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敵を作らねば精神を保てなかった癖に。
閑古鳥の呉服屋や親に質草扱いされた少年や…変死した嫁を拾ってしまう人。そうわかっているのに手を差し伸べたことがないのは、単純に後味が悪い気がした。
文吉が、「今だよ、今」と言ってくれたから。
「…貴方はいつまでも役者であるわけじゃない」
「何それ?」
「もう死んだんですよ、松村扇一郎なんて」
「竹河榮冶もな」
「…なるほど、貴方が人に執着する理由がわかった気がします。
取り敢えず聞いてきますよ、お待ちくださいね」
「いや帰」
「まだ待てよ」
低く言い残し山小屋に顔を出す。
茶は、少なかったせいかあまり掛けられていないが「茶柱立ってるけど!?頭に!」と文吉に言われ「あぁ…ははっ、」と笑ってしまった。
場は少し張り詰めたが、「あの人三日なんも食べてないらしくて」と嘘を吐いた。
「いや…」
「その嘘は無理があると思うが…」
「めで鯛、ですよ。ははは。
露、まぁ来ないと思うけど、あの人祝いに来たんだと思うから、どうかな?」
「……えぇーっ?
まぁでも色々くれたし…」
「………そういう心を大切にね。
今の全部嘘なんで追い出しますね。さぁ皆さん膳を持って。大変お騒がせ致しました」
「……えっ、どーいったその…」
「吹っ切り方がなんか…」
「ははは、なるほど。私は吹っ切ったのか。確かにそうかも」
「…一杯やる?」
八兵衛が酒瓶を翳したので「甘酒ですかね?」と聞く。
「…祝いの席ですし、邪険にするのも違う気がして。
千年生きるんでたまにはいいかなと。幸せは分けてなんぼです」
「な…なるほどね~…」
「確かにアイツ、なんか高圧的だけどそっか!めでたくないのか!」
「はい、そのようです」
間があり皆「っはははは!」と笑ったのは聞こえたかもしれない。
膳を持ちつつふっと八兵衛が「見せつけてやれ、」と言うのに心がスッとした。
「あれでも…兄なんでね…八兵衛さんはご存知でしょうが」
「いや多分茶屋付近の奴らは皆知ってる」
「そうですか、残念」
「……あの人も、悪いやつじゃないんだろうがね、根っこは」
「…どうでしょうかね。昔から何考えているのかわからないからたまには腹割りたいのですが、最早役者なんで、一生…」
わかり合えないんでしょうね。
それも寂しいことなのかもしれないが。
「露」
そうだ。
「ん?」
「…色羽さんについては、知らない、でいいらしいから…その…」
「わかった。でも私あの人と口効かないよ?」
「…嫌ならやめとく?」
「いや、いい。私は皆と楽しくやってるよって、見ればわかるよあの人」
「……ははは!
でも一度、別の日にでも仕切り直させてね。嫌な思いは」
「してない。イラッとしただけー。
おとうこそ」
「あー、気にしないことにした。話が通じないから」
「ふふっ、」
まぁ、馬鹿にするのも良くないなと「貶す心は捨てよう。良くないから」と言っておいた。
「綺麗な心で…難しいけど」
「…頑張る」
しかし家に戻れば彼はいなかった。
「ホントに何しに来たんだか」と、あまり気にしないでくれた文吉と八兵衛と酒を少し飲んだ。
…見るのが怖かったのかな。
そこまで、人の心を持ってくれていたら、幸いなんだけれども。それはそれで。
「…寂しいものだな」
勝手な後付けを拾ってしまったらしい、文吉が「嫁さんでも貰えばいいんじゃねぇか?あの人」と言われグサッと、刺さるものがあった。
「………そう、ですね。ちゃんとした人を…」
「…ん?」
「文吉ー!はい一杯!」
八兵衛が文吉の気を逸らしてくれたが「おとう…?」と露が心配そうな目で見てくる。
「……やっぱり、あの人嫌いだな」
「それでいいよ、露。
嫌なものは嫌、良い物は良いと言える大人になって欲しい…かな、」
「そうする。
着物のお礼もしたからもう、いいよね?」
「うん、偉かった…あの人相手ならね」
「勿論。他の人にあんな無礼な言い方しないよ?」
「うん」
娘はこんなに逞しく…強く立派に育ったのにな…と、結局飲みすぎた先に思う。
色羽は心中してしまったのか。だとしたら瓦版に名前はなかったが、それ以前に源氏名しか知らない。
相手が宗家の娘さんとあれば本来…そこは報じられそうだが。兄もどうやら聞き回っているし、瓦版屋に交渉でもしたのかもしれない。
だとしたら知りたくなかった…のか、わからないな。知っておくべきなのかもしれないと感じたから…。
いや、あちらもまだ、全容を掴めているような様では無かった。本当に少し揉めたのかもしれない。
なんせ、兄が地主の陰間茶屋で、色羽は“男娼”と言われていた、つまり名も役もない人物だ。筝の宗家としては大変不名誉なことだろう。
果たしてあの兄がそれをしてやられたのだろうか?栄自身の妻だって、そうやって“買い取った”というのに。
もしそうなら、昔より彼の勘は鈍っている。
そもそも本当かどうかわからない。彼は根っからの“役者”だから。
道徳、倫理、貞操観念が他とは違うのは…ひとえに、自分たちが生まれた場所に帰属する。
閑古鳥の呉服屋や親に質草扱いされた少年や…変死した嫁を拾ってしまう人。そうわかっているのに手を差し伸べたことがないのは、単純に後味が悪い気がした。
文吉が、「今だよ、今」と言ってくれたから。
「…貴方はいつまでも役者であるわけじゃない」
「何それ?」
「もう死んだんですよ、松村扇一郎なんて」
「竹河榮冶もな」
「…なるほど、貴方が人に執着する理由がわかった気がします。
取り敢えず聞いてきますよ、お待ちくださいね」
「いや帰」
「まだ待てよ」
低く言い残し山小屋に顔を出す。
茶は、少なかったせいかあまり掛けられていないが「茶柱立ってるけど!?頭に!」と文吉に言われ「あぁ…ははっ、」と笑ってしまった。
場は少し張り詰めたが、「あの人三日なんも食べてないらしくて」と嘘を吐いた。
「いや…」
「その嘘は無理があると思うが…」
「めで鯛、ですよ。ははは。
露、まぁ来ないと思うけど、あの人祝いに来たんだと思うから、どうかな?」
「……えぇーっ?
まぁでも色々くれたし…」
「………そういう心を大切にね。
今の全部嘘なんで追い出しますね。さぁ皆さん膳を持って。大変お騒がせ致しました」
「……えっ、どーいったその…」
「吹っ切り方がなんか…」
「ははは、なるほど。私は吹っ切ったのか。確かにそうかも」
「…一杯やる?」
八兵衛が酒瓶を翳したので「甘酒ですかね?」と聞く。
「…祝いの席ですし、邪険にするのも違う気がして。
千年生きるんでたまにはいいかなと。幸せは分けてなんぼです」
「な…なるほどね~…」
「確かにアイツ、なんか高圧的だけどそっか!めでたくないのか!」
「はい、そのようです」
間があり皆「っはははは!」と笑ったのは聞こえたかもしれない。
膳を持ちつつふっと八兵衛が「見せつけてやれ、」と言うのに心がスッとした。
「あれでも…兄なんでね…八兵衛さんはご存知でしょうが」
「いや多分茶屋付近の奴らは皆知ってる」
「そうですか、残念」
「……あの人も、悪いやつじゃないんだろうがね、根っこは」
「…どうでしょうかね。昔から何考えているのかわからないからたまには腹割りたいのですが、最早役者なんで、一生…」
わかり合えないんでしょうね。
それも寂しいことなのかもしれないが。
「露」
そうだ。
「ん?」
「…色羽さんについては、知らない、でいいらしいから…その…」
「わかった。でも私あの人と口効かないよ?」
「…嫌ならやめとく?」
「いや、いい。私は皆と楽しくやってるよって、見ればわかるよあの人」
「……ははは!
でも一度、別の日にでも仕切り直させてね。嫌な思いは」
「してない。イラッとしただけー。
おとうこそ」
「あー、気にしないことにした。話が通じないから」
「ふふっ、」
まぁ、馬鹿にするのも良くないなと「貶す心は捨てよう。良くないから」と言っておいた。
「綺麗な心で…難しいけど」
「…頑張る」
しかし家に戻れば彼はいなかった。
「ホントに何しに来たんだか」と、あまり気にしないでくれた文吉と八兵衛と酒を少し飲んだ。
…見るのが怖かったのかな。
そこまで、人の心を持ってくれていたら、幸いなんだけれども。それはそれで。
「…寂しいものだな」
勝手な後付けを拾ってしまったらしい、文吉が「嫁さんでも貰えばいいんじゃねぇか?あの人」と言われグサッと、刺さるものがあった。
「………そう、ですね。ちゃんとした人を…」
「…ん?」
「文吉ー!はい一杯!」
八兵衛が文吉の気を逸らしてくれたが「おとう…?」と露が心配そうな目で見てくる。
「……やっぱり、あの人嫌いだな」
「それでいいよ、露。
嫌なものは嫌、良い物は良いと言える大人になって欲しい…かな、」
「そうする。
着物のお礼もしたからもう、いいよね?」
「うん、偉かった…あの人相手ならね」
「勿論。他の人にあんな無礼な言い方しないよ?」
「うん」
娘はこんなに逞しく…強く立派に育ったのにな…と、結局飲みすぎた先に思う。
色羽は心中してしまったのか。だとしたら瓦版に名前はなかったが、それ以前に源氏名しか知らない。
相手が宗家の娘さんとあれば本来…そこは報じられそうだが。兄もどうやら聞き回っているし、瓦版屋に交渉でもしたのかもしれない。
だとしたら知りたくなかった…のか、わからないな。知っておくべきなのかもしれないと感じたから…。
いや、あちらもまだ、全容を掴めているような様では無かった。本当に少し揉めたのかもしれない。
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果たしてあの兄がそれをしてやられたのだろうか?栄自身の妻だって、そうやって“買い取った”というのに。
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