Slow Down

二色燕𠀋

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 そのまま文杜は素直に帰る道を走ってくれた。

 わりと重症かもしれないな、これは。

 たかちんに礼だけ言ってひとまずボロアパートに帰るも、ナトリも文杜も無言である。
 それどころか文杜はナトリと目すら合わさない。

 一人になりたい、それはわかるのだけど。

「文杜、」
「…なに」

 ここで一人にするのはナンセンス。
 そしてお節介。わかる。わかるけど。

「ふざけんな。いい加減にしろよ」

 だからこそ。

「ナトリ?」

 キレてやれ。

 先にそそくさとワンルームに向かおうとしていた文杜に呼び掛け、振り向いたところでナトリはイラついたようにドアを思いっきり音を立てて閉め、一言だけ言う。

「女々しいんだよ、てめぇ」

 何故そんなことを言うのか。
 そんな、意を決したような言い方でこの友人は、俺のために言ってくれてるのか。
 だが心にはきた。情緒が揺らいで。

「俺が悪い?」

 文杜に素直にそう聞かれて、ナトリはその言葉の回答は考えていなかった。けれど腹は立つものだ。

「さぁな」
「そう…」
「いちいちいちいちなんなんだよ。お前なぁ、まず度胸がない。なぁ考えろ。俺今日一番ワケわかってねぇんだよ。お前も真樹もなんも言ってくれなかったから。それでも、あれは事件だよ。なぁ。
 悲しいさ俺だって。だって目の前にいた奴だったんだ。だがお前らの方が多分悲しかったんだよ、でもなにもさせてくれない、黙って見てりゃ良いのか俺は、えぇ?」
「ナトリ、」
「だがそうしたらお前らは誰が面倒見る誰が構ってやる。
 お前はなにも出来なかった、真樹にも、あいつにもな。俺はもっとなんも出来てねぇんだよ、バカ。こんなことってあるか?」

 一言と思っていたら加速した。しかし言いたかったことはどうも少しだけ的を外れたような気がする。

 日本語が探し当てられなかった。ならば台湾語、中国語ならば果たして見つかったのだろうか。

「ナトリ、ごめん」
「違うだろ、そこはうるせぇってな」
「違う、ごめん。これでいい」

 あぁなんて。

「なんで」

 こんなときばっかホントお前って。

「こんな言葉しか出てこないんだよ」

 口下手だけどだからこそ。
 ストレートにちゃんと心に入る言葉をくれる。お前、俺よか日本語知ってるはずだろうがよ。

 だけどなんとなく哀愁ある笑みを見せた文杜を見て、あぁ本心かと察することは出来て。

「あぁ、そう…」

 閉口するしかなかった。
 こいつと喧嘩をすることはたまにある。こいつの喧嘩ももちろん見てきたが結局どうもこいつは、自分が悪いと思えば相手から一歩引いて自分を殴らせる根性くらいはあるもんで。

 よほど自分が悪ければ殴り返さない奴だと知っている。ただそれは。

「腹立ってきた。…真樹あとでぶっ叩いていいかな?」

 自分が“よほど”悪かったとき、なのだ。

「てめぇ寝れねぇからって夢に夢見てんじゃねぇよって、叩き起こすべきじゃないかな?」
「ふっ、」

 笑ってしまった。

「ふ、ははは!そりゃぁいいやぁ!」

 この狂犬野郎どうやらマジで本気で、夢中で仕方ないらしい。

 家から引っ張り出した自分より、窓から降ってきたあいつの方がどうやら腐りかけていた狂犬にはエキセントリックでファンタスティックで。

「よほどだなお前」

 余程あの精神病チビ野郎に惚れ込んだらしい。確かに、あいつは全てを作ってきた。

 ただいつでもあいつだけは揺るがない。揺るがず人想いのお節介、それが行きすぎて自意識過剰だが優しい。その優しさは時にああした結果を招いたとしても。

 帰ってくる場所くらいは安定して作って待っててやらんと本気でこうした亀裂を呼びかねない。

「仕方ないけど、引っ越し準備だね」
「そうだな」
「あー、明日学校サボってナトリの婆ちゃんに菓子折り持ってくわ。また借金増えたなぁ…ナトリばぁに」
「そうだなぁ…前回引っ越し50はいったな」
「そんないったの!?」
「お前その身一つだもんな。そうだよ」
「バイク売るわ」
「それがいいな。どうせもうあそこに興味ないんだろ?」
「ないねぇ」
「ただそうなったらどうなの?殺されないの?」
「うーん、半殺しくらいかなぁ」

 偉く物騒だ。たかだか族抜け程度で。

「3人でやれる?」
「一人で7行こうかなって」
「え、相手方を殺す話なの?」
「殺すなんてんな物騒な。半殺しだって」

 なんて涼しい顔をして言いやがるから。

「うーん、わかった日にちわかったら言って。真樹と行くから」
「えぇぇ、危ないじゃない」
「お前がね」  

 止める役目はきっと自分だ。
 しかし文杜はだからこそ思い止まってくれるだろう。大体気が狂ったところは見られたくないものだ。

 悟ったような妙な、笑みともつかない穏やかな表情のナトリに、やはり勝てねぇな俺はと文杜は思う。君は、やはり心臓あたりをぶっ叩いてくるような、そんなやつ。けして真樹や俺を逃がさないように掴んでいる。

 居眠り出来ねぇよ、君の人柄には。

「ナトリ」
「なんだよ」

 漸く一通り言い終わりスッキリしたらしい、靴を脱ぎ始めたナトリの背中に声を掛けてみる。

「ありがとう。目が覚めたよ」
「なにより」
「俺君は好きだ」

 まさかの文杜の発言に思わず咳き込み、ナトリは振り向いた。動揺しすぎて再び靴紐をキツめに縛ったことにも気付かない。

「あ、待って違うよ。あの、恋愛感情ではないよナトリ」
「なんだぁ、お前ぇ。
 わかりますよ文杜さん。普通ならそう思わずに済むけどね確かに。お前って本気でなんでこう、頭悪くねぇのにバカなの?頭の回転速度の問題だよね多分。タバコ吸いすぎ?酒飲みすぎ?ねぇてかそれいつからお前ってヤンキーなの?もう出会った頃には狂犬だったよお前」

 出たよナトリの、お前頭の回転速度どうなってんだよ罵り。早口言葉かよ。よくもまぁこうぽんぽんと言葉が出てくるもんだと感心しつつも苦笑して対抗出来ず、文杜は普通に返すことにする。だって俺は凡才だし。

「日本にはガキ大将って言葉があってね」
「ん、」
「近所でわりかし」
「凄いね、アサシンレベルだわ。揺るぎねぇなお前」

 まぁ仕方ないけども。

「とにかく疲れた」
「俺が一番な」
「風呂先入っていーよ。飯食った?」
「食った」
「はい。俺テキトーになんかあるもんたーべよっと」

 こんなのも文杜が冷蔵庫を覗く、その背中を通ってナトリは着替えを取りに行く。

 今日は春にしては、寒いなぁと、部屋の引き戸を開けて感じた。
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