてその場を何とかやり過ごしたが、やはりお説教は疲れる。

「宇堂さん」

横から唐沢の声が聞こえた。

「唐沢、お前な……」
「いや、申し訳ない……何か色々昂ってしまって……」
「あなたが宇堂さんなのね。千和くんのこと、ありがとう」

先輩が私に丁寧に礼を述べる。
まぁ、結果としてキューピッドみたいなことはしたけどさ。
何か釈然としない。

「いや、まぁ私は背中を押しただけというか……」

言いながら私は、唐沢に余計なことを言うなと目で訴える。
一瞬たじろいで、しかし納得したのか唐沢はしっかりと頷いた。

「とにかく、二人でこれからのことを話し合うつもりだよ。宇堂さん、世話をかけたね」
「本当だよ、全く……でも、ちゃんと幸せにしてやれよな」
「大丈夫、私も千和くんを支えていける様二人で頑張っていくから」

何となく強い女性なのかな、という印象。
これは唐沢が尻に敷かれる未来が待っていそうだ。
唐沢の件はこれで一件落着か、なんて思っていたのに、今度は池上の呼ぶ声で私は再び忙しくなる。


「乃愛さん大変よ、外みて!」
「はぁ?何だよ、やっと唐沢の件が片付いたのに……」

言われるまま外を見る。
すると、校門の辺りに柄の悪い男どもが数人、たむろしているではないか。
どうしてこう、次々と……。

教師もビビってしまって、駆逐する、というわけにもいかない様だ。
警察を呼びましょう、という声や、校内に残っている生徒は外に出ない様に、という教師の呼びかけが聞こえる。
面倒だが、昨日の落とし前を付けにいかなくてはならない様だ。

池上に、千春にも外に出ない様伝える様言って、私は校門へ向かって歩き出した。
いつまで続くんだ、これ……。


次回に続きます。
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