Slow Down

二色燕𠀋

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負け犬じゃねぇか【短編】

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「なんやこれ」 

 だったわけです。

 いや、家からしてちょっとあれでしたよ。リムジン止まってる。
 なだやか、というよりかはきらびやかな、なんか2階にしか人住めないの?みたいなしかもオシャレで絶対アートなんだろうペンキ散りばめてある壁とか、俺から見たら、てか日本人から見たら頭おかしいとしか言いようがないんですが、なんせその日は酒、入ってましたんで。なんかテンション上がっちゃったんですよ外装で。だって頭おかしいでしょ。

 まぁこれを色々考えて『ホームステイ先』とかにこいつがしていたとして。んなことはいいんです、いいんです。

 凄く自然な動作でまず、何故か裏口からこっそり入ってリビングキッチンだろうようわからんワイン棚から一本一升瓶、つまりは日本語で表記された透明な液体の酒をかっぱらうかのように持ってきまして、「部屋2階なんだ」と言われた異様さ。俺はこのときついに殺されるかそれで、とか思っちゃいましたよ。

 もぅ怖ぇ怖ぇ。
 なんや、俺は確かにろくでもねぇが、さっき久々に会った、大して知らねぇ元高校のクラスメート、現同じ大学の違う科で一瞬たりとも顔合わせてないこいつに殺されるほど落ちぶれとらんけん、考えてみりゃ、ここサンフランシスコ。日本じゃねぇ。アクティブや。

「え?君ちょっ、」
「ん?
 いやウォッカ飽きた。てかここの人日本の酒好きでな。まぁいいだろ、一本くらいかっぱらっても。金あるし」
「待ってぇ、君何者」
「えぇ?君のクラスメートだったやつじゃん。クソ医者のドラ息子」
「いやいや俺そげん悪口言うてしもうたかなぁ?言うとらんやろ、ねぇ。確かに君んことわりと好かん分類の人間やとは言うたかもしれんけど、」
「あ、やっぱりそうか。んな気がしたよ。俺いま心理学やってんだけどさあ、君始終こうなんだろ、挑戦的だし、のわりになんか歩みよりもある。だからいっぺん」
「なになになにやめてよごめんて!」 
「いやいや。
 いっぺん話してみよっかなーとかほーらね、酒回ってんじゃん?つうかお前が悪いよね。ついてきてるし飲みすぎてるしってこれ普通女に言うセリフだよ」
「え、待ってうぜぇなにそれぇ!
 あ、落とすなよお前っ、これガチ。マジ。超絶」
「あ、ムカつくそれ。はいもうダメ付き合え上。あ、フリ?なら仕方ない…」

 とか言って一升瓶を持ち上げようとして「あ、あぶなっ、」と足元覚束なくなっているので。

「わかった、やめて危ない怖い人でなしこのキチガイ!」
「はっはー」

 漸く一度一升瓶は足元に置き、手すりに凭れて空を見上げていました。

 なんなんですかその微妙なカッコつけ具合。ロマンチストにしては少し頭こっ足んねぇというか、気持ち悪い。

「ここが海外で、日本人同士でよかったな。いまのきっと放送禁止用語だぞ」
「あそう」
「英語で言ったら殺されるかもな」
「いや流石にそこまで…」

 ありえるけど。

 てか君、やっぱそういう人でしたか。なんか、体裁大切的な。いや、一般常識なんでしょうが。俺はわりとそういう身の守り方、出来ませんね、君と違って、そう。

「至極全うですなぁ、」
「…さーぁ、どうかな。至極全うの意味がわからん。だって俺多分お前のこと、ジャンキーにしてんじゃん」

 あぁぁ。
 自分で言うかそれ。

「へぇ、自覚あるの」
「ねぇよ?俺はやってねぇからな。でもそゆこっちゃ。だろ?俺がお前だったら俺なんてぶっ飛ばしたいね」
「えらく自虐的だねなんなの?ウザすぎてちょっと何言ってるかわかんない、バカにしてんの?」
「あぁ、してるかもな」
「あっそ、」

 やっぱ、

 しかし一之江は一升瓶をゆっくりした動作で持ち、覚束なく階段を登り始めるから。

 危なっかしくて見ている方が冷や冷やする。
 仕方ない。まぁ置いていけばいいのでしょうが、あの男なんかまぁ、キチガイだし。サンフランシスコだし。俺まだ20歳だし度胸もないわけでして。なんとなくを理由にそのまま彼の自室だという部屋に着いて行ってしまったわけでして。

 部屋に入ってみて後悔を知りました。

 一見、確かに、普通の部屋なんです。びっしりと、多分医学書とかが並んでいるような。

 もう一つあるのが、小さな薬の瓶が並んだ棚で。

 その瓶には丁寧に日本語で「トリアゾラム系」だとか「ベンゾジアゼピン系」だとか書いてあるわけで。

 しかも大体はそれほど多いわけではなく。小さい瓶に3分の1くらいの錠剤なんです。

 なんだこれはと唖然としているなか、ごく自然体に彼は、目の前の、20畳ほどの部屋の真ん中にあるテーブルに俺を促し、唖然としている俺に微笑みながら、その棚から日本産か海外産かはわからないプラスチックの使い捨てカップを出して俺の向かいに座って。

 さっきパクって来た日本酒に手を伸ばしたところで、俺の視線の先に気付いたらしく、「あぁ、」と気が付いたように言うのでした。

「ほら俺医者の息子だから」
「…違法じゃないのこれ」
「いやサンプルでパクってきてるんだよ」
「違法じゃないのそれ」
「大丈夫だよ処方されたのもあるから」
「はぁ?」
「ほら、時差ぼけとかで寝れなくなったりしたから」
「あ、あぁ…」

 俺は始終寝れなかったからあまり気にしなかった、むしろ気持ち悪くなったのは覚えてるが。

「でも時差ぼけとか最初だけだし、余った薬保存しといた」
「なんで」
「まぁ、医者の息子だから?」
「ねぇ君もさぁ。こう言っちゃなんだがわりと」
「そうだよ。患ってるねぇ」
「マジか」

 それじゃぁ…。

「どうしてあのとき言わなかったの」
「言って何かある?言って君を救えたか?多分良い方へは行かないだろ」
「…君、案外頭悪いんだね…。
 俺は別に」

 君に救ってもらおうだなんて。
 だって君のことわりと嫌いなんだ。
 だから君がこんなバカでしょうもないと知ったところで。
 君は本当に頭が悪い。

「…どうにも、君とは相容れない。俺は君が、嫌いだ」
「…そう、かもしれないな」
「どうして君が俺に、そう、あのときだってそう。俺に、そうやって接するのかわからない。俺は、君の気持ちなんて…」
「俺には、君がどうしてそうも、例えば海外に行っちゃうような奴なのにそういう…妙な意地を、張るのか、気持ちなんてわからないけど。
 俺は俺の気持ちが多分一番わかっていないから、そんな君に、まぁ、その、なんだろうな」

 素直だ。
 そう、思ったのですが。

「俺にはただ、君は凄く、空虚に見えた。俺、空虚というのが、世の中で一番怖くてな。だから君の発狂は、何かの、穴埋めにしか思えなくて。
 それって実は物凄く、弱いが、勇気だとかそんな言葉じゃないよな」
「どうかな。対峙している物による」

 弱さや勇気はそれからつく言葉で。
 空虚には空虚なりの浮遊があって。

 彼がとにかくまぁ、何かと対峙し空虚に弱さや勇気に似た浮遊物を見たのは確かなのでしょう。
 もしくは現在見ているとしてその頃俺は、共感は出来ずしていてただ、少しの共鳴はその“空虚”に見た気がしたのです。

「まぁ、飲もう。ゲロ吐いて死んじゃうくらい」

 それから俺たちは寝てしまうまで飲もうと、決めたのですが。

 寝たのは俺だけでした。

 後からわかれば君は薬の副作用で不眠症、薬をその日は飲めず、だから起きていたらしいですね。
 俺が帰った後に吐血して緊急搬送されたの、俺はサンフランシスコを去るときにちらっと誰かから聞いたんです。
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