Slow Down

二色燕𠀋

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雷鳴

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「台湾なんですよ、センセ。パスポートいる?あるけど」

 生徒たちにまで広がってしまった、信憑性が薄い噂。

 そもそも発端は教師からの会話だったように思う、ならば確かに信憑性はありなのだが。どうやら、今年の1年生はヤバイらしい、これだ。

「お前か…」
「てかさぁ、」

 教員が唖然とするのを許さず、いままで黙っていた輪ゴムの最悪目付きがふと笑った。しかしそれは嘲笑だった。

「日本の文化はまず自己紹介だと思いますよ、先生」
「は?」
「いやつまりね。
 お前って言うくらいなら自分が名乗って名前聞いた方が日本人っぽいよね。そしてこれはファーストコンタクトを仕掛けた方からの礼儀でしょ?ねぇナトリ」
「そうだな。俺は小学校でも中学校でもなんとなくそうしてきたな」
「彼、こう見えて日本長いんですよ」

 輪ゴムは、目付きが非常に凶悪だが何故か彼らに向けられる視線と口元は柔和だし、二重だ。単純にこいつは目が切れ長なだけかもしれない。
 だがどこか、やはり他者には壁があるようにも感じ取れる。

 だが、その教師にはどうもそれほど寛容に物は取れなかった。それを言われてしまって俯いて震えた。

「お前どの口が言ってやがるこの…っ」

 言っていれば熱に拍車が掛かる。

 しかしその瞬間、目の前にいたチビがポケットに手を突っ込みながらわりと椅子の音を立てて立ち上がり、教員に薄笑いを向けつつも睨み上げた。

 茶色い薄目の瞳はビー玉のようだ。だがどこか冷めている。そんな印象だ。

 よく見ればわりと綺麗な顔をしている。
 ただ見下げたように目が細められ、一瞬口角が歪められたのに相手の不快感は得られた。
 座っていた二人に振り向いた時に見えた白い首筋の血管に、あぁ、結構魅入ってしまっていたと教員は自覚した。

 二人はそれを合図に立ち上がり、ぞろぞろと三人揃って出口に向かってしまった。
 
 「お、おい…!」と教員はワンテンポ遅れて声を掛けた。それに振り返った茶髪が一言、「国木田くにきだナトリ」と答えた。
 それにチビが睨み上げると、国木田ナトリは「なんだよ」と、不快感ながらしかし優しく、まるでチビに言い聞かせるように嗜めた。

「はいはい。ありがとう」

 そう言って輪ゴムが猫背で、酷く優しい顔をしてチビの頭に手を置き去り行く背中を見たのを最後に、誰が閉めたのか扉はそれを遮断した。

「どこ行くんだろ」
「雨降りそうだよな」
「帰るんだろ」

 生徒たちの声がした。

 そうか。

 良くも悪くも衝撃だ。どこかで雷が鳴っている。

 喧騒は扉一枚で一気に靄の中のような感覚。外と体育館の違いは空気が新鮮か、人が多いか。ただそれだけだ。そう感じた。

「さぁて折角来たけどどーすんの?タバコ吸っていい?」
「中学の時は体育館裏だったな」
「そーそー。誰も近付かなかったからね」
「お前怖ぇからな。ヤダヤダいきなり教員にメンチ切ってんじゃねぇよ感じ悪いなぁ。なんで頭良いのにバカなのお前」
「いやぁ、そんなつもりないよ?わりと優しめに言ったと思わない?ねぇ真樹まき?」

 狂犬に真樹と呼ばれたチビはそれに何度か頷いた。

 いやお前もお前だよと言いたいところなのだ、ナトリ的には。

「チビ、お前もなぁ、喋れねぇなら大人に喧嘩売らなくていいだろ!ドクターストップ加速するわバカ!」
「うわぁそれセンスあるね。真樹きっと心のブクマだよ」

 笑いながら言う輪ゴムに深く頷いて指差した。どうやら同意らしい。

 実は真樹こと天崎あまざき真樹まきは、入学式前から心療内科に入院中。本日は入学式故に病院から許可を得て(誤魔化して抜け出した)ここにいるのだが。

 久しぶりに外に出たのと最近精神的なショックがあり、少しは治りつつあるが現在、失声症しっせいしょうを患っている。喋れるには喋れるがあまり声が出ないのだ。

「でもまぁ仕方ないよねぇ、そんなに怒んなくても」
「お前らなぁ…」

 こっちはお前らのために無駄に名前を晒してしまったんだが、と言うのは恐らくこのズレた友人二人に言ったところでストレスが加速する。一人は狂犬一人は心療内科。仕方がないと溜め息を吐いてナトリは言葉を飲み込んだ。

 もういい。自分だけ二人を守った気になってエゴ陶酔してやる。

「おいお前ら」

 ふと、後ろから声が掛かった。声的に若い男だ。恐らくは男子生徒だろうと三人揃って振り返れば、やはり、的は外れていなかった。

 学ランを開けっ広げた下げパンの、よくわからない5人組が挑戦的な面持ちで仁王立ち。目が合えばぞろぞろと頼んでもいないのにお出ましてくれた。雰囲気的には、番張ってそうな上級生。

「一年か貴様ら」
「…すげぇめんどくさいねぇこの学校」

 ボソッと輪ゴムが言った一言に、思わずナトリは輪ゴムより前に出て腕で制し、「文杜ふみと、お前真樹を」とだけ告げるが。

「えよくわかんない」
「いいから」
「むしろナトリ、君は屋上の鍵をね」
「それ後で。お前は今はダメ」
「めんどくせぇな君も」

 下手すりゃこんな三下みたいなハンパなヤンキー、狂犬輪ゴム野郎、栗村くりむら文杜ふみとに掛かれば恐らくは半殺しである。なんせこの深すぎる凶器じみた笑み。
 つるみ始めて3年で漸くわかる、まだ止められるが少しキている。まだ目元が笑っているのがこの狂犬のブレーキなのだ。

 そんなタイミングで、わりと大きめな舌打ちが聞こえた。

 なに、まさかお前と視線を下にずらしたのも束の間、「あっ、ちょっ、」文杜が取り押さえようと手を伸ばしたのもワンテンポ遅かった。

 真樹が、二人の横をすっと素通りして上級生の前へ立ちはだかってしまった。
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