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降りそそぐ灰色に
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腹も減っていたのかもしれない。あたしが4本目のタバコに火を点けようとした頃には食べ終わらせていた。
別に吸いたかった一本でもないし、タバコをしまって野菜ジュースとゴミを交換し、ゴミは空いた袋に捨てた。
野菜ジュースを受け取った学は不思議そうにそのパッケージを眺めた。
野菜、嫌いなのかもしれない。
「好き嫌いすんな。多分意外と旨い」
ふるふると頭を振った学は素直にストローを刺して吸い始めた。
「いや、歩くの危ないから」
…自分でも何を言ってるんだか。口を離した学はあたしを見上げ、頷く。
大人しく持って歩くことにしたらしい。
「…やっぱ、意外と旨いんだ」
知らなかった。そんな、健康に気を遣ったことなんてなかったから。
防音の部屋からどこかの演奏が聞こえる。
そうだ、音、結構大きいし、大丈夫なのかと学を見れば、余所見をするようにその部屋を眺め、またあたしを見上げた。
まぁ、防音だから…けど、ウチらの部屋に入ったら、大丈夫なんだろうかと少し過った。
全員揃っていた。まぁ確かにギリギリだし。
あたしと学を見て、「なんじゃそりゃ!」とトシロウが言う。
うんまぁ…わかってたけど。
「…友人の子供」
「は?隠し子じゃねーの?」
「違ぇよ。訳ありだけど」
「つか、は!?子連れ?」
冷めたようにみよ子が「大丈夫なの?」と言ってきた。
「…どーしたんだ、茜」
「来る前に線香やりに行ったんだよ。でもおばさんが…ちょっとヤバくて」
「は?何?それで連れて来たっつーの?」
「喋らねぇ子供だから気に」
「いや無理っしょふつー。あんたおかしいの?」
まぁ、わかってた反応だけど。
「音とかマジでデカイじゃん」
「……わかってるよっ、」
これとかよ?と言いトシロウが突如シンジからバチを奪い、がしゃんと叩く。
ビクッとして、頭を抱え縮こまった学を見て「ほらダメじゃねぇか」とガシャガシャやるトシロウに「やめろっつーの!」と怒鳴ってしまった。
ころんと、野菜ジュースが落ちる。
「しかし…」
シンジはバチを取り返すがそりゃぁ、困っている。
さらに面白がったトシロウは学の前にしゃがみ「ん?ビックリしたよな?チビっちまうか?っはははは!」とバカにした。
「やめろっつーの、」
「おい、震えてるぞ、泣けよ、なぁ?」
「トシロウ止めとけよ、」
「でも現実的に無理じゃない?何してんの茜」
ほれほれとまだバカにするトシロウはさらに調子に乗り「ほら泣け泣け?あ?なんか言えよ」と学に迫る。
「…やめろっつってんだよ、」
「あ?」
「…出ねぇんだよ、声」
「……はぁ?」
一度息を吐く。
冷静になれと頭で唱え「見てんだよ、そいつ」と絞り出す。
「……交通事故で親死ぬの見てんだよ、」
シンとした。
僅かに、音にまでならない別のスタジオの音が聞こえてくる。
「…へぇ、あっそ」
しゃがんで野菜ジュースを拾う。
宥め方もわからなかったが、少しすれば落ち着いてくる。
学が少し顔を上げたのに「悪かったな、」と、…あたしは一体誰に言ったのか。
「…てことは、だ。
一応、いま、まぁ音小せぇけど入っては来れたよな?」
「…は?」
シンジは一人「ふん…」と、何か考え始めたようだった。
「まぁ、所謂PTSDみたいなやつだったとしようや。部屋入るまでも音聞こえてんだろ?でも大丈夫だったわけよな」
「…まぁ、」
「これが悪いんじゃねぇのか?」
シンジはシンバルを指差した。
「……ん?」
「なんか、わかんねぇけど似てそうじゃねぇ?音。
どういう事故かは知らんけど。結構そいつが近くで聞いたっつーなら、なんか、防音で聞くよりこれ、なぁ?」
「…あ、」
なるほど。
「だからなんだっつーの?」と突っ掛かるトシロウを無視し、シンジはみよ子に「試しにお前、鳴らしてみろ」と提案した。
なるほど、だが…。
はぁ?と言いながらみよ子はちゃらんと一度ベースを鳴らす。
学を見れば確かに、あの、反射的な恐怖、という感じではなく、むしろみよ子をちゃんと見上げる事が出来ていた。
でも……。
「じゃあどーしろっつーの?あんた、リズム隊じゃん。あたしだけとか」
「楽器変えればいーんじゃねぇの?違ぇか?」
「は?」
「ここ、プレイテックのカホン貸し出してたよな」
「ちょっと待ってよ。
そもそもなんで茜に合わせんの。意味わかんないんだけど」
あたしもそう思う。
「………あんたが茜を好きとかどーでもいいんだけど、困るし」
「…は?」
みよ子の発言に、シンジが露骨にイラッとしたのがわかった。
「じゃあ俺からするとてめぇらが付き合ってんのもどーでもいいんだけど。そもそも根本的にチームプレーがバンドじゃねぇの?」
「だったらそのガキ別にチームじゃないよね」
みよ子が学を指差してそう勢いで言ったのに、シンジが呆れたように溜め息を吐き、
「論点ズレてっけど。おいトシロウてめぇの女に翻訳しろ。出来ればいいんじゃねぇのって」
と言い捨てた。
「確かにそうだけど…」
「なんだよ自分の女にゃ文句も言えねえのかてめぇは」
「は?なんなの調子に」
「いや、ごめんあたしが悪いわ」
なんか…。
みよ子が睨み付けてくる。「そうだよ」と言いたいのだろう。
「みよ子の言う通りだと思う。完全な正論だよシンジ」
「だよねぇ、茜、じゃあさ」
「あー大丈夫。ごめん帰っから。悪かったね続けて」
別に吸いたかった一本でもないし、タバコをしまって野菜ジュースとゴミを交換し、ゴミは空いた袋に捨てた。
野菜ジュースを受け取った学は不思議そうにそのパッケージを眺めた。
野菜、嫌いなのかもしれない。
「好き嫌いすんな。多分意外と旨い」
ふるふると頭を振った学は素直にストローを刺して吸い始めた。
「いや、歩くの危ないから」
…自分でも何を言ってるんだか。口を離した学はあたしを見上げ、頷く。
大人しく持って歩くことにしたらしい。
「…やっぱ、意外と旨いんだ」
知らなかった。そんな、健康に気を遣ったことなんてなかったから。
防音の部屋からどこかの演奏が聞こえる。
そうだ、音、結構大きいし、大丈夫なのかと学を見れば、余所見をするようにその部屋を眺め、またあたしを見上げた。
まぁ、防音だから…けど、ウチらの部屋に入ったら、大丈夫なんだろうかと少し過った。
全員揃っていた。まぁ確かにギリギリだし。
あたしと学を見て、「なんじゃそりゃ!」とトシロウが言う。
うんまぁ…わかってたけど。
「…友人の子供」
「は?隠し子じゃねーの?」
「違ぇよ。訳ありだけど」
「つか、は!?子連れ?」
冷めたようにみよ子が「大丈夫なの?」と言ってきた。
「…どーしたんだ、茜」
「来る前に線香やりに行ったんだよ。でもおばさんが…ちょっとヤバくて」
「は?何?それで連れて来たっつーの?」
「喋らねぇ子供だから気に」
「いや無理っしょふつー。あんたおかしいの?」
まぁ、わかってた反応だけど。
「音とかマジでデカイじゃん」
「……わかってるよっ、」
これとかよ?と言いトシロウが突如シンジからバチを奪い、がしゃんと叩く。
ビクッとして、頭を抱え縮こまった学を見て「ほらダメじゃねぇか」とガシャガシャやるトシロウに「やめろっつーの!」と怒鳴ってしまった。
ころんと、野菜ジュースが落ちる。
「しかし…」
シンジはバチを取り返すがそりゃぁ、困っている。
さらに面白がったトシロウは学の前にしゃがみ「ん?ビックリしたよな?チビっちまうか?っはははは!」とバカにした。
「やめろっつーの、」
「おい、震えてるぞ、泣けよ、なぁ?」
「トシロウ止めとけよ、」
「でも現実的に無理じゃない?何してんの茜」
ほれほれとまだバカにするトシロウはさらに調子に乗り「ほら泣け泣け?あ?なんか言えよ」と学に迫る。
「…やめろっつってんだよ、」
「あ?」
「…出ねぇんだよ、声」
「……はぁ?」
一度息を吐く。
冷静になれと頭で唱え「見てんだよ、そいつ」と絞り出す。
「……交通事故で親死ぬの見てんだよ、」
シンとした。
僅かに、音にまでならない別のスタジオの音が聞こえてくる。
「…へぇ、あっそ」
しゃがんで野菜ジュースを拾う。
宥め方もわからなかったが、少しすれば落ち着いてくる。
学が少し顔を上げたのに「悪かったな、」と、…あたしは一体誰に言ったのか。
「…てことは、だ。
一応、いま、まぁ音小せぇけど入っては来れたよな?」
「…は?」
シンジは一人「ふん…」と、何か考え始めたようだった。
「まぁ、所謂PTSDみたいなやつだったとしようや。部屋入るまでも音聞こえてんだろ?でも大丈夫だったわけよな」
「…まぁ、」
「これが悪いんじゃねぇのか?」
シンジはシンバルを指差した。
「……ん?」
「なんか、わかんねぇけど似てそうじゃねぇ?音。
どういう事故かは知らんけど。結構そいつが近くで聞いたっつーなら、なんか、防音で聞くよりこれ、なぁ?」
「…あ、」
なるほど。
「だからなんだっつーの?」と突っ掛かるトシロウを無視し、シンジはみよ子に「試しにお前、鳴らしてみろ」と提案した。
なるほど、だが…。
はぁ?と言いながらみよ子はちゃらんと一度ベースを鳴らす。
学を見れば確かに、あの、反射的な恐怖、という感じではなく、むしろみよ子をちゃんと見上げる事が出来ていた。
でも……。
「じゃあどーしろっつーの?あんた、リズム隊じゃん。あたしだけとか」
「楽器変えればいーんじゃねぇの?違ぇか?」
「は?」
「ここ、プレイテックのカホン貸し出してたよな」
「ちょっと待ってよ。
そもそもなんで茜に合わせんの。意味わかんないんだけど」
あたしもそう思う。
「………あんたが茜を好きとかどーでもいいんだけど、困るし」
「…は?」
みよ子の発言に、シンジが露骨にイラッとしたのがわかった。
「じゃあ俺からするとてめぇらが付き合ってんのもどーでもいいんだけど。そもそも根本的にチームプレーがバンドじゃねぇの?」
「だったらそのガキ別にチームじゃないよね」
みよ子が学を指差してそう勢いで言ったのに、シンジが呆れたように溜め息を吐き、
「論点ズレてっけど。おいトシロウてめぇの女に翻訳しろ。出来ればいいんじゃねぇのって」
と言い捨てた。
「確かにそうだけど…」
「なんだよ自分の女にゃ文句も言えねえのかてめぇは」
「は?なんなの調子に」
「いや、ごめんあたしが悪いわ」
なんか…。
みよ子が睨み付けてくる。「そうだよ」と言いたいのだろう。
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