朝に愁いじ夢見るを

二色燕𠀋

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朝に愁いじ夢見るを

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 確か、それから数日後だったと思う。

 瓦版屋で日中と夜と、前借りもしたのだしと働かされていた最中、爺から「ほれ」と手紙を渡された。

「貴様、あの前借りは女じゃないよな」

 釘を刺されぎくっとしたが、宛名を見れば「み空」とあり、更に驚いた。

 …瓦版屋の爺は確かに、たまに来る遊郭からの誘いの文に良い顔はしていなかった。

 個人名のみで来たのは初めてだというのに何故そういう場所だと爺がわかったのか、多分紙質であろうと思う。

 私の心の臓は張り裂けそうで、しかし以前の文もあったしと、少しの躊躇もあった。
 何より、爺が側にいて手紙を見ようとしているのだからああもう、と懐にしまえば、爺は鼻の下を伸ばし「なんだ?本当に良い女でも出来たのか」と言うのだから仕方ない。

 なんとか爺をやり過ごし、帰宅してから文を見れば驚いた。

 み空の字は少し女のような、すっとした字をしていたが、確かに宛名を見返してみても硬い字で、中身もどうやら楼、いや、楼主からの内容だった。

 近日、み空が正式に退楼するというものだった。理由は“体調不良による療養”だそうで、三日後、退楼の宴会を開くという。

 それほどの太夫だったのか、というのと、これは本当の理由なのだろうかと疑問ではあったが、二枚目の紙には「同時に、み空の元で過ごした禿、かなで の披露を致します。御世話になった皆様へ」と丁寧な字で書いてあった。

 これは…ここでしかあの返事をする機会はないが、そもそも…み空は確か「売り物ではない」と言っていたし、歳も、花の盛りを過ぎた20だと聞いていた。
 とっくに退楼していたと言え…ないのか、何せ私は彼と褥を共にしている…と、考えがぐるぐると過った。

 例えば、だが。

 み空が本当に世話物のように誰かと駆け落ちしもう心中してしまっていたら、わざわざみ空の禿と書いている、この盛り上がりに乗じて場にみ空がいなくても通用するのではないか?療養というのもそうだ。
 だからこうして文を出している…等と考えたが、いや、これは私の頭がどうかしているかもしれない。

 本来なら今までとあまり変わらないのでは…後継者が着いただけで。そう考えたが何せ若衆茶屋の風習を私はまだよくわかっていない。儀式的な物ではないかと捉えたのだが。

 やはり違和感は拭えなかった。
 興味もある、ではその儀式はどんなものなのだろうと。

 行こうかと考えたが、出勤前、本日はしゃんとした三郎が現れ「み空が去るってな」と言った。
 試しに行くのか聞いてみようかと思ったが、「しかし、み空は裏方で通ってたよな?」と、やはり三郎も疑問そうだった。

「多分、禿の水揚げだろ、要は。でもおれは今ちょっとな…。
 もし本当に退楼が主題ならば…客も少なそうだしみ空の場合は、だとすると赤字だもんなぁ、金取られそうだし…あぁ、もしかして身請けみたいなもんかもしれないよな」
「…身請け」
「まぁ若衆茶屋にそれがあるかは知らんが…男だからなぁ。身請けっつっても寺入りかもしれないよな」
「なるほど…」

 確かにそうか。
 私はいつも三郎に合わせて瓦版屋に行くのだが、その日は早く行き仕事をこなし、ついにこの書に筆を通すことにしたのだ。

 夜遊びもせず、ひたすら印刷と執筆とを繰り返したが、み空退楼の日の営業時間までには書き上がらなかった。

 結局、今まで言いたかったことが全くもって纏まらなかったのだ。

 そうしてやきもきと、退楼の日が過ぎれば士気も下がり遅筆になった。

 しかしそれから数日後、今度はきちんと店の宛名で手紙が送られてきた。
 ついに爺が「…信太郎、ここまで来ると呆れるな…」と言ったのだった。

 もういいかと開き直り、爺の前で文を開いて見せてやれば、なんとあの邑楽からの招待状で、役者修行の傍ら正式にあそこで雇われたのだと書いてあった。

 ついで、「24文を含めた初回料」として、金が送付されていた。

「お暇な時にお越しください。お話ししたいです」

 そこだけはもしかすると邑楽自身の字なのだろう、意外と角張った字で、まるで教本を見ながら書いたような字だった。

 その金はあっさり爺に取られてしまったが。



 どうしようかとも思ったが、少しほとぼりが冷めた頃、私は紹介状を持ち楼を訪ねた。

 邑楽はまだ見世を構える段階ではないようだが、その日は共に、まだあどけなく髪も伸びきらない、み空の禿だったというかなでという人物と会った。

 …大体は髪を伸ばしてからなんじゃないかと思ったが、疑問は顔に出ていたらしい、「男娼は…子供が好きなお客様もいらっしゃいますから」とかなでがこちらの顔色を伺い説明してきた。

 流石、み空の元に居ただけある。そういう、所作で心を読むようなことがきっと身に沁みているのだろうと素直に関心をした。

「…これ、み空兄さんの母上のお唄なのですが」

 と、かなでは指弾きで…まだ練習中なのだというあの唄をぎこちなく、内緒話のように弾きながら、み空が楼から居なくなった理由を聞かせてくれた。


 もしもこの書が君に届くなら。私はそう思い最後にしたためる。出来れば燃やして天にでも揚げてくれれば良いし、読んだ君がどうとしても構わない。

 最近、瓦版で話題にした事件。
 どうやら男娼と、主に仕込みを担当する妓夫が情死したと言う話がある。よくある話らしいが、やはりこれも面白おかしくになるのだ。

 きっと、君が楼を出て行ったあとの話だとは思う。

 私は君にとってはその一部、例えば夜の星の二つほどでしかないのかもしれない。しかし、それは素敵な時間だった。

 あと、やはり燃やしてしまおうか?

 こんなくだらない物しか書けず、だから、君の文はきっと、私が燃やしたと思ってくれて構わない。

 初めて書をしたためてみると感じる。

 自分の中にある信念、思い、趣味や形などをぶちまけそれを晒すのだ、この、綺麗ではない何かを、形を変えながら、敢えて。
 これは売春とそう変わらないのではないかと思う。

 だからこれが、私の最初で最後の一本だと、ここで締め括るとする。愛し君に感謝を込めて。
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