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白昼夢の痙攣
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昼過ぎ。
薬のせいかなんのせいか、珍しく泥酔したように眠ってしまった一之江は、急な来客により目を覚ました。
あまりに急すぎる、忘れかけた、しかし忘れもしない人物に、はっと一瞬にして目が醒める。昼の日差しに眩暈がした。
というか、ついに幻覚を見ているかもしれない。
薄水色のワンピースに黄色いカーディガン。肩くらいの、黒髪。はっきりした目の大きな、まぁ、美人な女。
「久しぶり、陽介くん」
「あぁ、」
声を聞いて、
あぁ、幻覚だったほうがまだよかったのになと脳まで冴えた。
自分より、10歳は上の女で。
3年前まで不倫をしていた、まぁ、身体だけの彼女だった女だ。
別にそれ事態に罪悪感はない。ただ彼女が寂しそうだった、これも、患者の一人だった。
「看護婦さんに聞いたらここだって、言われたから」
「そう…どうしたの?」
彼女の名前は、古里夢子。
専業主婦で、姑のイビりに辟易していて少しだけ精神科に通っていた。参りすぎて自律神経失調症になっていたのだ。
ただ、聞いていけば家庭環境も複雑だったようで、旦那関連の子供かもしれない親戚の子を突然預かったりしていたようだ。
ここは詳しく夢子は語らなかったが、とにかくその姑のイビりは実子達にまで及び、夢子と旦那の子までも姑は愛さない。
しかし何故かその親戚の子ばかりを愛する。ここの、子供同士の摩擦解消などにも尽力する、まぁ、良い母親だった。
正直、陽介はそれを聞かされて茶番だと思った。
そんなものは大人が、果たしてやってやることなのか。しかしまぁ、どうやら姑は夢子の子供は存在すらないものとしているようで、それを思えば複雑な心境に至る夢子の気持ちもわからんでもないが、お前よりまず先にそのババアをここへ連れて来いと、一之江が言わなかったのはそう、若気の至りだ。
時として愛情は歪んでいる。そう噛み締めた女がこの目の前にいる、地味な服を着た専業主婦である。最早、他人の子供なのに何故、その子供にそれほど尽力する。
親戚の子として家族だと言ってやった方がそいつのためではないかというのが一之江の、“他人事”としての見解だった。
しかも、こんな10も歳の離れた若い男の医者に愛を求めるほど末期になるならやめてしまえばいいのに。
そう思いながらいつも一之江は夢子を抱いていた。あの、排他的で大きな家の倉庫、のような“離”で。
「お話があってね」
夢子は一之江のベットに腰かけた。横顔は3年分老けたようだ。それも大人の魅力に思える。
「はぁ、なに?離婚でもした?」
「そう。死んだの、旦那」
「えっ」
夢子のあまりに淡々とした無感情で唐突な図星に、一之江は言葉を呑んだ。
なんだそれ。
それを何故俺に言う。しかも、3年も前に別れた男に。
「姑と旅行に行って。姑だけ帰国したの」
「は?」
「胃に悪い話ね。ごめんね。
だから別れたの。貴方なら、なんて言ってくれるかなと…そう思って」
「…なんで、」
「貴方、よく私に言ってたじゃない。「そんなに辛いなら、辞めちゃえば?」って人の気も知らないでさ。でも、あれ結構、救われてたの。素直で。皆、大変ねぇ、しか言わないから。
親戚の子に、だから私、凄く、酷いことを言って、お別れしてきた。凄い顔してたなぁ。ずっと良いお母さんやって来たから。けどだから、強くなってくれるといいなってそう思って」
「…そう」
「はーあ」
夢子は伸びをして立ち上がり、何か吹っ切れたような顔をして一之江を見つめた。
素直に、綺麗だった。
「それだけ。
なんかこう、貴方が倒れて終わってしまった、これが痞てたの。もう、取れた。一方的でごめんなさい」
「いや…。あの、ひとついい?」
「何?」
「凄く綺麗。それだけ。一方的でごめんなさい」
「…ズルいね。まったく。ま、じゃぁ、そんなわけで。
お大事に。看護婦さんに、羊羮預けたの。嫌いだったら誰かにあげてね」
そう言うと彼女は振り返ることもせず、深呼吸をし俯いて去って行った。
入れ代わりに西東が入ってきた。
優しい仄かな笑顔で彼女が去った廊下を見つめ、それから一之江を見つめ、扉を閉める。
「なんだよ…聞いてたのか」
「いいや。女の人を泣かせるなんて罪な男だねぇ、君は」
「…知るか。なんだよ今日は」
「お見舞いだよ。暇だろうと思ってさ。生憎僕も君のせいで帰国早々しばらく予定を潰したから暇で暇で仕方なくて」
軽口を叩いてベットの側に、壁に立て掛けられたパイプ椅子を立てて座る。
「…悪かったな」
「ホントだよね。まざまざとあんなもんまで見せられて僕のこの笑顔。わかってるよね陽介」
「うんごめん。やっぱ聞いてたのか」
「うんごめん。
まぁ嫌いじゃないよ?君のそのバカさは学生時代からブレないからね。もう慣れたよ。仕方ないよね。黒子みたいなもんだよね。
でもさぁ、僕の身にもなってよね、君、友達僕しかいないんだから」
「…お前って嫌なヤツだよね。これも黒子か、おい」
「そうだね」
「なぁ、真樹は?あいついま学校じゃないだろ」
「そんなことより君はそのぶっ壊れた胃袋をどうにかしろよ。わかってんでしょヤバイの。僕のために生きててもらわないと困るの、僕の人生で君に近々あと3つお願いがあってね」
「あ胃が痛ぇな看護婦ー死ぬわ俺」
「あら大変叩けば治るかな」
「殺すぞてめぇ」
「黙れよジャンキー。
ひとつが500万ひとつが仲人ひとつが出産」
「待て待て待て!胃袋出るわ!なんだそりゃは?え?」
「ふふふー、カエルみたい。
幸せ報告ー、の前に!
会社建てたいから500貸してぇ?お願いよーちゃん」
「気色悪いから却下。はい次」
「結婚します。そのための資金で500使っちまうから、会社建てられないから500貸して」
「ちょっと考えよう。はい次」
「子供出来ちゃった。そこに僕が貯めた500があるのです。だから会社建てられないから500貸して」
「あーなるほどね。一回飛び降りて保険金卸したらもっと貰えるぞはい解決」
「酷くない?そうなのマジで?
まぁ子供出来ちゃったのは嘘なんだけどね」
「一回飛び降りてよし。精神科医が許可する」
「一回って、戻って来れないじゃん」と至極まともな回答。西東はそのままじっと一之江を見つめる。
薬のせいかなんのせいか、珍しく泥酔したように眠ってしまった一之江は、急な来客により目を覚ました。
あまりに急すぎる、忘れかけた、しかし忘れもしない人物に、はっと一瞬にして目が醒める。昼の日差しに眩暈がした。
というか、ついに幻覚を見ているかもしれない。
薄水色のワンピースに黄色いカーディガン。肩くらいの、黒髪。はっきりした目の大きな、まぁ、美人な女。
「久しぶり、陽介くん」
「あぁ、」
声を聞いて、
あぁ、幻覚だったほうがまだよかったのになと脳まで冴えた。
自分より、10歳は上の女で。
3年前まで不倫をしていた、まぁ、身体だけの彼女だった女だ。
別にそれ事態に罪悪感はない。ただ彼女が寂しそうだった、これも、患者の一人だった。
「看護婦さんに聞いたらここだって、言われたから」
「そう…どうしたの?」
彼女の名前は、古里夢子。
専業主婦で、姑のイビりに辟易していて少しだけ精神科に通っていた。参りすぎて自律神経失調症になっていたのだ。
ただ、聞いていけば家庭環境も複雑だったようで、旦那関連の子供かもしれない親戚の子を突然預かったりしていたようだ。
ここは詳しく夢子は語らなかったが、とにかくその姑のイビりは実子達にまで及び、夢子と旦那の子までも姑は愛さない。
しかし何故かその親戚の子ばかりを愛する。ここの、子供同士の摩擦解消などにも尽力する、まぁ、良い母親だった。
正直、陽介はそれを聞かされて茶番だと思った。
そんなものは大人が、果たしてやってやることなのか。しかしまぁ、どうやら姑は夢子の子供は存在すらないものとしているようで、それを思えば複雑な心境に至る夢子の気持ちもわからんでもないが、お前よりまず先にそのババアをここへ連れて来いと、一之江が言わなかったのはそう、若気の至りだ。
時として愛情は歪んでいる。そう噛み締めた女がこの目の前にいる、地味な服を着た専業主婦である。最早、他人の子供なのに何故、その子供にそれほど尽力する。
親戚の子として家族だと言ってやった方がそいつのためではないかというのが一之江の、“他人事”としての見解だった。
しかも、こんな10も歳の離れた若い男の医者に愛を求めるほど末期になるならやめてしまえばいいのに。
そう思いながらいつも一之江は夢子を抱いていた。あの、排他的で大きな家の倉庫、のような“離”で。
「お話があってね」
夢子は一之江のベットに腰かけた。横顔は3年分老けたようだ。それも大人の魅力に思える。
「はぁ、なに?離婚でもした?」
「そう。死んだの、旦那」
「えっ」
夢子のあまりに淡々とした無感情で唐突な図星に、一之江は言葉を呑んだ。
なんだそれ。
それを何故俺に言う。しかも、3年も前に別れた男に。
「姑と旅行に行って。姑だけ帰国したの」
「は?」
「胃に悪い話ね。ごめんね。
だから別れたの。貴方なら、なんて言ってくれるかなと…そう思って」
「…なんで、」
「貴方、よく私に言ってたじゃない。「そんなに辛いなら、辞めちゃえば?」って人の気も知らないでさ。でも、あれ結構、救われてたの。素直で。皆、大変ねぇ、しか言わないから。
親戚の子に、だから私、凄く、酷いことを言って、お別れしてきた。凄い顔してたなぁ。ずっと良いお母さんやって来たから。けどだから、強くなってくれるといいなってそう思って」
「…そう」
「はーあ」
夢子は伸びをして立ち上がり、何か吹っ切れたような顔をして一之江を見つめた。
素直に、綺麗だった。
「それだけ。
なんかこう、貴方が倒れて終わってしまった、これが痞てたの。もう、取れた。一方的でごめんなさい」
「いや…。あの、ひとついい?」
「何?」
「凄く綺麗。それだけ。一方的でごめんなさい」
「…ズルいね。まったく。ま、じゃぁ、そんなわけで。
お大事に。看護婦さんに、羊羮預けたの。嫌いだったら誰かにあげてね」
そう言うと彼女は振り返ることもせず、深呼吸をし俯いて去って行った。
入れ代わりに西東が入ってきた。
優しい仄かな笑顔で彼女が去った廊下を見つめ、それから一之江を見つめ、扉を閉める。
「なんだよ…聞いてたのか」
「いいや。女の人を泣かせるなんて罪な男だねぇ、君は」
「…知るか。なんだよ今日は」
「お見舞いだよ。暇だろうと思ってさ。生憎僕も君のせいで帰国早々しばらく予定を潰したから暇で暇で仕方なくて」
軽口を叩いてベットの側に、壁に立て掛けられたパイプ椅子を立てて座る。
「…悪かったな」
「ホントだよね。まざまざとあんなもんまで見せられて僕のこの笑顔。わかってるよね陽介」
「うんごめん。やっぱ聞いてたのか」
「うんごめん。
まぁ嫌いじゃないよ?君のそのバカさは学生時代からブレないからね。もう慣れたよ。仕方ないよね。黒子みたいなもんだよね。
でもさぁ、僕の身にもなってよね、君、友達僕しかいないんだから」
「…お前って嫌なヤツだよね。これも黒子か、おい」
「そうだね」
「なぁ、真樹は?あいついま学校じゃないだろ」
「そんなことより君はそのぶっ壊れた胃袋をどうにかしろよ。わかってんでしょヤバイの。僕のために生きててもらわないと困るの、僕の人生で君に近々あと3つお願いがあってね」
「あ胃が痛ぇな看護婦ー死ぬわ俺」
「あら大変叩けば治るかな」
「殺すぞてめぇ」
「黙れよジャンキー。
ひとつが500万ひとつが仲人ひとつが出産」
「待て待て待て!胃袋出るわ!なんだそりゃは?え?」
「ふふふー、カエルみたい。
幸せ報告ー、の前に!
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「気色悪いから却下。はい次」
「結婚します。そのための資金で500使っちまうから、会社建てられないから500貸して」
「ちょっと考えよう。はい次」
「子供出来ちゃった。そこに僕が貯めた500があるのです。だから会社建てられないから500貸して」
「あーなるほどね。一回飛び降りて保険金卸したらもっと貰えるぞはい解決」
「酷くない?そうなのマジで?
まぁ子供出来ちゃったのは嘘なんだけどね」
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