降りそそぐ灰色に

二色燕𠀋

文字の大きさ
11 / 19
降りそそぐ灰色に

9

しおりを挟む
 学はシンジに抱っこされながら、大人しいままだった。

 学は今、本当はどんな気持ちなんだろう。
 あたしならきっと、美智佳が目の前でバラバラになったら、自分も死ぬことを選んだと思う。

「寝そうだな」

 シンジが学を見てそう言ったが、歩道を渡ってすぐ、スタジオに着いてしまった。
 学は本当に寝そうだったらしい。スタジオから鳴るベース音にピクッとしたのが見える。
 ぼんやりと微睡み状態になっていた。

 一番奥のスタジオから、防音でも人目を引くような上手い演奏が聴こえてくる。

 少しの靄がはっと飛んで行った。
 恐らくこれが、大先輩の「グラシア」だと、鳥肌のような本能が告げる。

 …ここはインディーズじゃないのか?それともプロに行ったのだろうか。
 でも、プロなんかよりはるかに…音が、バランスが、もう、兎に角凄い。

 多分、ここは仲の良いバンドというか…お互いをよく熟知するバンドだ。そう見せつけられる、音で。
 ウチらのようなくそったれバンド、なんで対バンで呼んでくれたんだろう。

 腹に来るベースもそう、安定しつつも遊び心を感じるメインギターもそう、それを邪魔しないまま、しっかり爪でしがみつくようなトゲのあるサイドギターもそう。
 ここ、まだライブ会場じゃないのに。

 あ、シンバル……。

 過保護に心配をしたが、学はさっきよりもはっきりした表情で、スタジオの光を眩しそうに見ていた。

「すげぇな…」

 シンジは間を置いてから、恐る恐るドアをノックした。
 これは畏怖だ。

 こんなに夢中な音なんて、この弱いノックに気付いてくれるのだろうかと思ったが、ピタッと全てが止んだ。
 見覚えがある中年くらいのひょろい男が「おー!来たね!」と、ムスタングを掛けたまま扉を開けてくれた。

 そうだ、この人だ、曽根原さん。昔、ちょっと有名だった人じゃん。

 にっこにこして扉を開けた曽根原さんはまず黙り、じーっとウチらを見て「マジで!?」と言った。

「あ、どうもっす。
 えっと…訳ありで、あの、多分思ってんのと違うっす」

 しどろもどろに言うシンジと、次々ひょいひょいひょいと眺めてくるメンバーたち。

 ベース、確かに見てわかった。マジでSM嬢っぽい格好している。
 あと高…なんちゃら、りゅーじだ。リードを使っていたと記憶していたが、今日は、かのバンド歌姫が使っていたような水色っぽいストラトを掛けていた。

 こっちの二人はシンジが言った通り、同い年くらいかもしれない。

 取り敢えず「ども…」と頭は下げておいた。

「えっと…その、カホンの件で…追加代は俺が出」
「違うってどゆこと!?それ、子供報告じゃなくて!?」
「あ、違います。えっと…こいつ、ウチのギターなんすけど…複雑で預かってるんす」
「へー、男の子?」

 SM嬢が寄ってきて学を眺めた。

 ちょっと勘弁して欲しいなと思う矢先「あー、カホン借りといたよー」と、この人も見たことある、ノリトさんがのんびりと言った。

「まぁまぁ入らせましょーよ曽根原さん」

 流されてゆく。

 …どうやら子供もOKらしい。
 まるで取り仕切ったようなその、たか…リュージがふとあたしを見て「サンシャインの」と言ってきた。

「あぁ、ハイ」
「あんま覚えてないけど楽譜よかったよーな気がする。俺サポやったんだよねって、昔のバンドとか嫌か」
「いえ、別に、なんとも」
「まーそーだよな、俺もだ。よろしく。えっと…」
鯉口こいぐちあかねです」

 思わずフルネームで名乗ってしまった。場違いだな。
 しかし、たかリュージは気にせず「タカミネリュージ」と無愛想に名乗った。

 …確かに、指輪はしていた。
 が、明らかに女が付けそうな…ティファニーかなんかで、こいつのセンス、女っぽいなと少し思った。

 なるほどなんか…皆緩そうというか、イメージぴったりというか。

 バンドは大体「声」での印象が強くなる。
 うん、そう、ここ、鋭い音なのになんか、全体的に「フェミニン」というか「無性別」だなという印象を受ける。
 そう考えるとあの演奏、ギャップがあっていいかもな…奥が深くて刺激的かも。

 多分皆それぞれが変に気を使っていないのだろう。キャラとか、なんかそんなくだらないことに。
 ウチとは大違いだ。ウチなんて多分、「トシロウのキャラ」になっちゃっているだろうし。

「いやまぁ、わけあって今日…ちょっとこんな感じなんですが、子供がちょっとシンバルダメかも知んなくて」
「へぇ」
「…てゆうかまぁ、ちょっと思うとこあって来ちゃったんすよね」

 シンジが随分アットホームにそう漏らした。

 え、マジかと思っているうちに「へぇ」「なるほど」「うーん」と、グラシア達が考え始めてしまったので、「いや、まぁ…」と割って入る。

「あたしが勝手に連れて来ちゃったってゆうか…その子、ちょっと友達の子で」
「……聞いていーかわかんないんだけど…まぁシンジの子じゃないってんなら…DV?」

 SM嬢がそう聞いてきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...