Slow Down

二色燕𠀋

文字の大きさ
25 / 110
コントロール

6

しおりを挟む
 そのまま文杜は素直に帰る道を走ってくれた。

 わりと重症かもしれないな、これは。

 たかちんに礼だけ言ってひとまずボロアパートに帰るも、ナトリも文杜も無言である。
 それどころか文杜はナトリと目すら合わさない。

 一人になりたい、それはわかるのだけど。

「文杜、」
「…なに」

 ここで一人にするのはナンセンス。
 そしてお節介。わかる。わかるけど。

「ふざけんな。いい加減にしろよ」

 だからこそ。

「ナトリ?」

 キレてやれ。

 先にそそくさとワンルームに向かおうとしていた文杜に呼び掛け、振り向いたところでナトリはイラついたようにドアを思いっきり音を立てて閉め、一言だけ言う。

「女々しいんだよ、てめぇ」

 何故そんなことを言うのか。
 そんな、意を決したような言い方でこの友人は、俺のために言ってくれてるのか。
 だが心にはきた。情緒が揺らいで。

「俺が悪い?」

 文杜に素直にそう聞かれて、ナトリはその言葉の回答は考えていなかった。けれど腹は立つものだ。

「さぁな」
「そう…」
「いちいちいちいちなんなんだよ。お前なぁ、まず度胸がない。なぁ考えろ。俺今日一番ワケわかってねぇんだよ。お前も真樹もなんも言ってくれなかったから。それでも、あれは事件だよ。なぁ。
 悲しいさ俺だって。だって目の前にいた奴だったんだ。だがお前らの方が多分悲しかったんだよ、でもなにもさせてくれない、黙って見てりゃ良いのか俺は、えぇ?」
「ナトリ、」
「だがそうしたらお前らは誰が面倒見る誰が構ってやる。
 お前はなにも出来なかった、真樹にも、あいつにもな。俺はもっとなんも出来てねぇんだよ、バカ。こんなことってあるか?」

 一言と思っていたら加速した。しかし言いたかったことはどうも少しだけ的を外れたような気がする。

 日本語が探し当てられなかった。ならば台湾語、中国語ならば果たして見つかったのだろうか。

「ナトリ、ごめん」
「違うだろ、そこはうるせぇってな」
「違う、ごめん。これでいい」

 あぁなんて。

「なんで」

 こんなときばっかホントお前って。

「こんな言葉しか出てこないんだよ」

 口下手だけどだからこそ。
 ストレートにちゃんと心に入る言葉をくれる。お前、俺よか日本語知ってるはずだろうがよ。

 だけどなんとなく哀愁ある笑みを見せた文杜を見て、あぁ本心かと察することは出来て。

「あぁ、そう…」

 閉口するしかなかった。
 こいつと喧嘩をすることはたまにある。こいつの喧嘩ももちろん見てきたが結局どうもこいつは、自分が悪いと思えば相手から一歩引いて自分を殴らせる根性くらいはあるもんで。

 よほど自分が悪ければ殴り返さない奴だと知っている。ただそれは。

「腹立ってきた。…真樹あとでぶっ叩いていいかな?」

 自分が“よほど”悪かったとき、なのだ。

「てめぇ寝れねぇからって夢に夢見てんじゃねぇよって、叩き起こすべきじゃないかな?」
「ふっ、」

 笑ってしまった。

「ふ、ははは!そりゃぁいいやぁ!」

 この狂犬野郎どうやらマジで本気で、夢中で仕方ないらしい。

 家から引っ張り出した自分より、窓から降ってきたあいつの方がどうやら腐りかけていた狂犬にはエキセントリックでファンタスティックで。

「よほどだなお前」

 余程あの精神病チビ野郎に惚れ込んだらしい。確かに、あいつは全てを作ってきた。

 ただいつでもあいつだけは揺るがない。揺るがず人想いのお節介、それが行きすぎて自意識過剰だが優しい。その優しさは時にああした結果を招いたとしても。

 帰ってくる場所くらいは安定して作って待っててやらんと本気でこうした亀裂を呼びかねない。

「仕方ないけど、引っ越し準備だね」
「そうだな」
「あー、明日学校サボってナトリの婆ちゃんに菓子折り持ってくわ。また借金増えたなぁ…ナトリばぁに」
「そうだなぁ…前回引っ越し50はいったな」
「そんないったの!?」
「お前その身一つだもんな。そうだよ」
「バイク売るわ」
「それがいいな。どうせもうあそこに興味ないんだろ?」
「ないねぇ」
「ただそうなったらどうなの?殺されないの?」
「うーん、半殺しくらいかなぁ」

 偉く物騒だ。たかだか族抜け程度で。

「3人でやれる?」
「一人で7行こうかなって」
「え、相手方を殺す話なの?」
「殺すなんてんな物騒な。半殺しだって」

 なんて涼しい顔をして言いやがるから。

「うーん、わかった日にちわかったら言って。真樹と行くから」
「えぇぇ、危ないじゃない」
「お前がね」  

 止める役目はきっと自分だ。
 しかし文杜はだからこそ思い止まってくれるだろう。大体気が狂ったところは見られたくないものだ。

 悟ったような妙な、笑みともつかない穏やかな表情のナトリに、やはり勝てねぇな俺はと文杜は思う。君は、やはり心臓あたりをぶっ叩いてくるような、そんなやつ。けして真樹や俺を逃がさないように掴んでいる。

 居眠り出来ねぇよ、君の人柄には。

「ナトリ」
「なんだよ」

 漸く一通り言い終わりスッキリしたらしい、靴を脱ぎ始めたナトリの背中に声を掛けてみる。

「ありがとう。目が覚めたよ」
「なにより」
「俺君は好きだ」

 まさかの文杜の発言に思わず咳き込み、ナトリは振り向いた。動揺しすぎて再び靴紐をキツめに縛ったことにも気付かない。

「あ、待って違うよ。あの、恋愛感情ではないよナトリ」
「なんだぁ、お前ぇ。
 わかりますよ文杜さん。普通ならそう思わずに済むけどね確かに。お前って本気でなんでこう、頭悪くねぇのにバカなの?頭の回転速度の問題だよね多分。タバコ吸いすぎ?酒飲みすぎ?ねぇてかそれいつからお前ってヤンキーなの?もう出会った頃には狂犬だったよお前」

 出たよナトリの、お前頭の回転速度どうなってんだよ罵り。早口言葉かよ。よくもまぁこうぽんぽんと言葉が出てくるもんだと感心しつつも苦笑して対抗出来ず、文杜は普通に返すことにする。だって俺は凡才だし。

「日本にはガキ大将って言葉があってね」
「ん、」
「近所でわりかし」
「凄いね、アサシンレベルだわ。揺るぎねぇなお前」

 まぁ仕方ないけども。

「とにかく疲れた」
「俺が一番な」
「風呂先入っていーよ。飯食った?」
「食った」
「はい。俺テキトーになんかあるもんたーべよっと」

 こんなのも文杜が冷蔵庫を覗く、その背中を通ってナトリは着替えを取りに行く。

 今日は春にしては、寒いなぁと、部屋の引き戸を開けて感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...