Slow Down

二色燕𠀋

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I'm ソーダ

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 ふと真樹が文杜の方を向いて。
 にやっと笑い、文杜の頭に手を乗せて見つめる、ビー玉のような茶色い目。
 ずり下がったシャツの袖から見えた手首の傷はもう浅い。ちらっと見えたへそ近くのケロイドは、まだ薄茶色で。

 ウェスト、腸骨が浮き彫りになるようなライン、やはり細いなぁと、スウェットとシャツの隙間に艶を見る。
 真樹が静かに薄い目蓋を閉じ、その現象がまた、そう。吹き出る、爽快なような、鮮やかなような。

「これさぁ」
「ん?」
「なんでこの人ずっとそうだぁって、言ってんだろう」
「え?」

 ぶっちゃけ歌詞とか聞いてなかった。でも確かに、一回落ち着こうと歌詞に耳を傾ければ、文杜には「ソーダ 身を焦がす度、ソーダ 」なんだろ、見失う度?気失う度?ソーダ 気付いてたのさ、それ以外 何もないと?なんだろ、舌足らずで何言ってるかわかんないなぁ、でも。

「あ、もしかしてさ」
「ん?」
「sold out?」
「あぁ、ソーダーゥトみたいな?」
「あ、真樹綺麗上手い」
「へへー」
「でもそれだと歌詞変だよねぇ」

 ふと真樹は、枕元に置いておいたCDから歌詞カードに手を伸ばし、今度はうつ伏せになって覗き込んだ。
 少し文杜に近付いた。

「あ見てよ」

 目が合う。近いなぁ。
 慣れた距離、しかし今日だけはなんだか意識してしまうのは、文杜の個人的な事情だ。

「スローダウンだ」
「え?」

 見つめていた真樹から、視線を落としてみた。

 本当だ。Slow Downだ。
 舌足らずだと、こうなるのか。

 あ、ちょっとくるなぁ、この歌詞。

「ねぇねぇ文杜」
「なに?」
「どーゆー意味?I'll take you anywhereとかSlow downとか」
「んー。
 I'll take you anywhereはまぁ、んー、君をどこかへ連れてっちゃうよ?みたいな?直訳はまぁ、私は貴方をどこへでも連れていける、みたいな。
 Slow downは、ゆっくり落ちていく、かなぁ」
「文杜ってやっぱ英語得意だよねぇ」
「んー。まぁ洋画好きだからねぇ」

 よく家で観たものだ、飽きもせず何本も何回も、自分が生まれる前の映画やら、何やら。

 中学の時だって、3人でよく観た。文杜はよく、吹き替えなしのを観る。
 多分、二人と出会ってからそうなった。

「ねぇ真樹」
「なぁに?」
「もしさぁ…」

 あぁなんで、俺は。
 真樹の、チラ見せ状態の背中に指を這わせる。撫でるように、優しく緩く。温かくて滑らかだ。

「俺がもし君に、一度でいいから抱かせてよって言ったら、君はどうする?どう思う?」

 真樹はじっと文杜を見た。
 そして、ふんわり、優しく微笑んで、「そうねぇ…」と考え、またこちらに身体を向けた。文杜の指は、あのケロイドに当たる。

「そんな悲しい顔して言うならまずは、何かあったのって聞いてみるかな」
「え?」
「文杜、」

 それから真樹は、文杜の頭を抱えるように緩く抱き締めて。丁度、真樹の胸辺りに耳があたる。心臓が普通の鼓動で、よかった。

「ねぇ、あのさぁ」
「うん」
「俺って人でなしかな?」

 真樹の呼吸が止まったような気がした。

 文杜が顔を覗けば、どうやら真樹は硬直したらしい。空虚で綺麗な、深い目で見つめるその表情はしかし読み取れない。
 ただ、震えそうな口元で、「文杜、」と、もう一度真樹に呼ばれた。

「真樹、」
「ハゲには内緒な、誰にもナイショなお願いがある」
「…なに?」
「もし、
 これからずっとこうして、続けていって、あぁもうダメだ俺、人でなしだと思ったら、文杜のお願いだけは一個くらい、最後に究極なの聞いてあげようかなと思う。だからさ、そんときは、俺のお願いも聞いてくれる?」

 それって。

「…真樹、それは」

 真樹は笑うだけだった。

「それまで取っといて、何かお願い一つ。人でなしだって思わないで」
「真樹、」

 あぁやっぱり。

 君だけはどうしても俺は届かない。俺は君のFmの(b5)を、引き出せないベースかもしれない。だってどうしたって、汚したくないほどに、傷付けたくないほどに。

 すがるように真樹に顔を埋めて傷から、背に手を伸ばした。
 くすぐったいのか少し真樹の肩が揺れた気がしたけど、「何があった?」と、堪えたように言われれば。

「何もないよ…ホントに」

 人でなしかもしれないけど。
 ただ人でなしでもそうまだ、哀しみはあるらしい。泣けないような、そんな痺れに近い悲しみがあるもんかと、暖かさに混じりあって炭酸のような、気泡のような痛みを文杜は静かに感じた。

 手を伸ばして、真樹に耳元から髪を撫でられるそれに、どうしようもなく胸が痛んだ。
 単純にそれを受け入れてやれるだけの度胸、欲しいなと、文杜はその手を、優しく取り、目を閉じて回想。

 真樹の胸の鼓動から、あの人の寂漠を思い知った。俺は何故、あの人を、思うのか。ただこれはそう。

 人でなしだ。
 最後にそう思った。

 気が付けば文杜はどうやら静かに寝息を立てていて。
 何を果たして思っていたのかは真樹にはわからない。ただ、底冷えするような空虚の先に、真樹は文杜の何かを探り当てた気にはなれた。

「…お熱いな、お前ら」

 風呂から上がったナトリは、首から掛けたタオルで頭をわしゃわしゃやりながらそう言った。

「…どうしよ、これ」
「…明日朝早起きだな」
「ねぇ、文杜どうしたの」
「さぁ?お前のせいじゃないの?」

 なんだそれは。
 でも確かに。

「そだね。俺のせい」

 それをナトリが聞いたか聞いてないかはわからない。だが文杜が寝返りなのか体勢を変えたのか、とにかく押されて「あわ、」と仰向けになる真樹。

 これは明日から文杜はソファーだな。ナトリはそう思った。

 だが真樹も真樹で「感触が気持ちいかも…」とか言って文杜の髪の毛をなぜている。

 多分なぁ、それ、起きてなくても起きるぞ文杜。

「お前ってなんかこう、彼女要素しかねぇな」
「は?」
「凄く俺の身になって欲しい。けど」

 まぁ最終的に。
 一番振り回すクセして最後をまとめてくれるのはまぁ、お前だよな。

「俺すぐ寝れる派なんで、ごゆっくりどうぞ」
「お前は何を言ってるのクソ台湾」
「親日的な淑やかな対応だと自分を褒めてぇけど」
「褒めてあげるからじゃぁおいでよ」
「はぁ?」
「聴こうよハゲも。まぁちょっとタイコ微妙だけど」
「タイコ言うな嫌だよ狭いし俺でかいし」
「お前って可愛くない」
「まぁな。その役はお前にやる。おやすみクソチビ。明日聴こう」
「はぁい」

 電気が消えた。

 暗さに、目が慣れて、それでもまだ眠れないのは、重さと、鼓動と、何より、首筋にあたる文杜の湿った吐息で。

 目を閉じてやはり違う暗闇に身を預けようかと思えば、すりすりと妙に撫でられた背中に、やはり、ケロイドに触れる文杜の指が震えていて。

 流石に、「文杜?」と囁いて傷口から手を剥がそうとすれば、その手はやんわりと握られ、「うぅ…」と寝ぼけてるようだ。

 まったくどこの誰と間違えてるか知らんがちょっと首筋、舐めるような息の掛け方やめろよな。

 しかしこうもすこやか。
 まぁいい、今日はきっと、寝れない。
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