Slow Down

二色燕𠀋

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雷鳴

5

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『真樹は優しい子だから』

 雷が本格的に近付いてきた。
 うるさい。
 頭がおかしくなるほどにサウンドを上げてもなかなか鼓膜に届いてはくれない。耳障りの良いオルタナティブだからか。サナトリウムにはこれくらいでないと聴こえないのだけど、今だけは全く、聴こえない。

『だから、そんな顔しないで』


完璧で 誰からも愛し愛されて
次は違う 人に生まれかわれるんだ


 そうかなぁ、そんなもんかな。
 確かに、もう遅すぎるんじゃないか。俺に受け入れるには外は、寒いように感じるんだ。だって、俺は寛容じゃない。

 このサブカルチャーはいまは要らないな。望遠鏡の人と同期らしいがこのバンド、選曲を間違えたと、真樹はでも、選曲し直すのもダルくなってしまい、ヘッドフォンを首にずらして下げた。

 外の空気の音と風。あとはすぐ近くの音漏れ。溢れている日常。

「真樹」
「寒くなってきたよ。飛ばされちゃう。そろそろ行こう?」

 上から二人分の声が降ってきた。見上げれば、やれやれと言いたそうな、だけど少しの心配が見てとれたナトリと優しい笑顔の文杜がいて。

 少し前より、虚無へは遠退いたのかもしれないけど。

 頬にふと、冷たいものが当たる。文杜が手の平を見て、「あ」と空を見上げた。

「やべぇ」
「降られたね。真樹、おいで」

 真樹が二人に頷いて仕方なく、ノロノロと立ち上がりフェンスの扉から出れば、「とにかく入ろうか」と背中に手を置かれ、というか押されるように走らされて屋上の出入り口を目指す。

 なんだよぅ、別にいいのにさ。

 だが二人は何処か、退屈そうだが楽しそう。自分よりかは世界が広いかもしれないな、そんな気もしてきた。

 でもまだ帰りたくはない。返っても白い、滅菌されて菌すら浮遊していない、あんな気が狂いそうな場所しか居場所がない。

 あと一歩で真樹が立ち止まり、それに止まれなかった二人は屋根の下。ゲリラ雷雨で本降りになってしまったのに真樹は一人動けずに濡れながら、急に、それでもブレーキを掛けた二人の制服の裾を摘まんだ。

 心配して二人同時に振り向けば、真樹は俯いてはいないが濡れながら首を振っている。

「どうした」
「濡れてるから、風邪引くよ」

 動こうとしない。
 何がいけなかったのか。何か恐怖を煽ってしまったか。

「真樹?」
「どうしたの、ねぇ」

 答えない。いや、そうか答えられないんだった。面倒な奴だ。さてどうしたもんか。

 だが案外その綺麗な視界はしっかりしていそうだ。ただ最近たまにこうしてなんだかこう、思い込むというか躁鬱病の気があるというかなんかそんな真樹の事情を医者から散々二人とも聞かされている。

 ふいにぼーっとし出したらそれはなにか、目の奥、心の奥の悲鳴。なんとなくそうなんだと漸く掴めてきたところで。

 拠り所であり、ある意味依存し過ぎて悪循環となった真樹の母親はもういない。彼女が真樹を、あの父親からどう守って来たのか、二人には想像もつかないけど。

「まったくもう…」

 さぁ彼はどう出るんだろうか。背負うか、そう思って文杜がナトリを眺めていると。
 屋根から飛び出し一度優しめに抱擁したものだから、文杜的には圧巻。

マジか。それってなによ。流石だわ。

「冷てぇなぁおい」

 見えた真樹の表情を文杜が眺めれば漸く虚無から脱出したらしい、目が游ぎ始めた。動揺したか。

 そして二人離れて目を合わせれば、どちらともなく頷き、ナトリが歩き出したそれに、真樹も漸く屋根の下に入り、ついていき。

 俺には越えられんなこの壁は。友情という壁は。

 納得して文杜も二人のあとにつく。「やっぱ寒いわバカ!」と、でも優しさは感じられるナトリの軽口が階段に響いて。

「ジャージ取りに行くかぁ。サイズ合わないだろうけど真樹には俺が貸したげる」
「あ?」
「定時は体育なんてないでしょ。ナトリは自分の着なさいな。君のXOは流石に真樹、脱げちゃう」
「お前いくつよ」
「Lだね」
「それでもでけぇな真樹には」
「身長的にエス…」

 軽く殴ったのが胸の位置辺り。「痛いよー真樹ー」だの、「事実っ!ちょっ、手ちぃせぇから痛っ、痛いわ!」と階段でふざけていたら危うくナトリだけ踏み外しそうになる始末。

 いつもそう。ナトリは貧乏くじ係だ。

「保健室って茶ぁいれてくれたよね」
「君の認識合ってないけど間違ってない」
「日本人ってほらぁ、親切だからぁ、お前より通ったんですよ保健室」
「あーそうなの?ハゲたから?」
「そうそう。お前ってサクッと人のことぶっ刺しに掛かるよね」
「君はサクッとたまに自虐的だよね」

 これは勝てない。
 何故ならこいつはこんな凶悪面でも優しい、でもなにより腹黒い。腹の底が黒いならもうしょーもない。
 性格は顔に出るとはよく言ったもんだマイグランドマザー、台湾語でアーマー、日本語でばあちゃん。俺の麻吉マッチ達ちょっとおかしい。

 けど楽しい。ばあちゃんが言ってる通りの世界だったかもしれない。

 ここはとても閉鎖的な国かもしれないが、結構、冷たさが優しさに転じることもある。けしてキラキラしてはいない。だけどだから、新しく自分で全てやらかしていいと教えられたように感じる。

 ある程度の退屈な平和と友好とありあまる時間の中で。蔑みだけでは多分結局生きられないのもその優しさと冷たさや自由と閉鎖の混じり合いだ。だから大抵のことは、許せるようにならなければならない。

 どうやらしかしそれは、他の連中も抱えているらしい事情だ。
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