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白昼夢の痙攣
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西東氏が病院まで一緒に来てくれ、一之江が療養中に代わりに診てくれる医者の手続きをしてくれた。
しかし、その場で即効、
「じゃ!僕陽介と遊んでくる!」
と言われ、真樹は待合室に一人置いていかれてしまった。
まったく嵐のような人だなと、半ば真樹が不機嫌になりつつある午前診察。
どうやらその医者、二条先生は、今日は午前診察だけで、真樹は一般の最後の患者となったらしい。
元々、それほど患者を取らない先生らしく、待ち時間も一時間程度だった。
正直最初聞いたときは、大丈夫かよその医者、というのが率直な感想だった。
しかし一時間、長い。人口密度も空間のわりにはあるから暑い。
妙な温さに眠ってしまった。
そんな時看護婦に、「天崎さん?具合は大丈夫?」と起こされ、どうやら何回か診察室に呼び出されていたと知る。
看護婦の手を借りながら診察室に入ると、30代くらい、少し撫で肩でクールな眼鏡の、心療内科と言うよりは女学年主任風の医師が座ってパソコンに向かっていた。
髪も短髪で、はっきり言ってしまえば色気がない。きっと姉御肌タイプだ、なんとなく。
「こんにちは」
こちらを見て挨拶をしてくる声はまぁまぁ低めで。
「一之江さんが入院してるということで。その間担当になりました二条麻子と申します。よろしくお願いします」
彼女はにっこりともせず淡々と自己紹介をし、「どうぞ」と、更に感情もなく椅子を促した。
真樹は緊張というか不信感のまま二条の前の椅子に座った。
二条はデスクから体を真樹と向き合い、真樹をじっと見てから「緊張してますか」と淡々と聞いた。
「まぁ、はい…」
「名前をどうぞ」
「あまあっ、天崎、真樹です」
噛んだ。普通に噛んだ。泣きそう。だってこの人なんか取っつきにくい。
「はい。
カルテは読みましたが貴方はいまバランスを飲んでるようで。どうですか調子は。寝れていますか?不安は解消されてる?」
いまが不安だよめちゃくちゃ。
「…取れません。睡眠は…その時によって、です。
あ、けど、すぐ、起きちゃうかも知れなくて、その…でも寝てるときはちゃんと…寝れているかも、深く」
「…うーん、なるほど…。夢とか見る?」
「見てるかな?どうだろう…」
「そうですか…」
二条先生はパソコンに何かを打ち込み、また真樹に向き合った。
「あと最近のじゃぁ、ショックなことから先に聞きましょうか。最後に楽しい話は聞きましょう」
「うんと…。その、よーちゃんが」
「よーちゃん?」
「あぁ、あの…。
一之江先生が、昨日血を」
「あのバカたれまったく…」
二条先生が溜め息を吐いたのに真樹は目をぱちくりさせた。それに二条先生は、「いや、」と言う。
「彼は昔からああなの。最早あれも病気だよね。診てあげようかなまったく。
悪い医者じゃないんだけどさ、こう、まぁ気持ちはわかるのよ?一人一人患者を診て、見すぎてしまって、ああなっちゃしょうがないわよね。それを患者さんに見せて最近ショックな出来事で聞かされちゃうなんてまったく」
「ふっ、」
笑ってしまった。
「まったくです。その通り」
「あら、やっぱりそうだよね」
「じゃぁ最近楽しかったことは、二条先生と話せたこと。もっと話してもいい?先生」
「…どうぞ。なにかあったの?」
「なんもない。けど話そうかなってちょっとだけ、思えた。
ねぇ先生は?先生の楽しい話とショックな話も聞きたい、話してくれないかな?」
なんとなく。
なんとなくだけど。
この人良い人かもしれないなと思えた。そして真樹はなんとなくだが、自分には、その直感だけはある。センスがあるんじゃないかと思っている。
でなければ自分はナトリにも文杜にも一之江にも、出会えていないし付き合えていないだろうと感じている。
みんな、好きだ。嫌いで、好きで、どうしようもなく大嫌いで、大好きで、有り余っている。この有り余る想いをどうしようと言ってくれたのが昨日出会った西東のような気がする。
その話を、いま二条に、してみようかと思う。
「俺、凄くね。
大切な人、たくさんいる気がするんです。けど、傷付けてばっかりだし、伝えられたこともない気がする」
けれども彼らからは、たくさんなにかを貰う。伝えて貰うわけではないのだけど、なにかはたくさん貰っているから。
だから彼らを自分は凄く大切にしたいし守りたいし、本当なら傷付けたくない。けれども自分ではなかなかうまくいかなくて。
自分はどんどん、いつまで経っても小さいままだ。どんどん、嫌いになっていってしまう。手は伸びない、届かない。いつだって彼らに差し出していたいのにいつからか、それが怖くなっている。
自分でいいのか?多分自分でなくても世界は広大で廻っていて。だからむしろ自分でない方がいいんじゃないか、と思って遠退いて拒絶する度また自分が嫌いになってしまって。
「どうしたらいいかな」
静かに、低く声を押し出すように呟く弱り果てた少年を、ただ黙って二条は見ていた。
本当は簡単なことだ、自分をただ受け入れる、それだけの現象だ。
カルテ上ではわからない。だがまぁ確かに、シンプルだからこそ、大人になっても、大人の方が難しい“自分を受け入れる”こと。
それをしろと言い、するように導くのも精神科医の一種の仕事なのだ。泣かない少年を黙って見つめることしか出来ないで言葉を待つのもまた、仕事である。
痙攣のような事情、思いは、果てしない。ゴールがない。それもまた青春かと、取り敢えず二条は少年の話をゆっくり聞きながら、あいつ一発ぶん殴ると心に決めた。
しかし、その場で即効、
「じゃ!僕陽介と遊んでくる!」
と言われ、真樹は待合室に一人置いていかれてしまった。
まったく嵐のような人だなと、半ば真樹が不機嫌になりつつある午前診察。
どうやらその医者、二条先生は、今日は午前診察だけで、真樹は一般の最後の患者となったらしい。
元々、それほど患者を取らない先生らしく、待ち時間も一時間程度だった。
正直最初聞いたときは、大丈夫かよその医者、というのが率直な感想だった。
しかし一時間、長い。人口密度も空間のわりにはあるから暑い。
妙な温さに眠ってしまった。
そんな時看護婦に、「天崎さん?具合は大丈夫?」と起こされ、どうやら何回か診察室に呼び出されていたと知る。
看護婦の手を借りながら診察室に入ると、30代くらい、少し撫で肩でクールな眼鏡の、心療内科と言うよりは女学年主任風の医師が座ってパソコンに向かっていた。
髪も短髪で、はっきり言ってしまえば色気がない。きっと姉御肌タイプだ、なんとなく。
「こんにちは」
こちらを見て挨拶をしてくる声はまぁまぁ低めで。
「一之江さんが入院してるということで。その間担当になりました二条麻子と申します。よろしくお願いします」
彼女はにっこりともせず淡々と自己紹介をし、「どうぞ」と、更に感情もなく椅子を促した。
真樹は緊張というか不信感のまま二条の前の椅子に座った。
二条はデスクから体を真樹と向き合い、真樹をじっと見てから「緊張してますか」と淡々と聞いた。
「まぁ、はい…」
「名前をどうぞ」
「あまあっ、天崎、真樹です」
噛んだ。普通に噛んだ。泣きそう。だってこの人なんか取っつきにくい。
「はい。
カルテは読みましたが貴方はいまバランスを飲んでるようで。どうですか調子は。寝れていますか?不安は解消されてる?」
いまが不安だよめちゃくちゃ。
「…取れません。睡眠は…その時によって、です。
あ、けど、すぐ、起きちゃうかも知れなくて、その…でも寝てるときはちゃんと…寝れているかも、深く」
「…うーん、なるほど…。夢とか見る?」
「見てるかな?どうだろう…」
「そうですか…」
二条先生はパソコンに何かを打ち込み、また真樹に向き合った。
「あと最近のじゃぁ、ショックなことから先に聞きましょうか。最後に楽しい話は聞きましょう」
「うんと…。その、よーちゃんが」
「よーちゃん?」
「あぁ、あの…。
一之江先生が、昨日血を」
「あのバカたれまったく…」
二条先生が溜め息を吐いたのに真樹は目をぱちくりさせた。それに二条先生は、「いや、」と言う。
「彼は昔からああなの。最早あれも病気だよね。診てあげようかなまったく。
悪い医者じゃないんだけどさ、こう、まぁ気持ちはわかるのよ?一人一人患者を診て、見すぎてしまって、ああなっちゃしょうがないわよね。それを患者さんに見せて最近ショックな出来事で聞かされちゃうなんてまったく」
「ふっ、」
笑ってしまった。
「まったくです。その通り」
「あら、やっぱりそうだよね」
「じゃぁ最近楽しかったことは、二条先生と話せたこと。もっと話してもいい?先生」
「…どうぞ。なにかあったの?」
「なんもない。けど話そうかなってちょっとだけ、思えた。
ねぇ先生は?先生の楽しい話とショックな話も聞きたい、話してくれないかな?」
なんとなく。
なんとなくだけど。
この人良い人かもしれないなと思えた。そして真樹はなんとなくだが、自分には、その直感だけはある。センスがあるんじゃないかと思っている。
でなければ自分はナトリにも文杜にも一之江にも、出会えていないし付き合えていないだろうと感じている。
みんな、好きだ。嫌いで、好きで、どうしようもなく大嫌いで、大好きで、有り余っている。この有り余る想いをどうしようと言ってくれたのが昨日出会った西東のような気がする。
その話を、いま二条に、してみようかと思う。
「俺、凄くね。
大切な人、たくさんいる気がするんです。けど、傷付けてばっかりだし、伝えられたこともない気がする」
けれども彼らからは、たくさんなにかを貰う。伝えて貰うわけではないのだけど、なにかはたくさん貰っているから。
だから彼らを自分は凄く大切にしたいし守りたいし、本当なら傷付けたくない。けれども自分ではなかなかうまくいかなくて。
自分はどんどん、いつまで経っても小さいままだ。どんどん、嫌いになっていってしまう。手は伸びない、届かない。いつだって彼らに差し出していたいのにいつからか、それが怖くなっている。
自分でいいのか?多分自分でなくても世界は広大で廻っていて。だからむしろ自分でない方がいいんじゃないか、と思って遠退いて拒絶する度また自分が嫌いになってしまって。
「どうしたらいいかな」
静かに、低く声を押し出すように呟く弱り果てた少年を、ただ黙って二条は見ていた。
本当は簡単なことだ、自分をただ受け入れる、それだけの現象だ。
カルテ上ではわからない。だがまぁ確かに、シンプルだからこそ、大人になっても、大人の方が難しい“自分を受け入れる”こと。
それをしろと言い、するように導くのも精神科医の一種の仕事なのだ。泣かない少年を黙って見つめることしか出来ないで言葉を待つのもまた、仕事である。
痙攣のような事情、思いは、果てしない。ゴールがない。それもまた青春かと、取り敢えず二条は少年の話をゆっくり聞きながら、あいつ一発ぶん殴ると心に決めた。
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