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The 8th episode

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 それからそれから。
 マジで男三人で早朝に高尾山と言う構図が出来上がった。

何が楽しいって?
なんも楽しくねぇ。

「疲れた体にいいな」
「ふざけんなゴリラ」
「俺軽く死ねる。ホント何これ笑えない」

 言い出した本人たち文句たらたら。連れ出した本人すげぇ生き生き。

まさに怪物。一応年長者。

 登り終わったあとにコンビニに寄って缶ビールとタバコを買う。はっきり言って飲む気もしないが美味そうにビールをかっ食らう中年を見て、潤とともに後半はなんか、

「マジ最高!」
「やべぇやべぇ!」

と最早訳がわからぬテンションで先輩に従ってしまった俺たち。
 これが最早しくじりであった。

「さぁ酒気帯び運転上等だ!」

 と、運転席に乗って我に帰った。

「はー、何してんだ我々は」

ホント、何してんだ。

「急に素面かよ」
「素面じゃねぇよ素面だったら」

どんなにいいか。

「…ねぇねぇ流星」

 助手席で潤が、なんか寂しそうに、だけど子供みたいな笑顔で笑って言う。「バックれちまおうか」と。

「あぁ…」

あぁ、これ。
昔あったなー。これもまた。俺はそん時こう答えたんだ。

「あぁそうだね」
「残念だな。それは出来ないようですよ部長と指揮官」

 そう言って政宗はケータイ画面を眺めていた。運転をやめたからと言って2本目のビールを煽るように飲んでいる。

「貴様らの部下たちからお問い合わせが多数寄せられています。『帰ってきますよね?』って。
 バカヤロー。こっちとら休みだっつーのに…」
「…あーあ」
「…めんどいねぇ」
「あぁ、こりゃぁもう、離してくんないな」

あぁ、もう。

「取り敢えず帰るか」

 仕方がないので車を走らせる。時刻は10時半。いい加減眠いし疲れた。明日本気で出勤出来るだろうか。

「捕まんなよ」
「上等だ。捕まったらもう戻らずに」
「あーバカバカバカ。てめぇ一端の公安なら検問掛かんねぇ場所わかんだろ」
「残念ながらわかるんだなぁ」

悲しい性だ。 

「俺のが多分詳しいよ。ほら、そーゆー系ってかなんか押し付けられんの俺だし」
「さすが名スポッターですなぁ、ははー」

 いつの間にやら3本目を空にしてやがる。勘弁してくれ。

「政宗、いい加減にしといてくださいね。吐いたらその辺に捨ててきますからね」
「てか、あと二本もあるよ、どんだけ飲む気なの朝から。野良に殺されるよ」
「流星、潤」

 急に政宗が真面目な声色で名前を呼ぶ。横目でバックミラーを見ると、表情まで真剣そのもの。

なに突然。厄介そうなんですけど。

 タバコに火をつけて沈黙。

なんだよ怖ぇよ。

 こちらは待つ、政宗はタバコを吸い続ける。いたたまれなくなって俺も潤もタバコに火をつける。
 政宗は、吸い終わると突如言ったのだった。

「しばらく留守にする」

 その一言があまりに落ち着いていたので、「あぁ、はい」と返してしまったが、ヤニと共に頭の中に浸透。意味がわかって、「はぁ!?」と、まさしくすっとんきょうな返事をしてしまった。

なに留守って。

「は、何?」
「どゆこと?」
「決めたさっき。
 だから伊緒を少し預かって欲しい」
「ちょっと待って」
「どこ行こうっての」
「秘密。男に行き先聞こうとは野暮だな姫よ」
「いやいやいやいや」
「ちょっと、酔っぱらってんじゃない?落ち着け。何?実家?まだお盆には早いよ?」
「この声のトーンが帰省だと思うか?え?
違うわ普通に留守だよ留・守!留守番電話サービスの留守!」
「あ、それちょっとおもしろい表現」
「じゃねぇよ真面目に聞けバカ共!」
「いや真面目に聞いてますよ困惑しすぎてテンパってんの!だって何故!?今!?どこに!?何で!?てか…」

ムカついてきたぞ。

「人に戻れって言ってそれか」
「…素直に悪ぃ。謝る。
 だが、ちゃんと理由ありだ。だが聞くな。いずれわかる。ちゃんとして戻ってくるから」
「嫌だね。だってそれ」

 そのパターンは昔の…。
昔の樹実と全く一緒じゃねぇかよ。

「…違う。大丈夫そんなんじゃない」
「ふざけんな、喧嘩売ってんのか」
「あぁもう喧嘩っ早ぇな」
「当たり前だクソゴリラ。あんたなぁ、そうやって俺は樹実に置いてかれたんだよあのだだっ広い家の中にな。で、帰ってきたらなんだよ寝返りやがって。
 この気持ちわかるか?わかるんだよな、だから伊緒を、」
「違う違う違う!勘ぐりすぎだ。本当に違うから」
「てかお前らうるさっ」

 凄く冷め冷めと潤が言う。睨み付けるとビールを渡された。

「行けば?」

 潤は一本ビールを空けて飲む。そして一本俺に渡してくるが、いや俺は今飲めないから。
 俺が開けないでいると今自分で開けたやつを一気に飲み、それから俺に渡したやつも奪って開ける。

「帰ってくんだろ?行けばいーじゃん。
 その代わり流星が言うパターンだったら容赦なく俺がぶっ殺す。これでOK?
 野良にも俺が言っといてやるよ。てかじゃぁどっちが預かる?
 いずれにしてもこのゴリラは動物園から野生に戻るらしいから、それはもう揺らぎそうにないからさ。だったらてめぇが拾ってきた野良猫どうにかしようよ。じゃないとお前と同じことになるよ?このゴリラがバカだったらね」
「まぁ、確かに…」

 想像してみた。
多分潤だと…。

「やべぇな」
「え?」
「政宗、俺が預かるわ」
「え?お前だって…環ちゃんは?」
「まぁ、なんとかなる」
「はぁ…」
「だってお前考えてみろ。このゴリラだって毎日毎日『早く起きてください』とか『ごみの分別してください』とか『酒の飲みすぎです』とか言われてんだぞ」

いや理由はそれだけじゃないけど。

ぜってぇお前らはウマが合わないし。合っちゃったら合っちゃったで毎日が卑猥だ。もうAVのような生活だ。それは未成年には絶対よくないしましてや伊緒にはよくない。

「うわぁ、それは余計に家に帰らなくなるよ俺」
「だろ?」
「任せた」

よし、決まった。

「すまんな頼んだ」
「かしこまりましたクソゴリラ」
「てかお前らさっきからまぁさ、俺が悪いんだがなんなんだ。いい加減ムカつくぞ。
ちなみに俺は動物園から野生にじゃねぇ。どちらかと言えば逆だ!」

 そう真面目に言うので、なんかもう。

「ふっ、」
「ちょっ、」

爆笑してしまった。

「んだよクソ淫乱とクソ殺人鬼」
「効果なし」
「事実だし」
「あぁ、確かに」

もうどうだっていいや。

「わかったわかった。
 信じますよ。もういいや裏切られても」
「だから、」
「はいはい、首長くして帰ってこい」
「首洗って待ってろ」
「わかったわかった」

 まぁ、この人がこれだけ言うなら多分、なんかしらあった。それは確かだ。

苦しまないで欲しいのは事実だ。
俺も苦しみたくはないから。緩く構えることにしよう。昔みたいに、依存しまくって、ある意味縛り付けたのは相手でも相手からでもなく、自分自身だったのだから。

「てか、わかったんで寝てください。うるさいんで」

あんたが一番疲れてるから。

「…はいはい。ありがとな」

ただ、やっぱ。
殺したくはないからな。帰ってきてくださいね。
 言わないけど。最早、信用するしかない。

 しばらくすると、静かにすぐに熟睡したのが見えたので。

「お前も寝てくれ。うるさいから」
「へーい」

一人になりたい。
 しかし聞き分けよく、潤も寝てくれた。

 朝日はだいぶ、登り、帰路を明るく照らしていた。
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