ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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The 9th episode

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────

「久しぶりだな」

 珍しい男からの誘いがあった。どういう風の吹き回しなのか。というか、こいつ、生きていたのか、俺が言えた口ではないが。

「ホントだな、元気そうでなにより」

 とても緩やかに笑う口元の黒子。この優男に、少しだけ、安堵と驚きを覚える。この男はそんな風に笑える男ではなかった。

 もっとシニカルで、それでいてニヒルで。

「何?どうしたのリュウ。幽霊でも見た?」

 バーカウンターに置かれた日本酒をとっくりから猪口に注ぐその姿が異様だ。

「あぁ、ショウ、どうした」
「え?」

 と言いながら猪口を渡してくるので取り敢えず乾杯。

「どうって」
「色々突っ込みどころはあるんだがまず、その…お帰り?」
「それはどちらかと言うと俺の方が先に言うべきじゃないか、リュウ」

 そう言って緩やかにまた笑う。
不思議で仕方がない。

 日本酒を久しぶりに飲んだ。
そう言えばこんなに滑らかだったな。

 そう思って俺も不本意ながら気に入ってしまい、同じものをオーダーした。

「気に入った?」
「不本意ながら」
「相変わらずだな」

 細くて短い指が、椅子に掛けられたジャケットのポケットをまさぐり、ショウはタバコを取り出した。ポールモールの赤いソフトパックと、ボックス。まさしくなイメージ。

あぁ、最近タバコ性格診断してる。これはきっと潤のせいだろうな。

「あれ?」

てかソフト、そう言えば最近見かけないけど。

「あぁ、この前米軍基地に寄ったんだよ」
「なるほど…あぁ、日本にないパターンか」
「リュウもでしょ」
「うん。俺ボックス嫌いなんだよ。だけどまぁ慣れてきた」
「わかるかも。かさばるからな」
「試しに一本吸っていい?」
「あぁ、いいけど…」

 さっそく拝借。一本アメスピを返すとすぐ火をつける。
 ポールモールを取り出してみて、何か違うことに気付く。

「ん?」
「あぁ、ハズレだ」
「え?」
「それ違うタバコ」
「なにそれ、ロシアンタバコ?」
「お、よくわかるね。ソフトパックはやられやすいのかな。リュウが嫌いな森林浴だよ」
「…俺の部下もやるんだよ。まぁ最近ボックスだからやらなくなったけど」
「まぁロシアンタバコはね、ソフトパックだから楽しいんじゃない?」

 フィルターの銘柄を見てみた。潤と一緒だ。

「うわぁしかも部下と一緒。なに彼女?友人?なんでこれ吸ってるヤツってひょうきん者多いの」
「あ、ちょっとオブラートに包んだだろ。そうそう、変なやつ多いよね。まぁ、一ミリだからだろ」
「そりゃぁそうだよ。人の彼女か友人を非常識とは言えねぇよ。一ミリだからだな。まぁいいや」

吸ってやるか。
一口目で潤の顔が浮かんだ。

「それ言ってるから!」

 なんて笑いやがるから。
 先程からの違和感をぶつけてみることにする。

「ショウ、雰囲気変わったな。やっぱ女でも出来たか?」
「あ、それ俺が聞こうと思ってたよ。リュウ、なんか柔らかくなったな」
「え?」

 いつの間にか吸い終わってしまったので俺は自分のアメスピを取りだし、火をつける。ショウは、漸く自分もタバコを取り出してフィルターを眺め、「当たりだ」と言って火をつけた。

「会った頃はもう少し、つまんなそうな顔してたじゃん」
「悪かったな。お前こそ嫌味ったらしかったと思うけど」

お前だって対して変わらないだろ。戦場でのお前は凄く無謀だった。
あ、無謀エピソードといえば。

「…ベルリンの後そのまま帰国したらしいな」
「あぁ、うん」
「聞いたよ高田から。警察庁に喧嘩売ったって?」
「あぁ、そんなこともあったねぇ…」
「なんでまた」

聞かなくてもわかってるけど。

 テキーラをオーダーした。それを見てショウは苦笑しながら「同じので」と言い、残りの日本酒を飲みきる。

「うーん、今流、自分探しの旅?」
「大掛かりだな。長いことご苦労さん」
「でもちょっと近付いたよ」
「あぁ、そう」

 ベルリンの戦乱のとき。
 俺たち二人とユミルは生きて帰ってきた。
 少し荒れていたあの町で。
 他の全てを置いて、あの町を、救ったと言えば救った。殺戮を繰り返して。
 全てが終結する前に撤収命令が下り、俺はそれからドイツへ。ユミルはワシントンへ。こいつは、帰国した。

 あの時、最終的な人事移動判断の書類に印を押したのは俺だった。本当はショウがワシントンへ行き暴動を鎮圧し、ユミルはスーダンで、水面下で行われている反政府組織の存在の解明という任務もあった。しかし、俺はそうしなかった。

 このままワシントンやスーダンやドイツ、とにかく海外を渡り歩かせては、こいつは恐らく自殺するだろうと思ったからだった。

「残酷だな」

 それが最後に別れたときに言われた一言だった。
 核心的に口撃をしないショウのこの憔悴しきった一言が、俺には一番堪えた。

 それからの暴動。そりゃぁ、思うところはあった。

「最近猫を拾ってさ」
「猫?」
「うん。死にかけの猫。今じゃぁ、なついちゃってなついちゃって」
「柄にないな…」

 想像が出来ない。
 だがなんて、嬉しそうに語るんだろう。

「俺もビックリしてる。昔の知り合いのお節介上司のせいで死に場所を無くして生きた心地がしなくて、どうしようかと思ってたときに拾っちゃったよ」
「…ショウ、」
「あぁ、そんな顔すんなよリュウ。いま俺さ、ぜってぇ死なねぇって思うくらい楽しいんだから」

猫一匹。
その一言に引っ掛かるけど。

「あぁ、よかった。鉄面皮決壊。リュウ、結構笑った顔も男前じゃんか」
「なんだよ、気持ち悪いな」
「いや素直に。リュウもなんか生きているようでよかったよ。俺が見てきたリュウはずっと、死んでいたからな」
「…あそう。
 俺も猫拾ったわ、そう言えば」
「えぇ?マジで?大丈夫?余計死にたくならない?」
「お前じゃねぇんだから。大丈夫だよ、わりと。多分。うるせぇけど」
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