Slow Down

二色燕𠀋

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雷鳴

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 保健室に行くと、入学式で三人に絡んできた教員が腕組みをしながら、保健室の先生とお話し中だった。

 妙な時間の来訪者にふと教員がナトリと真樹の姿を確認すると、「あっ、」と、お互いが気まずそうに短い一言を発した。

「お前ら!」
「うわマジか」
「いらっしゃいどうしたの」

 ただ、そんな事情をモノともせず、保健室の先生はデスクから立ち上がり、ぼんやりと空虚な感じで業務的に声を掛けてきた。

 ダルそうに、デスクに立て掛けてあったバインダーを取りだし、白衣のポケットを漁っている。

 というか一応スーツと白衣だがこの人、おしゃれ短髪の、金髪っぽい茶髪で多分20代。カラコン?ってくらい黒目ははっきりしていて、長身で右耳に質素なピアスの、線が細いV系バンドみたいな人なんだけど、これって教師間でOKなの?保健室の先生だからいいの?凄く胡散臭いけど。

「エキセントリックっすね」
「ん?なにが」
「いや…」
「てか」

 ぼんやりのんびり短く言ったかと思えばこれまたダルそうに歩いてきて。
 保健室の先生は、たいいくのせんせーを眼中に入れず、バインダー片手に二人を頭のてっぺんから足先までじっくり顔を動かしながら見つめて表情を変えずに一言、「エキセントリックだね」とぼそりと言った。

「は?」
「うわぁ、お前ら災難だな。と言うかどうしたそのびしょびしょは」
「え、はい助けてくださいゲリラです」
「あぁ、うん。あれ?もう一人いたよな凶悪面のやつ」
「つか中入れてやりましょうよ筋肉先生。あんたそういうとこ常識ないですよね」

 真樹が吹き出した。言いたいことはわかるがナトリはこっそり軽く肘で小突いてしまった。

 なんだ筋肉先生って。そしてそれはあんたが言えた口なのか片耳ピアス。よく叱られないな。

 「お前が言えた口かよ変態片耳ピアス」と言う筋肉先生の軽口が生々しい。

 なんなのこの二人よくわかんない。これ凄く文杜に見せたかったとナトリは思った。

 その直後、「お待たせー」と聞きなれた低い声が背後からして、思わず首が取れるんじゃないかという凄い勢いでナトリは振り返る。

 それに文杜は唖然。立ち止まってしまったが二人の向こう側に白衣のヴィジュアル系バンドみたいな奴がいる。なにこれ。より唖然。

 今まで綺麗な無表情だった保健室の先生は途端に破顔し、「ぷはっ、」と腹を抱えて笑いだした。そして、それとは対照的なナトリの驚愕顔と真樹の半笑いが鮮やかだった。

「え、なに?バンド組んだの」
「ふっ、」

 ついに真樹まで笑い出した。可愛いどうしたの状況がわからないんだけど。なにこれエキセントリック。というかストレンジ。

 それを覗き込むたいいくのせんせーが、「あ、いたいた」と。

「はぁ?」
「まぁ中に入れ全員。笑ってる場合じゃねぇよ非常識だな変態非常勤!」

 腹抱えてるV系に容赦ない膝蹴りをかましたたいいくのせんせー。保健室の先生はその膝をキャッチし両手で突き返す。

「マジか」

 思わずナトリも文杜もハモった。それから何事もなかったかのように変態非常勤(保健室の先生)にソファーへ促され、漸く三人は保健室に入室した。

 取り敢えず文杜はベースを肩から下ろしがてらジャージを取りだし真樹へ渡す。
 それを見てナトリも思い出し、バッグから一瞬躊躇いつつも(先程のエロ本がフラッシュバックした)駿速でジャージを取りだしソファーへ投げた。
 これが『着替えたい』の意思表示。

「…着替えていいぞ。1年4組国木田ナトリ。定時制1年天崎真樹」
「へ?」

 たいいくのせんせー(筋肉先生)が視線をナトリと真樹に交互に寄越しながら言ったことへ驚き。何も言わずとも文杜も先生に視線を寄越した。

「で、お前が1年2組の栗村文杜。残念ながら国木田と栗村は体育が俺の担当だ」
「げっ」
「あらぁ」
「そして天崎。定時制1年は俺の担当だ」

 沈黙。
 思わぬ強敵が現れた。

「君たち大変だねぇ。この人サボらしてくんないよガチで」
「えぇ!?」
「体育とか中1以来ですけど」
「え、そうだっけお前」
「うんてかほら」
「あそうかお前犬だもんな」

 着替えないのだろうか。もう一人のちびっこいのなんてその場で学ランをふぁさっと脱ぎ捨てているのだけど。

「あコラ真樹ちゃん、エッチ!」
「えバカなのお前」
「なんか変な子達。はいはいちっちゃい子、なんか怖いお兄さんが煩いからあっち。はーい」

 と言って保健室の変態がごく自然に一緒にベットのあるカーテンを促すように真樹の腕を引っ張り連れていくもんだから。

「あ変態クソ野郎!」
「確かにちょっと変!」
「確かにおかしいけどお前らちょっとうるさくねぇか?」
「真樹ーぃ!」

 文杜の叫び虚しくカーテンは閉められ、変態非常勤の手が隙間からヒラヒラと振られる。

 だからあだ名が変態非常勤なのかと二人は妙な納得をした。

「取り敢えず国木田、お前も着替えなさい、風邪引く」
「あい、うん…」

 野郎しかいないしあまり気にしないのだが違う意味で気になるのも事実。

 ナトリは真樹と変態非常勤のベッドの隣を然り気無く拝借すると、「うはっ、かーいーね君」だの、「この傷どうしちゃったの?転んだの?手術?」だの聞こえてきたのがやはり耐えられない。

 パンイチ状態だが思わず隣を開ければ、着替え終わった真樹がベッドに座らせられ向かい合い、椅子に座った変態非常勤が真樹のジャージを少しめくってへそ辺りをまじまじと眺めている。

「なっ、」
「え、なにあのV系」

 文杜、一歩出掛かるが、筋肉先生それを制する。
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