あじさい

二色燕𠀋

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第三話

12

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 学校の帰り道、たまに歩いて帰ってたな。俺はチャリ通だったけど。そんなとき、後ろからめっちゃベル鳴らされてうるせぇなって振り向いたら姉貴で。大体間違ってちょっと引かれて。

「ごめんって、ちゃんと止まるはずやったんやけど」

 とか言って。そんで大体は、「漕ぐの疲れたから乗せてきぃや」とか言われて仕方なく乗せてってさ。

 たまに姉貴の高校の教員に鉢合わせて、誰だかわかんないけど謝って自転車押して二人で帰ったり。

 しばらくすると中学のクラスで「志摩、お前年上彼女かよ!」とか言われて説得に何日もかかって。

 ホント迷惑ばかりな姉だった。だけど。

 ふと後ろを振り返ると、小夜と真里は楽しそうに会話しながら歩いていた。そろそろ小夜も疲れるかな。たまに目を擦ってるしな。

「真里!」
「ん?」

 後ろに戻って歩幅を合わせてみる。

「小夜、そろそろお疲れモードだな。おんぶするか」
「ふーん。俺じゃぁおんぶデビューするわ」
「え?」
「ほら、いいから光也さんはクマ受け取って」
「あぁ、はい…」

 仕方なく小夜からクマを受け取ると、真里は案外慣れた様子で小夜をおんぶした。

「俺の方がぜってー良いだろ小夜」
「背中おっきいね」
「こんなもやしさんとは鍛え方が違うんだよ!」
「悪かったなぁ」
「はっはっは。
 あんたのことおぶった時めっちゃ軽くてビビったもん」
「え?いつ?」
「覚えてねーだろーなー。春に歓迎会やったとき。あんた飲みすぎて寝ちゃったんだよ?仕方ねーから山田ん家まで運んだの俺だぜ?」
「マジか」

 確かに真里は細身に見えて意外とがっちりしてるんだよな。

 小夜はあっという間に寝てしまったらしい。小さな寝息を立てていた。

「やっぱり疲れてたんだな」
「そりゃぁな。俺らからしたらこんな距離あっという間だけど、こんなチビからしたら遠いよなー」
「そうか」
「あんたも疲れたんじゃない?あんたのこともおんぶできるぜ?」
「大丈夫だよ」
「でもねー、あん時にちょっと確信に変わったんだよね、この感情。
 こいつバカだなぁって思ってさ」
「悪口かよ」
「だってさ?直前まで後輩の介抱しててさ、最後の最後で我慢出来なくなったのか、突然あんた消えたと思ったらさ、帰って来て顔真っ青。水飲んでそのまま寝ろうとするってなにそれ。酔い潰れた奴ら帰ったあとにそれよ?面倒臭ぇなって。でもさ、ふらっふらでさ、なのに、じゃぁね、帰る!とか言っちゃうわけよ?笑っちゃうよね。俺はそこに闇を感じたわけだ」
「はぁ…闇?」
「あぁ、この人普段見せないけど多分ネクラだなって。ちょっと覗いてみたいかもなって」

 さっきから言いたい放題だな。外れてないから否定が出来ないけど。

「でもさ、あんた予想以上にガード堅くてさ。逆に燃えちゃうよね。そんなことされるとさ」
「…お前が思ってるほど大したもんは持ってねぇよ。そうだなぁ…。
 意外と頭は良い」
「うわ、それ自分で言うか?」
「いや、これはコンプレックスの部分な。
頭良いってのは学力ね。幼稚園からお受験、小学校なんてみんなクソ食らえ、中学校とかもうなにも考えないくらい勉強してたし。ホント、ノートみんなより5倍くらい使ったんじゃね?資源の無駄だわ。
 ここでこっそりバスケ入ったけどいきなりだったからね、補欠だよ。3年。でもストレス発散だったかもね。勉強しなくていいんだもん。
 中学の裏でのあだ名がガリ勉幼虫だぜ?ひどくね?幼虫は土の中にずっといるからだって。
 高校も有名な所に入ったけどここでね、色々多感な時期。やんなっちまってな、紙とシャーペンが。授業中に全部窓の外にぶん投げたら校長室。校長先生唖然。志摩さんのとこの息子が!?みたいな。
 そっから、荒れるまではいかないけどまぁ一変して遊んで遊んでずっと卒業ぎりぎり。やっと卒業。
 大学を決める頃になった時には親とはもう口も利かなくなってたから楽だった。
 そのまま就職してやれと思ったらそこだけは口出してきやがって、仕方ねぇから誰も俺を知らない地へ行こうと上京したわけだ」

 一度話すと止まらなくなるもんだな、こーゆーのは。でもこれはもしかすると、真里だからかもしれない。真里が、あまりにも真剣に人の話を聞くからかもしれない。

「小夜みたいに勉強したいっていうのがホント羨ましくてな。
 勉強出来なかったって状況ってあるんだなって思うと、もうちょっとやってもよかったかな」

 俺は小夜の頭を撫でた。髪の毛が柔らかい。

「耐えるように字と数字と記号の羅列を延々と紙に書いてってさ。今になると何も役に立たねぇ。ちょっと前まではお袋と親父に言ってやりたかったよ。
 あんたらが守ってきたブランドは残念ながら片落ちしたわって。あんたらが椅子に縛り付けてまでやらせた勉強ってヤツはクソほど役に立ってねぇよって。
 けど今はもう、そんな気すら起きない。これも全部俺が悪いんだって思うと言う気にすらならなくなった」

 ただただ、俺に自我がなかっただけ。どれだけ何を言っても聞いてもらえなかった、じゃなくて。今みたいに、無理にでもやればよかったのに。

「真里が言ったようにさ、俺、バカ過ぎるんだよ。クソみてぇにバカにされて虐められようが何しようが家に帰る頃には何事もなく勉強してんの。話そうとしても聞いてくれねぇし姉ちゃんなんか何するかわかんねぇからな。だったら勉強してんのが一番良いって自分で足場作ったはいいがそれがもの凄く苦痛になってて。気付いた頃には後戻りできない。
 俺はでも、世間一般様々から見たらすっげぇ恵まれてるヤツなんだよ。怠けたこと言ってるわけ、今」
「あんたさ」

 あーあ、怒られるだろうな。

「じゃぁ今むちゃくちゃ幸せじゃん」
「へ?」
「いや、へ?じゃなくて。あ、何?どやされると思った?」
「…うん」
「はっはっは!バッカじゃないのどやさねーよ!俺そんな口悪い?」

 かなり。

「人の選んで歩んだ人生をどやすほど偉くないわ。俺ただのホモ学生だもん」

 そこ、ホモ必要あるかな?

「俺もね、いま一番楽しいんだよね、実は。マジ今日から何があるかなーってさ、楽しみなんだよね。
 案外こいつも可愛いし。
 なんかね、あんたの仏みてぇな気持ちちょっとわかってきたわ。なんだろうね、一緒にいて話を聞いたからかな」
「仏って」
「なんかみんな幸せにーみたいなナントカ募金とかやっちゃいそうなやつね。
 俺あーゆーの大っ嫌いなんだけどさ。優しさの押し売りみてぇな宗教勧誘じみた胡散臭いの。
 これからもあーゆーの嫌いだろうけど、なんかこれはちょっと違うっていうかさ。
見返りなんかなくてもいいんだ。好きな人がさ、大切な人が、身近な人がただそこで幸せそーに笑ってるだけでなんかこっちもほんわかするってゆーかなんっつーの?
この気持ちはあんたより前は多分わかんなかったな」
「そうか」

 俺はそんな大層なこと思ってないし、やっぱりそんなに優しくなれないけど。
 何かを変えたんだろうか。小夜と、真里を。

「あんたね、自分で思ってるより、良いヤツだよ」
「そうかなぁ…」

 そうだといいけど。

「小夜おぶってなかったらなー、ちょっと抱き締めちゃってたかもなー」
「おー、小夜のおかげか」
「ちゅーならいけるぜ」
「走って帰りまーす!」

 真里が恐ろしいことを言うので軽くダッシュ。思ったより行かない。

「おーい、やめとけよ、あんたの歳じゃ明後日くるぞ」
「うるせー!痛いとこついてくんな!」
「まだ突いてねーよ!」
「いちいちうっせぇ!」

 確かにそう、少し前よりも幸せかもしれない。

 ひぐらしが鳴いている。

 少なくとも昔より、俺は幸せかもしれない。
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