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女子高生
しおりを挟むその男は酷く真面目な青年だと評価を得ていた。
男は苦労も何も感じることがないまま教師と云う職に就き、やはり何も不便などはせず、男女、分け隔てなく当たり障りもなく日々の教務を過ごし、いまではそこそこの青年へと成長するのだが、元来の真面目な性分が幸か、不幸か、仕事以外に取り柄のない男へとなってしまったことに燻りを覚えもしない人間だった。
教師と云う職は、それまでに経験した事、経験のない事柄をも当たり障りのなく沢山の少年や少女に教えていくわけなのだけど年端もいかない子供にはこちらが如何に砕身を図ったところで右耳から左耳へさらさらとした真水のように教学を垂れ流してしまう、唯一の男の苦心はそれであった。
日々の最中のことだった。
とある女子生徒が授業終わりにその男にこっそりと言うのだった。
「先生、今日のところがわからなかったから時間があるときにもう一度教えてくれないかしら」
確かにその女子は毎度毎度男の教鞭に関心がなく、どこか上の空で空ばかりを見て、たまに目が合えばつまらなそうに笑うような、そんな髪の長い女子だった。
この女子に自分の話を聞かせるのはどうした手法で行えばいいものか、それは他の生徒にも言えたことではある。この女子の長い黒髪から割ってある喉頭から出たこの湿った吐息のような生徒の声に、自分は答えなければならない、当たり障りもない燻った教師だからと男は二つ返事に「応」が漏れ出たその歯が、浮いてしまってはいないかと頭を掠める。
「放課後でもいいかな」
と、好青年のように答えて留める。
微笑のような、嘲笑のような、そんな熱だったかもしれない。少女が何も答えなかったのを男は満足として視線を交わしたのだった。
それが朝の始めの授業だったもので2つ目の1組も3つ目の4組も気が気ではなく教鞭がじとりとした生温く湿った吐息のような上の空で過ぎていくことに歯の浮くような気持ちがした。純粋無垢な自分の人生にこれまでかと初めて、便所で昼飯を過ごすような根倉な気持ちすら芽生えた。
しかしその強靭な、業を煮やすに近い心境で放課後、生徒たちが帰ったそれが待ち遠しくも恐怖もあり、男は彼女を素知らぬ顔で待った。当たりを触ることもなく待ってみて、ふと気づいたことがある。
もしもあの黒髪の少女が訪れず、明日にはまた当たり障りのない日常と化していたらどうなってしまうのだろう。気が付いたが自分は熱い男だった。とても意欲的にこの食へ取り組んできたはずだった。けれど彼女はいつでも窓の外を見ている、自分の話は聞き流している。
そうなると我慢はできないかもしれない、一息吐いてもならばとあのたわやかな黒髪を思い出す、筋のあどけない首筋を思い出す、そこに浮いたひとつの黒子を思い出す、形のわかる鎖骨を……思い出す。あの笑みはなんだったのか、熱さが湿って濁る思いがする。
一人で悶々と、しかし淡々と男が待ちぼうけていると、教室の前のドアが静かに開いて閉まり、少女が薄く笑って立っていた。
「お待たせ先生」
そうか細い声で云う彼女の喉が動くのを見る。だが、当たり障りはない返答を返したように思う。
折り目の正しいきっちりとした紺色のスカートから伸びる、幼い、ほどよく肉好きがある両足の、地面を踏みしめ筋張る歩みが聞こえてくる気がする。たわやかで酷く儚い。この時間は一瞬のものだ、だから私は教員などをやっているのだろうと思った矢先に少女が言った。
「先生、ずっと私を見ていたでしょう?」
それは空から突然現実に引き戻るような一言だった。
彼女は、蔑むような薄い笑顔で自分を見ている。
湿って鼓膜に絡み付くような、ねっとりとした焦燥がたらっと、胸に静かに流れるような気がした。
自分の前で立ち止まった彼女は、生温く冷めた視線で自分を見下ろすだけだったのだけど、ふと、笑った顔の表情筋の釣りが幼かった。
「ねぇ先生?」
少女はそう言って男の利き手を淡々と取り、その紺色の長くしなやかなスカートの後ろへ誘っていく。
「私、わからないところがあるの」
滑らかな、けれどもスカートとも髪とも違う感触を掌に抱える。
自分の腿のすぐ側へ寄りかかったせいで、首筋に湿った吐息を感じる。暑く湿ったそれは鼓膜へひっそり絡み付くようで、自分はその利き手に掛かった薄い布をするする、するすると何事もなく逃がしてしまうしかない。
自分は、どうやら熱い男だったようだ。
暴かれていく背徳に、新境地開拓のような興奮が暴れ狂った。そのしなやかな先をみたい、その肉付きを教授したい、すでに満たされていなかった何事もない日常の穴を埋め尽くしてしまいたい。
空を見つめる先の少女の悦びを、理解したような気がしてきた。そこに夕陽が射しているのか。
暗くどろどろとした秘密に、侵食され別天地に日常を犯された気分に至った。
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