Slow Down

二色燕𠀋

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I'm ソーダ

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 文杜が黙っていれば、気まずそうに穂は俯く。だが自嘲のようで、「悪かったね」と吐き捨てた。

「何がですか」
「いつからいたの」
「さっきですよ」
「嘘吐き」

 まぁ嘘だけど。
 ここで嘘を吐かなければ腹の底は引っ張り出せない。

「まぁ、嘘です」

 こうでもしなけりゃあんたみたいなやつの、感情は引っ張り出せないんだよ。

「しょーもない嘘。何?気分ノらなくなった?抱きに来たんでしょ?」

 酷く鬱陶しそうに、どこか虚勢を張ったような無感情の声色で穂は静かに言う。
 表情は、まだ、だけど白点病はくてんびょうには気付いていない、寒そうな金魚に、文杜には見えた。

「…そんな抱かれたい?俺的にはあんたに昨日3日分くらいは持ってかれたかなって、思ってた」
「…は?」
「俺はただ、あんたと話したいなぁって、思ったんだ」
「なんで、」
「んー、わかんねぇ」

 そう言って、純粋に笑う彼を見て。
 不思議な感覚、ただ胸がじんわり痺れて。

「そうだなぁ、まぁ、あれかな。
 ベースギターってのはさ、こう、なんていうかな、ギターの腹の底漁って引きずり出してやるくらいの感覚?
 さっき聴こえたC、Gコードがさぁ、もう笑っちゃうくらい、不安定だけど心地良いなって思って。あんたにも聴こえてた?
 でも俺って凄くそんなの、出来ねぇなって、思っちゃって」
「…あぁ、あの、ピアノとギタぁ、」

 堪えていたものが漸く決壊したらしい。顔を歪めて一筋泣けば、「あれ?」と言いつつ止まらなくなったようで。シャツで拭っている穂が小さく見えた。

 ほっとかれたい。だがそうしないのがそもそもなベースの本質だっつーの。

 先輩の前にしゃがみ、邪魔そうな横髪を耳に掛けてやれば、手が払われた。
 理由はわかる。髪に付着した銀髪野郎の精子が嫌だとかそんなくだらない理由だろう。
 払った手をそのまま握れば「やめてよ、」と拒絶を口にする。

「やめられない」
「はぁ?」
「泣いてる子は助けてあげなさいって友人のおばあちゃんが言ってたから」
「誰だよそれ」
「友人のおばあちゃんだって」
「知るかよ、もう勘弁してよ!」
「どうしてそれ言わないの、あの人に」
「え?」

 暴れるように手を拒否る先輩の手は最早離すと勢い余って倒れそうだ。
 だが一言で唖然とさせた隙に離し、文杜は腰あたりを支えてやる。
 こんなとき、こうしゃがみこむと、まぁベースギターって邪魔だなぁとかぼんやりと考えながら。

「まぁ別にいいけどさ、あの人とあんたがどうとか。ただ俺には、立ってすんの嫌だとか、わりと言っていた気がするんですけど。どうしてかなぁと。
 友人でも恋人でも俺は、俺に関わった人の話を聞きたいの」
「…なにそれ」
「まぁ、そう」

 そう言って文杜は笑う。

「押し付けになっちゃうのは、俺の最大の弱点、口下手。ノせるの下手なんだ俺。話広がんなくてさぁ。だからあんた、わりと新鮮で、話したいなって久しぶりに、思えて。
 そう考えてた。そしたら真樹の…あのボロクソな、けどなんか下手じゃないギター聴こえてきて、理科とかつまんねぇし、あんたいるかなぁってここに来たんだ」
「君って…」
「いいんだ、話したくなければ。だからさ」

 その文杜の笑顔に単純な優しさだけを見た気がした。
 多分、そういう現象は久しぶりかもしれない。純粋な、子供のようでいてそれほど無垢ではない、少し変わった優しさは。

 力が抜けた。何をしているのか自分は。
 力が抜けた瞬間、酷いくらいに傷付いた、多分、打撲のような慢性的な心の痛さで。

 腰を支えてくれていた手と、彼の、近くも真剣な表情。これはお前が悪いんだよ。

 穂は思いきって文杜に抱き付いてみた。
 「うわっ、」と動揺した文杜は惜しくも敗北。気付けば見た目が押し倒したかのようで。

 組敷いた穂の、床に散らばる髪や覗く首筋、やはり綺麗だなぁと文杜は少し思う。
 顔を隠すように、打撲をしたらしい腕で目元を隠した穂の口元の黒子はでも、歪みつつ笑っていて、「話をしよう、たくさん、」と言う声は震えていた。

「多分、俺も君と一緒なんだよ。でも君が悪い。こんな、人でなし捕まえやがって」
「…傷付くなぁ。
だってそれ、俺のことでしょ?穂さん」
「ふ、」

 穂の中で感じた痺れは、恐らく。

 ああそうか、初めてだ。
 柏木穂という生き物に対し少しでも温情を掛けた人間はきっと君が初めてだと。
 それを求めて数々を渇望し、いざ目の前にしてみて出した結論は。

 腕を退かして見せてくれた穂の顔は、やっぱり泣いていたようだ。だけど、笑ってくれている。

「でも、これで最後にしよう?」
「…穂さん」
「君といるのは息が、詰まる」

 そうか。

「…わかった」

 どうしてか。
 ただただそこから長く長い。
 多分一日の授業をすべて潰した。
 弁当も一緒に食った。

 言うなれば、一日恋人だった。
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