Slow Down

二色燕𠀋

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白昼夢の痙攣

※11

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 どうやらそれが彼の中でスイッチだったようで。

 振り向いた穂先輩の視点は野獣のような、煌々としたものに変わった。
 扉の前に立つ穂先輩は腕組みをして緩く凭れ、「初めて?」と文杜に問う。

 右手首の包帯が気になる。

「男って」
「うん、まぁ」
「まぁ、そうだよね、普通。でもお前から言ったんだよ」
「そうでした、はい」
「やめとく?」
「いえ、やめませんけど」

 得意の喧嘩屋根性が出てしまった。まぁ、実際言ってしまったのは自分だ、それも確かにあるが。

 穂先輩がにっこり笑って前髪を右手で掻き上げた。あぁ、ダメだそれ。やっぱちらつく。

 しかし一定の距離感は詰まらない。これは不思議な距離感だな、そう思いつつ文杜はしかし冷静に、ベースをまずはギターケースにしまい、一息吐いた。その事情を先輩は見守っている。

「どする?」
「あんたそれでいいの」
「なにが?」
「なんでもない」

 ちらっと、放送室のガラスの向こう側のスタジオを文杜は見る。

「校内放送は自動的に鳴るよ」
「へぇ、はぁ、」
「別のこと考えてた?」
「そうっすね。あの台押しちゃってあんあん、まぁ床だったらチャイムの合間にあんあん、流れたらすげぇだろうなぁとか、そんな楽しいしょーもないこと」
「ふっ、」

 手で押さえる前にちらっと見えた八重歯がやっぱりキュートで。

「それ楽しいかも」
「けどさぁ」

 なんだか見ちゃいけないものを見た気分。例えるならあの雨の日の、君の綺麗だった空虚な、ビー玉のような目みたいな。

 目の前に来てみれば身長は自分と同じくらい。まぁ普通そう。でもどうして見上げるようなあざとさがあるのか。

 近くで見てみれば穂は二重で、鼻が高く案外はっきりした顔をしていた。
 手を伸ばし耳に髪の毛を掛ければ、傷んでいるのがわかった。血管が綺麗だな、そう思えばもう、耳元に口付けるように言う。

「やっぱ、誰にも邪魔されたくないからこっちがいい」

 穂の肩が揺れている。よく見れば首筋にも小さな黒子があって。

「おもろいね、あんた」
「文杜です」
「わりとノって来た」
「ノせるのうまいじゃん。けど悪いね。俺ギターもあんま上手くないし、セックスなんて女の子としかしたことないから」

 言いながら文杜は穂のシャツのボタンを外して行く。穂は恥じらって俯き、その手を包帯の手で制した。

「待った、待って。
 せめて座らないか、あの、立ったままとかそれもいいけど後々辛い」

 急な、切実な願いに。

「ふ、
はははは!マジか、へぇ、まぁうん、そうだよね、ごめんなさい。はい。じゃぁお願い聞いてあげるからいざとなったら助けてね先輩」
「…どうかな」
「案外ツンデレだね。じゃぁはい、肩掴まってください」
「だから嫌だって、手首痛いし」
「違うから。いいからじゃあ左腕回して。早くこう、がっつり」

 不信感抱きつつ渋々穂は、なんなら嫌だって言ったし、もうええ首閉める勢いでいったろか、くらいでがっつり左腕を文杜の首の後ろに回した。
 「お、いいねぇ」煽られたかと思えばフワッと身体が浮いた。が、

「いだっ、」

テーブルに落とす勢い。最早押し倒された?よくわからないことになっていたが取り敢えず穂は腰を強打した。

 文杜は文杜で「案外重っ」と、やはり落としたらしかった。
 なのに穂の腕がなかなか体制的に抜けなかったせいか文杜は首が痛かったらしい、手で軽く押さえてる。机も少しずれた。

 しかしこうなって見て二人見つめ合えば、どちらともなく笑い出す。

「ムードとか」
「ないっすね。まぁこれから作る。俺もうわりと完勃ち。こんなでも」
「ふ、ははっ、」

 取り敢えず乗せきれなかった穂の足を乗せ、自分も机に跨がってみてやはり目につく、包帯。

「これ、どうしたの?」

 やはりちらつく。

「あぁ、打撲ってか怪我。捻った。なんで?」
「いや、なんでもないけど。てか腰ごめんなさい大丈夫?痛くないですか?」
「ははっ、お前さ、なんかこう、優しいねぇ。初めてだわ。まぁ、いいよ。痛いけど…ね」

 言いながらベルトに手を掛けてくる、右手で。それが少し興奮に繋がった。

「せっかちだなぁ…」

 文杜は文杜で再び脱がせに掛かる。
 意外と場の雰囲気で興奮しているらしい。というより最早、溜まっている。それは紛れもない事実だし何より、真樹に少し似ている。それが一番デカい。

 しかし彼はやはり真樹よりも男子体型だった。スリムで綺麗。ケロイドは当たり前ながら、なく。

「意外と筋肉質だね。腕とか」

 そう穂に言われて。
 あぁ、そういえば指弾き、腕の筋肉使うんだよなぁ、とか考えていたら、急に半身を起こすもんだからどうしたかと思えば、一気にパンツごと下着を下げられ、にやっと笑ってくわえられてしまったもんだから、快感。黒子とか、興奮。

 ただ少ししてから気付いた。多分体勢を代えてみた時のことだと思う。確かに、なんとなく彼には「助けてね」つまりはリードしてね、とは言ったが。

 彼が上になっていざというとき。
 腕をなんとなくかばっていた穂がふと、脱ぎ捨てていた制服のパンツのポケットから取り出したのは、オカモトの0.01ミリ。包装をくわえ、破ろうとしたときに笑った顔がまた妖艶で。

「ホントはダメらしいんだけど、これしかないからいい?」
「え?」
「薄いとさ。保険の先生が言ってた」

 あの野郎ぉぉぉ!
 怒りが勝って急に萎えかけるも「おっとぉ、」とまたくわえられてしまっては、まるで拷問だ。ただ一言言った。

「あんたいいのかそんなんで」
「んー?」

 あぁ話しかけなければよかった。

「ごめんなさいごめんなさい」

 しかしまたあげた穂の顔が、その汗に濡れた顔が綺麗。濁りがない。ヤバい死にそう。これが恋かも。とか柄にねぇ、センスもねぇ。だけどヤバい。

 それから流れ作業のように手慣れて装着され、上に乗られたが、気付いた点パート2。

 苦しそう。

 だけど、穂はあまり声を立てない。息だけ。なんなら押し殺しているような現象に文杜は違和感を感じた。

 試しに意地悪で少し腰を上げてみても顔を辛そうにするばかりで、思わず「ごめんなさい」と謝る。漸く済んで苦しそうににやっと笑ったのに最早文杜は殺された。心が一発で撃ち抜かれた。

「はぁ…支えて、」
「あい、はいぃ」

 それから最早。
 何がどうなってどうなったか皆目わからないくらい無我夢中。ただただどこかで追いかけ、離す。
 
 背骨を舌で撫で上げて、
痙攣するように身を縮まらせても、だけど首筋を許容してはくれない。あのビー玉のような茶色い潤んだ目をして薄く微笑んで口付けて、掻き回すように髪を撫でてはくれない。

 やはり夢と人物、現実は違う。「顔見たいから」と、一度離れて自然と相手を前向きにさせてみれば。

 嬉々として次の一手を待つ相手に。想像の世界で想い人を抱いた。声が、違かった。
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