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降りそそぐ灰色に
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学はシンジに抱っこされながら、大人しいままだった。
学は今、本当はどんな気持ちなんだろう。
あたしならきっと、美智佳が目の前でバラバラになったら、自分も死ぬことを選んだと思う。
「寝そうだな」
シンジが学を見てそう言ったが、歩道を渡ってすぐ、スタジオに着いてしまった。
学は本当に寝そうだったらしい。スタジオから鳴るベース音にピクッとしたのが見える。
ぼんやりと微睡み状態になっていた。
一番奥のスタジオから、防音でも人目を引くような上手い演奏が聴こえてくる。
少しの靄がはっと飛んで行った。
恐らくこれが、大先輩の「グラシア」だと、鳥肌のような本能が告げる。
…ここはインディーズじゃないのか?それともプロに行ったのだろうか。
でも、プロなんかよりはるかに…音が、バランスが、もう、兎に角凄い。
多分、ここは仲の良いバンドというか…お互いをよく熟知するバンドだ。そう見せつけられる、音で。
ウチらのようなくそったれバンド、なんで対バンで呼んでくれたんだろう。
腹に来るベースもそう、安定しつつも遊び心を感じるメインギターもそう、それを邪魔しないまま、しっかり爪でしがみつくようなトゲのあるサイドギターもそう。
ここ、まだライブ会場じゃないのに。
あ、シンバル……。
過保護に心配をしたが、学はさっきよりもはっきりした表情で、スタジオの光を眩しそうに見ていた。
「すげぇな…」
シンジは間を置いてから、恐る恐るドアをノックした。
これは畏怖だ。
こんなに夢中な音なんて、この弱いノックに気付いてくれるのだろうかと思ったが、ピタッと全てが止んだ。
見覚えがある中年くらいのひょろい男が「おー!来たね!」と、ムスタングを掛けたまま扉を開けてくれた。
そうだ、この人だ、曽根原さん。昔、ちょっと有名だった人じゃん。
にっこにこして扉を開けた曽根原さんはまず黙り、じーっとウチらを見て「マジで!?」と言った。
「あ、どうもっす。
えっと…訳ありで、あの、多分思ってんのと違うっす」
しどろもどろに言うシンジと、次々ひょいひょいひょいと眺めてくるメンバーたち。
ベース、確かに見てわかった。マジでSM嬢っぽい格好している。
あと高…なんちゃら、りゅーじだ。リードを使っていたと記憶していたが、今日は、かのバンド歌姫が使っていたような水色っぽいストラトを掛けていた。
こっちの二人はシンジが言った通り、同い年くらいかもしれない。
取り敢えず「ども…」と頭は下げておいた。
「えっと…その、カホンの件で…追加代は俺が出」
「違うってどゆこと!?それ、子供報告じゃなくて!?」
「あ、違います。えっと…こいつ、ウチのギターなんすけど…複雑で預かってるんす」
「へー、男の子?」
SM嬢が寄ってきて学を眺めた。
ちょっと勘弁して欲しいなと思う矢先「あー、カホン借りといたよー」と、この人も見たことある、ノリトさんがのんびりと言った。
「まぁまぁ入らせましょーよ曽根原さん」
流されてゆく。
…どうやら子供もOKらしい。
まるで取り仕切ったようなその、たか…リュージがふとあたしを見て「サンシャインの」と言ってきた。
「あぁ、ハイ」
「あんま覚えてないけど楽譜よかったよーな気がする。俺サポやったんだよねって、昔のバンドとか嫌か」
「いえ、別に、なんとも」
「まーそーだよな、俺もだ。よろしく。えっと…」
「鯉口茜です」
思わずフルネームで名乗ってしまった。場違いだな。
しかし、たかリュージは気にせず「タカミネリュージ」と無愛想に名乗った。
…確かに、指輪はしていた。
が、明らかに女が付けそうな…ティファニーかなんかで、こいつのセンス、女っぽいなと少し思った。
なるほどなんか…皆緩そうというか、イメージぴったりというか。
バンドは大体「声」での印象が強くなる。
うん、そう、ここ、鋭い音なのになんか、全体的に「フェミニン」というか「無性別」だなという印象を受ける。
そう考えるとあの演奏、ギャップがあっていいかもな…奥が深くて刺激的かも。
多分皆それぞれが変に気を使っていないのだろう。キャラとか、なんかそんなくだらないことに。
ウチとは大違いだ。ウチなんて多分、「トシロウのキャラ」になっちゃっているだろうし。
「いやまぁ、わけあって今日…ちょっとこんな感じなんですが、子供がちょっとシンバルダメかも知んなくて」
「へぇ」
「…てゆうかまぁ、ちょっと思うとこあって来ちゃったんすよね」
シンジが随分アットホームにそう漏らした。
え、マジかと思っているうちに「へぇ」「なるほど」「うーん」と、グラシア達が考え始めてしまったので、「いや、まぁ…」と割って入る。
「あたしが勝手に連れて来ちゃったってゆうか…その子、ちょっと友達の子で」
「……聞いていーかわかんないんだけど…まぁシンジの子じゃないってんなら…DV?」
SM嬢がそう聞いてきた。
学は今、本当はどんな気持ちなんだろう。
あたしならきっと、美智佳が目の前でバラバラになったら、自分も死ぬことを選んだと思う。
「寝そうだな」
シンジが学を見てそう言ったが、歩道を渡ってすぐ、スタジオに着いてしまった。
学は本当に寝そうだったらしい。スタジオから鳴るベース音にピクッとしたのが見える。
ぼんやりと微睡み状態になっていた。
一番奥のスタジオから、防音でも人目を引くような上手い演奏が聴こえてくる。
少しの靄がはっと飛んで行った。
恐らくこれが、大先輩の「グラシア」だと、鳥肌のような本能が告げる。
…ここはインディーズじゃないのか?それともプロに行ったのだろうか。
でも、プロなんかよりはるかに…音が、バランスが、もう、兎に角凄い。
多分、ここは仲の良いバンドというか…お互いをよく熟知するバンドだ。そう見せつけられる、音で。
ウチらのようなくそったれバンド、なんで対バンで呼んでくれたんだろう。
腹に来るベースもそう、安定しつつも遊び心を感じるメインギターもそう、それを邪魔しないまま、しっかり爪でしがみつくようなトゲのあるサイドギターもそう。
ここ、まだライブ会場じゃないのに。
あ、シンバル……。
過保護に心配をしたが、学はさっきよりもはっきりした表情で、スタジオの光を眩しそうに見ていた。
「すげぇな…」
シンジは間を置いてから、恐る恐るドアをノックした。
これは畏怖だ。
こんなに夢中な音なんて、この弱いノックに気付いてくれるのだろうかと思ったが、ピタッと全てが止んだ。
見覚えがある中年くらいのひょろい男が「おー!来たね!」と、ムスタングを掛けたまま扉を開けてくれた。
そうだ、この人だ、曽根原さん。昔、ちょっと有名だった人じゃん。
にっこにこして扉を開けた曽根原さんはまず黙り、じーっとウチらを見て「マジで!?」と言った。
「あ、どうもっす。
えっと…訳ありで、あの、多分思ってんのと違うっす」
しどろもどろに言うシンジと、次々ひょいひょいひょいと眺めてくるメンバーたち。
ベース、確かに見てわかった。マジでSM嬢っぽい格好している。
あと高…なんちゃら、りゅーじだ。リードを使っていたと記憶していたが、今日は、かのバンド歌姫が使っていたような水色っぽいストラトを掛けていた。
こっちの二人はシンジが言った通り、同い年くらいかもしれない。
取り敢えず「ども…」と頭は下げておいた。
「えっと…その、カホンの件で…追加代は俺が出」
「違うってどゆこと!?それ、子供報告じゃなくて!?」
「あ、違います。えっと…こいつ、ウチのギターなんすけど…複雑で預かってるんす」
「へー、男の子?」
SM嬢が寄ってきて学を眺めた。
ちょっと勘弁して欲しいなと思う矢先「あー、カホン借りといたよー」と、この人も見たことある、ノリトさんがのんびりと言った。
「まぁまぁ入らせましょーよ曽根原さん」
流されてゆく。
…どうやら子供もOKらしい。
まるで取り仕切ったようなその、たか…リュージがふとあたしを見て「サンシャインの」と言ってきた。
「あぁ、ハイ」
「あんま覚えてないけど楽譜よかったよーな気がする。俺サポやったんだよねって、昔のバンドとか嫌か」
「いえ、別に、なんとも」
「まーそーだよな、俺もだ。よろしく。えっと…」
「鯉口茜です」
思わずフルネームで名乗ってしまった。場違いだな。
しかし、たかリュージは気にせず「タカミネリュージ」と無愛想に名乗った。
…確かに、指輪はしていた。
が、明らかに女が付けそうな…ティファニーかなんかで、こいつのセンス、女っぽいなと少し思った。
なるほどなんか…皆緩そうというか、イメージぴったりというか。
バンドは大体「声」での印象が強くなる。
うん、そう、ここ、鋭い音なのになんか、全体的に「フェミニン」というか「無性別」だなという印象を受ける。
そう考えるとあの演奏、ギャップがあっていいかもな…奥が深くて刺激的かも。
多分皆それぞれが変に気を使っていないのだろう。キャラとか、なんかそんなくだらないことに。
ウチとは大違いだ。ウチなんて多分、「トシロウのキャラ」になっちゃっているだろうし。
「いやまぁ、わけあって今日…ちょっとこんな感じなんですが、子供がちょっとシンバルダメかも知んなくて」
「へぇ」
「…てゆうかまぁ、ちょっと思うとこあって来ちゃったんすよね」
シンジが随分アットホームにそう漏らした。
え、マジかと思っているうちに「へぇ」「なるほど」「うーん」と、グラシア達が考え始めてしまったので、「いや、まぁ…」と割って入る。
「あたしが勝手に連れて来ちゃったってゆうか…その子、ちょっと友達の子で」
「……聞いていーかわかんないんだけど…まぁシンジの子じゃないってんなら…DV?」
SM嬢がそう聞いてきた。
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