Slow Down

二色燕𠀋

文字の大きさ
57 / 110
I'm ソーダ

5

しおりを挟む
 淀んだ灰色の空が広がっていた、あの日まで。

 空から、まるで降ってきたかのように落ちてきた君の背中に俺は感動した。あの時から毎日空は、青空のような気がしてならなくて。

 ボスッと音を立てて目の前に降ってきた君は、可愛らしい、肩くらいまでの柔らかそうなストレートヘアー。それが少し風に靡いて、というか乱れた感があって。

「痛っ、」

 声も自分より高い、少年期の柔らかい感じで。
 制服のブレザーのネクタイを緩め、強打したのだろう腰を擦り、睨むように今落ちてきた窓を見上げると歯を食い縛って、その窓から下を覗き込んだ茶色い短髪の、身を乗り出してる背が高そうな男子を見上げているが、君は笑った気がした。

「おい!い、生きて、」
「てめ、クソ、ハゲぇ!おまっ、降りて来ぃや!んなとこ!ぶっ飛ばしたる!」

 実際無理だろう。多分、喋るのがやっとなくせに半身起こしてあんなに叫んじゃってさ。

「…、待っとけ、今行く、死んだらぶっ飛ばすよ!チビ!」

 心配そうな顔して茶髪野郎はたどたどしい日本語で返し、踵を返すのが見えた。

 それを見るや降ってきた小さな君は、ぱたんと後ろに倒れ、「ははっ、」と笑う。

「すげっ、ごほっ、あんでここマットあるん?あー動けんばい、おに、さん方、悪いね、ぶっ飛ばさんとい、てね」

 そのマットは。
 番張ってた先輩のちょっとしたアレ用にたまたま敷いてあったんだよ、体育館裏、誰も通らないような場所だから。そんなつまんねぇ、場所だったんだよ。

 なんてエキセントリック。
 そして空を眺める君はたった一言、「空、狭いなぁ」そして、痛かったのか咳込んで。

 それが文杜にとって。
 なんて排他的で、そして。

「…君、大丈夫かい?」

 興味を持った。
 ダルそうに自分を見つめた空虚なまでに綺麗な、例えるならそう、ビー玉のような茶色い瞳に思わず魅入ってしまって。

 それからにっこり、痛そうだが笑ったその笑顔の仕組みがわからなかったけど。

「君よか多分、あぃじょーぶ」

 そうか。
 笑ってしまった。久しぶりに。

 そして茶髪野郎が来て、なんだかんだで無理矢理おぶってやったりしているのを見て、彼らに興味を持ってつるんでいった。

 チビは骨折していたらしい。
 チビの見舞いには茶髪野郎と一緒に通った。どうやら彼らはその喧嘩をしてみて、仲良くなれたらしい。

 気付けばずっと、あれから高校まで、ずっと。

「…みと、朝だって」

 声がした。
 あれより低い声で。

「…ん…」
「…いから、がっこ」

 薄目を開ければあの時と大差ない、少しだけ顔付きがしゅっとして、まぁ可愛い系から美人系になったような真樹が凄く近くにいて。
 というか抱きついてたようで、自分が。

 鎖骨を欠伸のような、微妙な寝起きの涙で濡らしてしまったようで。

 それに文杜は急激に目が覚めた。そして泣きそうなくらい愛しくて堪らなくなってしまい、思わず、最早本能的に、というか性的に抱き締め、真樹の鎖骨の涙を舐めとるように舌を這わせた。半勃ちで。

「う、ちょっ、ばかぁ、」

 ああ、なんて可愛いの真樹。

 「あぁぅ、やめ、」なんて言っちゃってもう大変どんどん元気にとか調子に乗って寝ぼけたふりしてまぁ、昨日の情緒不安定な俺もあるしいいよねとか文杜が思った次の瞬間。

「い゛っ、」

 文杜の脳天に稲妻のような衝撃が走った。恐る恐る真樹の顔を見れば、涙目で手首が口元に見える。

 あこれ肘打ちされたな。

「いったぁ…ぃ」
「んの、バカヤンキー、ぶっ殺すぉ!もう!あんなん朝から!」
「痛いよ真樹ちゃん」
「おいハゲぇ!てめ、助けろぁこん、使えねーなクソ台湾ん!ちょ、こいつ剥がして!持ってって!」

 真樹はそのままキッチンに向かって叫んだ。しかし、

「お前も悪い。この鈍感、死んで治してこい。お前マジメに罪すぎるぞクソチビぃ。
そこのクソ猿ヤンキー!てめぇ早く風呂入って学校準備しろバーカ!立てねぇならおぶるぞバカ猫背!」

 ナトリの罵りと料理してる音が響いた。
 どうやら日常に戻ったらしかった、漸く。

 なんだかそれも嬉しくなった文杜は、それはそれでにやけてしまい、「はい、はぁい!」と返事をして飛び上がるように起き、風呂場に消えて行った。
 一言、「おはよう」とだけ言って。

 その姿に少なからず二人とも、まぁ、一息吐けた。

「はー、なんか日常きたー」
「なにぃ?」
「なんでもねぇよクソハゲ」
「真樹ぃ、」
「はぁい!」

 起き上がった。
 貧血に真樹は硬直した。それもナトリには慣れた光景なので取り敢えずキッチンから顔を出し、「弁当はいるのか今日は」と聞いた。

「うん。きょーはお前らと飯食う」
「え?オカモト先生の見舞いは?」
「西東氏が行くっしょ。きょーはね、視聴覚室にいる」
「なんで」
「昨日西東氏に言われた。大体はライブプレイを観ろって。だから3本くらい観ようかなって」

 髪を掻き上げるようにくしゃっと押さえながらも真樹は笑った。どうやら貧血、というか低血圧で頭が痛いらしい。
 倦怠感や虚無感はないのかもしれない。それはいいことだ。むしろどうやら気持ちは、穏やかになりつつあるようで。

 すげぇなあの女医。オカモトも手名付けていたし何より真樹も然り気無くなついていたし。これはしばらく安泰か。

「真樹」
「ん?」
「俺も後で、そうだな、今度の休みでもそれ観ようかな。つーか何時間?」
「2?3?」
「バカなのお前さくっと。はぁ?それ3本見るの?一人で?視聴覚室でぇ?」
「え?うん」
「寝ちゃうだろ。1本にして素直に練習したら?」
「いやアーティスト代える。
 ほら、練習してたやつはさ、4人のなの。けどね、西東氏的には3人のやつがゴールなの」
「は?」
「ブランキーかミッシェルか、俺は今チバさんスタンスなの!」

 何言ってるかまったくわからないこと言い出した。これ薬のせい?なに?バカだから?多分後者だ。

 でも自分をチバさんとか言ってしまう真樹様に思わず「ふっ、マジか真樹がぁ?」と、ナトリが吹き出してしまったのは言うまでもない。

「あんだよっ」
「ち、チバさんって、おま、素人が言って良いと」
「わかっとるばい死ね台湾!あれになるの!ムリだけど!あーもーバカハゲタイコに話してもね、わかんないからいいです!ギターってそーゆーことなんだよ!」
「だからタイコ言うなクソチビぃ!」

 ふん、と真樹はそっぽ向いて不貞腐れてしまった。

 風呂から出た文杜はその事情に「何朝から。血気盛んじゃね?」とか言ってくるので、真樹は取り敢えず自分も風呂に入ろうとすれ違い様に文杜を見上げ、「なっ!」と突然だけ同意を求めて風呂場に消えた。

「…どしたのあれ。からかったのナトリ」
「チバさんになるんだってよ」
「へぇ」

 つまらなそうに文杜は返事して座り、「ご飯ー」とせがんだ。

 俺は母親かよ。そんな自嘲もまぁ、日常だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...