Slow Down

二色燕𠀋

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PLAY MUSIC to ECCENTRIC

7

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 それから数日くらいは学校生活が落ち着いた。
 考えてみれば1年が入学してから少しだけ、バタバタしてしまっただけ、これは毎年のような、気がするけど。

「一之江さん、」

 保健室。

 夏前の、開け放たれた扉に件の、最近騒がしかったクソガキに似ている、そいつより一学年上の線が細い茶色い髪をしたジャージの少年が薄笑いを浮かべて立っていた。

 あぁそうだ、こいつもわりと、病んでる系。そしてなんの因果か、間接的に妙な繋がりがそれ・・と出来てしまったような少年であった。

 一之江はデスクから少年と目を合わせる。目が合えば少年は無言、しかし薄笑いは消えず、デスクの側までやって来ては、棚に掛けてある『来室記録』には目もくれず慣れたように包帯を探した。

 擦れ切っている奴。

「どうした柏木」
「怪我です」
「そうか、またか」
「あの時は、捻ったって知ってるでしょセンセ」
「あぁ、まぁな」

 包帯をさして感情も無さそうにするすると剥いていく少年の姿に一之江は寒気がする気がした。

 俺は、人の気持ちが本当にわからない。

 無感情に手を差し伸べてきた一之江のその手は、少しだけ震えている。しかしいつでもこの保険医は、どこか冷めた目であろうとするのを少年は知っている。

 待ち望んだのかいないのか、にやりと笑って手首を預ける少年のあざとさに一之江は感情を殺す。

 手首の、いくつかの薄傷に目を落としながら、少し震える薄れた吐きダコの残る右手を粗野に差し出す保険医に、穂はいくつかの哀愁と、それに勝る情を感じるのだ。

 そして年齢的に彼は心に襲われる。

 17歳の反抗、自虐と共に伴う加虐。そこに産まれる不思議なる。

「ねぇセンセ」
「なんだ」

 情欲。

 無機質な低音。
 俺は貴方を、少し。

「どうして、人はこんな風に、生きていかなきゃいけないの?
 俺には見えない。誰かを、音楽室で思うことも、放送室で話すことも。
学校、辞める。あんたにそれだけ言いに来たの、最後に」
「お前、」

 漸く一之江が顔を上げた。
 少しだけ表情が変わった。
 何かを言いたそうで。
 だが自分が何を待つのか。

「バカなガキ。いい気になりやがって」

 ああ、やはり。

 無表情だが乱暴に一之江が後ろ手に手を付き、圧迫するような怒気と哀愁が近い。

 俺は、それを待ちたかった。
 それから嫌味にあんたが笑うのも。

「一之江さん」

 ふと柏木がそう呼んだ瞬間、一之江は、ドアを見やった。
 確かに、開けっぱだ。

 余所見をしているうちに柏木は、0.01ミリの包装を一之江の左ポケットに、わかりやすく滑り込ませた。
 それに彼は、とても深い眼差しで目を細め、睨むような視点を再び柏木に向ける。

「無用心だな。
 まぁ別にいいがな。
 お前の無用心さのせいでひょんなことから、いま治療中の患者にバレた。お前に似たヤツでな。
 ひょんなことにそいつの親友のヤンキーにも感づかれた。ベースギターを持った目付きの悪ぃ猫背な1年でな。可愛くねぇガキ共だが…。
 俺はこの後、悪いが予定がある。お前、今日が最後か?」

 色々、繋がらないような繋がるような。

 単純に、柏木の中で衝撃が走ったのは事実で、その話に息を詰まらせてしまい、「いや、…まぁ、」と、反応に遅れたが最後、迫るように額に右手をあてられ、前髪をくしゃっと一之江に掴まれてそのまま凭れ掛かられてしまう。

 近い位置の彼の睨みには、どうしたって毎度恐怖と。
 静かなる殺気に似た、研ぎ澄まされた凶器のような哀愁を見る。

「なぁ、」
「…なんですか先生」
「お前はどうして、ここへ来る。
ここへ来て自傷を繰り返す」
「…は?」
「…俺は人の気持ちなんてわからない。お前がなぜ俺を求める自傷をするのか、しかしそれで満たされるもんだと、思っていた。
 結局は違うんだろ。それは空虚の、穴埋めなのか、なんなのか、俺にはどうしたってわからない。最後に俺である理由すら、」
「…俺もわからないからです、一之江さん」
「は?」

 柏木は一之江の右手をやんわりと額から剥がし、その手を眺め、一之江の吐きダコの跡をなぞった。

 慈しむようにゆったりとなぞる、置かれた手首に見える傷。わからない。俺には痛みが、わからない。

「お前は俺からなんの言葉が欲しい」
「精神科医ではないセリフ。叱咤して、汚すような、クソみたいなセリフが欲しい」
「どうして俺なんだ。どうして、稲瀬じゃない」
「彼には心がないからです。そんなに、傷が深くないから」
「…そうか」

 それから目を合わせ、飛び付くように背の高い保険医の肩に少年が両腕を回せば、耳元で言われる「重症だな」の一言。

「いいのかお前」
「何がですか」
「またそうして、瘡蓋かさぶた剥がして。
 だが確かに、この学校にいたら、お前の傷は治らないな。お前を知っているやつは俺以外にも…いるからな」
「…柄になく、心配なんて、してくれんですか」

 息を吹き掛けるように耳元で柏木が言えば、一之江は顔を覗き込むように離し、柏木を見つめる。

 案外、一之江は純粋な目付きだった。以前にない。あぁ、そうか。やっぱり俺は、ここを、去るべきなんだ。

「当たり前じゃないか。仮に俺は“先生”だ。teacherでdoctor。だがどうやら、命が救えないセンセなようだ」
「なんで…」

 それから一之江が悲しそうに笑うのも。
 柏木には初めて見る現象だった。

 その一瞬で一之江は、またドアを見て、歩き出す。
 鍵を掛けた音を聞いた。

 ベットに座って柏木が待っていれば、ふらっと現れてこちらを見る一之江は「どうしたお前」と、感情もなく柏木に言う。

 それから隣に座った一之江に涙を拭われ、頭を抱えるように抱き締められた時間が甘いような気がした。

 単純に最後まで多分言えないだろうが。

「はぁぁ…一之江さん、」
「うん、なに」
「たくさんの話を、したんです。あんた、とは、しない、優しい話でした」
「そうか」
「一之江さん、」
「うるせぇなぁ、なんだよ」

 笑っている。
 そんなのだって初めてだった。

「…もぅいいや。はい」

 こっちも微笑んでみれば、まじまじと柏木に見つめられ、それから。

「うん、はい」

 その一言が、まともな会話の、最後。白衣に呑まれ、午前の3時間目中盤あたり。日の光は漸く頂点を目指し始めていた。
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