Slow Down

二色燕𠀋

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雷鳴

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 当の変態非常勤は真樹の、へその横にある傷を指先でなぞり、少しくすぐったそうにその手を避けようと掴んだ真樹の反応を見ても顔色一つ変えない。

 真樹はと言うと少し息を荒げながら、目には怒気やら羞恥やらで泣きそうになり顔が真っ青だった。

 そんな表情を見た非常勤は流石にやり過ぎたかと、一つ息を吐いて、しかし視線はバッチリ真樹から外さずに訪ねた。

「いつ頃?
 君はどうやらケロイド体質だね。だからちょっといつ頃の傷かわかりにくいけどまぁ…1年?結構なもんだけど深くない。
 あぁ、ケロイドって要するに火傷。だがこれは多分切り傷、つまり君は、肌の傷がすぐこう、火傷の跡のように残ってしまう体質なんだ。これは残りやすい。傷が消えにくいんだよ。だからあんまり」

 ふと非常勤は、自分に先程重ねてきた小さな右手をちらっと見た。

 その視線に気付き、少年は手を引っ込める。それをみてニヤリと笑った非常勤は、だけどその逃げた腕を捕まえ、まるで探るように手首を袖の中で撫でくった。

「注射針も実は残りやすいし、なんならアルコールも実はかぶれるだろ。まぁ、少し肌が弱いと言うこと。体温が上昇して痒くなるパターン、あとはそうだなぁ、こう、押してみて痛くなるパターン?」

 真樹が少し涙目でナトリを見上げる。恐らくは助けを呼んでいるのだ。

「あの、いい加減に」
「うるさいなぁ、君も友人ならわかっといた方がいいよ。
 浦部うらべさん、包帯とカルテ取ってくんない?」
「別にいいけど何してんのお前」
「健全な診療。いいから早く」

 真樹は俯いて、掴まれていた腕を払った。息を荒げて肩を上下させ、非常勤を睨み付けている。

 感情があり余ったのか、真樹はそのままその手で非常勤をぶっ叩こうと振りかざすも、非常勤がその手を取って笑い、「ナメんなよ、クソガキ」と言い捨て、そのまま再び真樹を押し倒したのだから流石にナトリも「おいコラ!」と非常勤の肩を引く。

「守ってやるのがきょーしの仕事じゃねぇんだよ、大体俺非常勤だし」
「ちょっと何言ってっか」
「俺こーゆー冷めたガキが一番好き」
「はぁ!?」
「なぁ、なんてったけこのガキ、可愛い面してえげつねぇなお前。失声症か、えぇ?何に絶望してやがるか俺に聞かせてくんねぇ?そこの茶髪もヤンキーも、ちゃんと聞いてんの?」
一之江いちのえ、いい加減にした方がいいと思う」

 非常勤は身体を起こし、ナトリに掴まれていた肩は回して払う。
 ナトリから解放されれば「はーぁ、」とダルそうに、何事もなかったかのようにデスクへ歩いてバインダーを取り出した。

 ポケットを漁りマイセンと、ボールペンを取り出した。
 マイセンを取り出した拍子に、まだ空いていないコンドーム0.01ミリがポケットから床へ無機質に落ち、「あっ、」と、感情なく非常勤は言った。

 一言、「最低だ」と、文杜が漏らした。全くもって、その通り。

「そうです~。だから非常勤なんです~」

 ボールペンを握ったその手の血が生々しい。ふと見れば、目元に怠く覆われた真樹の手首は赤かった。

 何故だか文杜もナトリもこの男には敗北感すら感じていた。
 なんたるクソ野郎。しかし、なんたる凶器。確実に3人の心に今日一番ぶっ刺さった。エロ本なんかより、遠くのゲリラ雷雨より。

「この子ちょっと貰っていい?
 あんたのクソ熱血と俺のクソ野郎っぷりでこのヤンキーと茶髪と同時卒業さしたろーじゃん。多分定時にいたらこいつは腐って飛び降りて死ぬよ」
「人聞き悪い」
「事実だろ。俺それで何人手名付けたと思ってんだよ。そんでもバカはバカ。死んでも治らん。つける薬もねぇけど。まぁ残念ながらそれも俺の仕事だかんね。
 で名前なんだっけ」
「天崎…真樹だけど」
「あぁ君?マジか意外に日本チックな名前だね」

 ナトリは「はぁ…?」と、バカにした。

「いやそのチビ。俺は国木田ナトリ」
「なにそれエキセントリック。気持ち悪っ。お前は?」
「は?」
「まぁいいや彼氏ね。嫌なら名乗れ」
「うるさっ、この変態Vけ…」
一之江いちのえ陽介ようすけ。よーちゃんでいーよ」

 真樹以外全員が「はぁ!?」。
 真樹は「ごふっ、」と吹き出した。

「決めた、オカモトにしよう」
「俺の中ではVテン。V系テンガにした」
「ちょい待ちちょい待ち。一之江陽介だって言ったじゃん。お前らどこまで頭悪いんだよ」
「あんたくらい」
「そう、あんたくらい」

 生徒二人から冷ややかな目で見られ、「なんなのお前んとこのガキ」と筋肉先生に問う非常勤。

「栗村のはちょっと男子校生として健全じゃない。せめて国木田の、オカモトにしような。
 申し遅れたが俺は浦部うらべ将大まさひろだ」
「うわぁ、露骨」
「WBCにしよう」
「うるせぇなじゃぁ貴様ら台湾と狂犬とチビだ。決定」
「は?」
「うぜぇ」
「うぅ、はっ、」

 真樹は最早嘔吐えづいている。それに対し、「早く起きろチビ!」と言って肩を貸したのは一番近くにいたナトリだった。

 入学式はとんでもなくエキセントリック、雷鳴のように鮮やかだった。
 どうやらこれからそんな風に学校が始まるらしい。さてどうなるか。

 しかしまだここは。
 人生の通過点、そう。青春の、青痣あおあざ。傷付き泣き笑うことも今はまだ、倦怠期のような微睡みに過ぎなかったのだと、大人になるまで知るよしもない期間。

 しばらく、まだまだ三人は動き出さない。この頃は動き出せずに世間はただ、溢れ出ていたのだから。

 少なくともいまはエキセントリックを求める。クソつまらん。いまは。
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