朝に愁いじ夢見るを

二色燕𠀋

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 そわそわした一が階段の下にいたが、奈木は一が何かを言う間も与えず「預かるから。大事ないわ」と簡単にあしらっていた。

 ふっとゆっくり布団に寝かせてくれた奈木は、確かに鼻血は頭を胴より上げた方が良いと以前に言っていたけれど、足を伸ばしてわざわざ膝枕なんかをしてきた。

 …これ、痛いんだよな、ごりごりして。

 奈木はすっと手を伸ばし…まずは血で固まったあての髪を解しながら「要の件はな」と語り始める。

「気持ちはわかったけど、謝る必要はないな?」

 …なんなんだか、全く。

 別に良いわと黙っていれば「あれの気持ちもわからんくないんよな、お前には」と喋り続けた。

「何やってんのかわからんくなるのはまぁ、ええ経験やてお前は言いたいかもしれへんけど、あれ、阿蘇さんが少し遅けりゃ俺はあの役者をぶっ殺してたかもしれへんな。
 あんな阿呆な身売り、お初にお目に掛かりますぅや。いままでここに居らんくてよかったんやけど…お前らは客にいるやろ?ああいうの使う馬鹿」

 あー…凄く根に持ってる…子供相手なのに。

 あの子に一番言いたかったのは、以前いろはさんがあてに言った「悪いやつはいくらでもおるで」だったなと思う。言葉を借りるようだけど。
 紙にでも書いておこうかなぁ。渡してくれるかはわからないけど。

 あの子はなんだか、あてと同じ匂いがするのと奈木を見上げると、奈木は少し切ない目で「なぁ」と言った。

「俺、ここだけの話やねんけど、この仕事、要で最後にしたかったんよね」

 …ん?

「……体力的になぁ。あと、昔から子供はどうも…遊郭にいたからかもしれへん。あんまなんかな…良い気持ちしてへんのよ」

 …なるほど。

「…お前なんて、俺は初めてで不馴れやったやろうに、最後ふっと助平爺に取られてもうて…申し訳なかったなと、ずっとな」

 …驚きだな、と奈木の渾身の真面目顔をまじまじと見てやれば、やはり本音なんだろう、眉を潜め泣きそうにまで見え、ついつい頬に手を伸ばしてしまった。

 「熱いなぁ、」と言いながらその手をふっと口付けるようにすりすりした奈木は「出んか?み空」と、自然と口から溢れたようだった。

「お前らのことも見てきたから…なんとなく気持ちはわかる…まぁ、わかったような気にはなっとるよ。
 俺のことをどうとかは別にええから、一回出てみて…一人は寂しい思うし、看取って欲しいなら看取る、看取りたいなら看取らせるよ。
 二人で暮らして、まぁ、なんか良い人おったらお前は出て行ってもええよ。
 そうやって一度は出てみても…人生楽しいかもしれへんよ?」

 …そうか。
 わかった気がする、やっと。

 今日の外出は一が言ったと奈木は言っていたが、実は金でも積んであてを買ったんじゃないか、この人。
 よくよく考えたらこの人だって仕送りもないだろうし、金は貯まっているだろう。
 でもきっと、一は受け取らず良しとしたからああ言ったんじゃないだろうか。

 …邪推かな。
 でも、これほど言ってくれるなら、邪推でも良いかと思えた。

 なるほど、そうだったんだ。

 あてはじゃあ…と一度手招くと「なんや?」と奈木が掌を見せてくるので、そうじゃないと首を引っ張り、一度口付けをした。

 芯の強い、ふわっと曲がった髪。

 風邪だし、すぐに離したけれどもどうやら奈木は笑い、ただ切なそうに「今日すぐはい、と返事せんでええから」と言った。

 色々実は複雑に、知っているからこそこうして濁したのかなと、父親の顔は確かに過った。ここから出してやるよと母に言ったあの日を。

 けれど…まぁ確かに、わからないなと、間を取り頷いておいた。

 例えば奈木が本当の意味で優しい人だったとしても、それではあてなんて、重いんじゃないかと、腕を離して目を閉じる。

 多分、返事は要の仕込みが終わる…あと少しで、例え返事をしなかったとしてもどの道ここを出て行くつもりなんだろう、この人は。
 たった、それだけのことで。
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