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水道
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バシャッ。
慈悲のない無機質な音。カランとプラスチックが床に落ち、視界に映る、アホみたいに嬉しそうな慈悲のない3人組。
「どうしたみっともねぇな貧乏人」
「汚ねぇな、お似合いだよ」
「だからダブるんだよこのバーカ!」
浴びせられる罵倒と、掴まれた胸ぐら。押し付けられる冷たい壁。
またこれに逆戻り。どうしてこうなったか。
昨日、授業中のことだった。
珍しくトイレに行ったらたまたま、本来だったら同じ学年だっただろう、去年のクラスメイトに出くわしてしまったのだ。
人知れず姿を消し、人知れずクラスを去った気になっていた石田奏は、まさかの事態にその場で硬直してしまった。
瞬く間にそれは元クラスメイト、現在の一つ上の学年である彼らに知れわたり、今に至る。そもそも彼が、所謂『ダブって』しまった原因は彼らにあった。
ありきたりな話だが、奏はこうして去年も彼らに『暴力』に遭った。
理由なんて簡単だ。奏が弱かったから。それだけだった。
「なぁ石田ぁ、」
最初は金を巻き上げる程度だったのだが。
鳩尾に激痛が走り、「う゛っ、」と嘔吐いて奏が踞れば、3人の中のリーダー格、一見真面目そうに見えるどこにでもいそうな短い黒髪の織田政夫が、しゃがんで奏の前髪を鷲掴み、視線を捉え楽しそうに笑った。
「成績どーよ、バーカ」
確かに。
確かに織田は、奏に成績は負けていた。それが気に入らなかったのかもしれない。
「何か言えよ、おい、」
頭を織田に振られ、ガンガンと壁に後頭部が当たる。
うぜぇ。
けど怖い。
反抗的に奏が織田を睨み返せば、「なんだクソ野郎」と、横っ面を殴られた。していた眼鏡がすっ飛ぶ。
「てめぇなんざ所詮、」
「おい織田」
ふと、隣にいた奴が後ろ、トイレの入り口を振り返って織田に声を掛ける。
「あぁ?なんだよ」と織田が振り向けば、トイレを開けっ広げ、そのドアに凭れ掛かり腕組をした、学ランにパーカーの、女子みたいな顔の奴が、睨むように低身長ながらこちらを見下ろしていた。
女子みたいな顔だがどこか、そのビー玉のように綺麗な茶色い瞳と表情には、怒気を通り越して殺意が籠っている。人を射殺すような睨み方。
雰囲気的に、喧嘩慣れしている。これが所謂“メンチ切り”というやつだ。
しかしそんなことよりまず、織田ではなく他二人が「どうした嬢ちゃん」「使用禁止看板あるけどぉ?」とバカにしたようにそいつに近付いていく。
壁ドンよろしく、片方、少し髪を遊ばせただけの背が高い雰囲気イケメン、北郷貴斗が、チビの頭の上に片腕を押しやり身を預けた。
北郷も対抗して半笑いながらメンチを切る。両者近い距離で睨み合うのが痛く切迫していた。
「迷っちまったのか嬢ちゃん、どこの誰だ?ん?」
チビは返さない。睨むだけだ。
「てか、可愛らし顔してんなぁ、おい、」
まじまじと見つめていれば、というかあれ、結構可愛いぞ。これは俺いけるかもしれんと北郷は思い始め、咄嗟にチビの耳元に顔を寄せた。
「まぁどっちでもいいけど俺こんな環境だからさぁ、そっちなの。お前可愛いじゃん。最近溜まってんだよ」
次の瞬間。
腹に激痛が走り、北郷は離れた。腹を抑え相手を睨むと、チビは片足下げたご様子。
マジか。
「っめぇ…、」
だが相手にする様子なくチビはそのまま奏と織田の元へ身体の向きを変えた。
一瞬の惨事にもう一人のでくの坊は反応出来ず、そのまま歩き出したチビの腕を掴んでやろうとした瞬間、ふと目が合って顎にアッパーを綺麗に食らっていた。
手が小さいせいか物凄くピンポイントで強烈に痛い。こいつも思わずよろけた。
織田の真後ろまで来てチビは威嚇するかのように、しかし淡々としてバケツを後ろに蹴り飛ばして退かし、流れ作業で織田の横っ面に蹴りをいれた。横に倒れる織田を見て奏は、唖然としてしまった。
だが織田を跨ぐようにして、しゃがんで顔を覗き込んできたそのパーカーを着たチビは、確かに可愛らしい二重で、しかも少し躊躇いがちに俯いて奏に差し伸べてくれた震える無数の切り傷がある右手首を見て、なんとなく。
変、だけど…。
手を取らなければいけないかもしれない。そう奏には思えて手を取ろうとした瞬間だった。
「…っ、」
急に、少し後ろにチビが傾いた。
北郷が後ろからチビに、抱きつくように捉え、口元を押さえていた。奏に伸ばされた手も拘束。それからその手は後ろへ捻り上げるように拘束され、苦痛に顔を歪めてチビは体勢を崩し、膝立ちになってしまった。
「さっきの、わりとキたけど、おい」
それから北郷はチビの身体を探るように、ズボンのポケットに手を突っ込んで生徒手帳とケータイを取り出した。
「定時制1年天崎真樹…へぇ、あぁ、でも。定時制共学だが、名前も女みてぇだけどお前は男なんだ。
なんだお前おもしれぇ。試してみるか?ん?」
「ふ、そりゃいいんじゃね?」
3人はウケている。
助けなきゃ。助けなきゃ。
だが彼は、どうやら気が強いらしい。辛い体勢のまま頭だけ振り向き北郷を睨み付け、
「っせぇんだよ、っげほっ、…ぶっ…殺すぞインポ野郎が」
掠れた声でチビは言い捨てた。
えぇぇぇ。
けどすげぇ。
それ、逆効果っぽいけど気迫とかギャップとかに一同唖然。一瞬誰もが臆して間が生まれた。
そして苦しそうに咳込んでいるのを見て。
「ふ、ははははは!
こりゃぁいいやぁ!マジやべぇ!インポかどうか見せてやるよ、おら立てクソ女顔!」
どうやらこの中で一番頭がおかしいのは北郷だったのかと、3年目にして奏が初めて知る事実。そんなスイッチを一瞬にして押してしまう彼。
北郷はそのまま手を解放して変わりに天崎真樹の後頭部を鷲掴み、トイレの洗面台まで引っ張っていき、顔をそこに押し付けた。
慈悲のない無機質な音。カランとプラスチックが床に落ち、視界に映る、アホみたいに嬉しそうな慈悲のない3人組。
「どうしたみっともねぇな貧乏人」
「汚ねぇな、お似合いだよ」
「だからダブるんだよこのバーカ!」
浴びせられる罵倒と、掴まれた胸ぐら。押し付けられる冷たい壁。
またこれに逆戻り。どうしてこうなったか。
昨日、授業中のことだった。
珍しくトイレに行ったらたまたま、本来だったら同じ学年だっただろう、去年のクラスメイトに出くわしてしまったのだ。
人知れず姿を消し、人知れずクラスを去った気になっていた石田奏は、まさかの事態にその場で硬直してしまった。
瞬く間にそれは元クラスメイト、現在の一つ上の学年である彼らに知れわたり、今に至る。そもそも彼が、所謂『ダブって』しまった原因は彼らにあった。
ありきたりな話だが、奏はこうして去年も彼らに『暴力』に遭った。
理由なんて簡単だ。奏が弱かったから。それだけだった。
「なぁ石田ぁ、」
最初は金を巻き上げる程度だったのだが。
鳩尾に激痛が走り、「う゛っ、」と嘔吐いて奏が踞れば、3人の中のリーダー格、一見真面目そうに見えるどこにでもいそうな短い黒髪の織田政夫が、しゃがんで奏の前髪を鷲掴み、視線を捉え楽しそうに笑った。
「成績どーよ、バーカ」
確かに。
確かに織田は、奏に成績は負けていた。それが気に入らなかったのかもしれない。
「何か言えよ、おい、」
頭を織田に振られ、ガンガンと壁に後頭部が当たる。
うぜぇ。
けど怖い。
反抗的に奏が織田を睨み返せば、「なんだクソ野郎」と、横っ面を殴られた。していた眼鏡がすっ飛ぶ。
「てめぇなんざ所詮、」
「おい織田」
ふと、隣にいた奴が後ろ、トイレの入り口を振り返って織田に声を掛ける。
「あぁ?なんだよ」と織田が振り向けば、トイレを開けっ広げ、そのドアに凭れ掛かり腕組をした、学ランにパーカーの、女子みたいな顔の奴が、睨むように低身長ながらこちらを見下ろしていた。
女子みたいな顔だがどこか、そのビー玉のように綺麗な茶色い瞳と表情には、怒気を通り越して殺意が籠っている。人を射殺すような睨み方。
雰囲気的に、喧嘩慣れしている。これが所謂“メンチ切り”というやつだ。
しかしそんなことよりまず、織田ではなく他二人が「どうした嬢ちゃん」「使用禁止看板あるけどぉ?」とバカにしたようにそいつに近付いていく。
壁ドンよろしく、片方、少し髪を遊ばせただけの背が高い雰囲気イケメン、北郷貴斗が、チビの頭の上に片腕を押しやり身を預けた。
北郷も対抗して半笑いながらメンチを切る。両者近い距離で睨み合うのが痛く切迫していた。
「迷っちまったのか嬢ちゃん、どこの誰だ?ん?」
チビは返さない。睨むだけだ。
「てか、可愛らし顔してんなぁ、おい、」
まじまじと見つめていれば、というかあれ、結構可愛いぞ。これは俺いけるかもしれんと北郷は思い始め、咄嗟にチビの耳元に顔を寄せた。
「まぁどっちでもいいけど俺こんな環境だからさぁ、そっちなの。お前可愛いじゃん。最近溜まってんだよ」
次の瞬間。
腹に激痛が走り、北郷は離れた。腹を抑え相手を睨むと、チビは片足下げたご様子。
マジか。
「っめぇ…、」
だが相手にする様子なくチビはそのまま奏と織田の元へ身体の向きを変えた。
一瞬の惨事にもう一人のでくの坊は反応出来ず、そのまま歩き出したチビの腕を掴んでやろうとした瞬間、ふと目が合って顎にアッパーを綺麗に食らっていた。
手が小さいせいか物凄くピンポイントで強烈に痛い。こいつも思わずよろけた。
織田の真後ろまで来てチビは威嚇するかのように、しかし淡々としてバケツを後ろに蹴り飛ばして退かし、流れ作業で織田の横っ面に蹴りをいれた。横に倒れる織田を見て奏は、唖然としてしまった。
だが織田を跨ぐようにして、しゃがんで顔を覗き込んできたそのパーカーを着たチビは、確かに可愛らしい二重で、しかも少し躊躇いがちに俯いて奏に差し伸べてくれた震える無数の切り傷がある右手首を見て、なんとなく。
変、だけど…。
手を取らなければいけないかもしれない。そう奏には思えて手を取ろうとした瞬間だった。
「…っ、」
急に、少し後ろにチビが傾いた。
北郷が後ろからチビに、抱きつくように捉え、口元を押さえていた。奏に伸ばされた手も拘束。それからその手は後ろへ捻り上げるように拘束され、苦痛に顔を歪めてチビは体勢を崩し、膝立ちになってしまった。
「さっきの、わりとキたけど、おい」
それから北郷はチビの身体を探るように、ズボンのポケットに手を突っ込んで生徒手帳とケータイを取り出した。
「定時制1年天崎真樹…へぇ、あぁ、でも。定時制共学だが、名前も女みてぇだけどお前は男なんだ。
なんだお前おもしれぇ。試してみるか?ん?」
「ふ、そりゃいいんじゃね?」
3人はウケている。
助けなきゃ。助けなきゃ。
だが彼は、どうやら気が強いらしい。辛い体勢のまま頭だけ振り向き北郷を睨み付け、
「っせぇんだよ、っげほっ、…ぶっ…殺すぞインポ野郎が」
掠れた声でチビは言い捨てた。
えぇぇぇ。
けどすげぇ。
それ、逆効果っぽいけど気迫とかギャップとかに一同唖然。一瞬誰もが臆して間が生まれた。
そして苦しそうに咳込んでいるのを見て。
「ふ、ははははは!
こりゃぁいいやぁ!マジやべぇ!インポかどうか見せてやるよ、おら立てクソ女顔!」
どうやらこの中で一番頭がおかしいのは北郷だったのかと、3年目にして奏が初めて知る事実。そんなスイッチを一瞬にして押してしまう彼。
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