ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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Past episode three

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 船に着くと丁度、当時二等海佐だった栗林が、船の整備に立ち合っていた。
 しかしどうも難航しているように見える。

「あらら…」
「あれは?」
「うーん。まぁ潤くん、少々お待ちを」

 そう言うと雨は操縦席に向かい、「どうしました?」と、栗林に声を掛ける。

 潤は今更気付いたが雨は便所サンダルだ。大人のスタイルとしてあれは一体どうなんだろう、しかも上官を前にしてと、疑が疑問が頭をよぎった。
 少なくとも自分が知っていた役員スタイルに、あんな人、いない。

 雨の声に振り向いた栗林二佐は人物を確認すると、露骨に不機嫌そうな顔をした。

 この二人は有名なくらい、仲が良くない。大人でもこんなに露骨なあり方なのかと潤は少し感心を持った。

「少し様子がおかしいだけですよ。…あれ?」

 栗林二佐と目があった。
 潤は取り敢えずでこくりと栗林に会釈をするが、栗林はまるで釘付けになったかのように潤を見つめるのだった。

「あぁこれね。ちょっと失礼」

 身を乗り出すように栗林の前を雨が占拠する。
 だが栗林はそれに腹を立てることもなくあっさりとその場を明け渡し、雨が成り代わって操縦席で主導権を握った。

 栗林はというと、最早潤にしか興味がなくなってしまった。操縦権をあっさりと雨に渡して潤の方へ近寄る。

 潤のすぐ目の前まで来ると、栗林は潤の肩に手を置き、「後は彼に任せましょう。どうされました?」と、耳元に声を掛けたのだった。

 なんとなく、少年はこの雰囲気は知っている。

この男、なるほどそういう・・・・タイプなのか。

「船に乗らないかと熱海さんに言われました」
「良い心がけです。私が船内を案内しましょうか」
「…熱海さんは?」
「あぁ、彼は変人なのでしばらくは置いておいた方がよろしいかと。下手に声をかけると撃ち殺されます」
「…そうですか」

 そう言って然り気無く栗林は自分の腰に手を当ててきて、今雨と来たばかりの道を促す。
 少し強引に連れて行こうとするその背に、「栗林二佐」と、雨の鋭い声が突き刺さった。

「なんですか熱海三佐」
「直りましたけど」

 振り返る彼の眼光が鋭い。思わず怯んだのは栗林のだけでなく、潤もだった。

 まるで蛇のような鋭さ。
 メデューサさながら、相手を硬直させるには充分だった。

 雨はそのまま操縦席から降り、仁王立ちで二人を見つめて微笑んだ。

「栗林さん、どうぞお返しします。僕の連れも返してください」

 それに栗林は面白く無さそうに舌打ちをして、操縦席へ戻る。

 すれ違い様、雨は栗林に「胸クソ悪いなゲス野郎」と呟き、潤の元へ戻っていった。

 それを潤は聞き取って振り返り、先を行く背中を見つめていても雨は振り向きもせず飄々としているばかり。

 事の成り行きを見つめていた潤に雨は優しく微笑み、「さ、行きましょう。僕が案内しますよ」と促した。

「…熱海さん、凄いね」
「ん?」
「なんか、自由だね」

 素直に出てきた少年の言葉はそれだった。そう言われて雨は、「全然」と答える。

「窮屈で仕方ないですよ。こんなクソみたいなちっぽけな世界。官位だのなんだの、いちいちうるさいって。
 けど海は良いですよねー。ぜーんぶ一緒。日本もアメリカもボリビアもベトナムもフィンランドもカンボジアもイタリアも。
 あ、これ全部僕が行ったとこなんですけどね。
 いつかどこかで繋がってるくらい、広いけど、それくらいに狭い」
「…俺そんな行ったことない」
「あそう?へぇ意外。てっきり海外旅行とか行きまくりだと思ってました。
 君、どこ行ってみたいですか?」

 船乗り場の上に出てみた。まだ、全然陸地だけど。少しだけ、気持ちが広くなる。

「わかんない」
「じゃぁ…あ、ウユニとか。きれーですよ。観光には良い場所。寒いけど。
 サリーナス・グランデスも綺麗でした。遭難がちょっと心配だけど」
「…どんなとこ?」
「ウユニは一面真っ白。潮の、ブロックみたいなものが一面にあるんですよ、寒い時期だと。
 サリーナス・グランデスも同じ」
「同じようなところなの?」
「けど綺麗」
「ふーん…。
 他は?他は?」

意外と話に乗ってくれた。案外話せば、悪い子ではないのかも。

 でもだとしたら凄く、可哀想な子だと雨はその時に思った。

 時点の親の地位で最初の印象がこの子にはある程度決まってきていたのだとすれば、少しまわりに閉鎖的になってしまうのもわかるような気がする。

 今や彼は、そんなに地位もない、むしろ堕ちてしまったようなところからの偏見でスタートしている。
 だがとり憑いてしまうのは「防衛大臣の息子」であり、「一等海佐の親戚」である。

 たった15歳の少年にしては少し、確かに気が遠くなる物ではある。これだけ膨大なものを生まれつき持っていると、本人が知らないところで勝手なものがたくさん付いてくるだろうし。

「どうせなら走らせます?船」
「え?いいの?」
「小型船舶でよければ」

 そう雨が提案すると、少し戸惑いながらも潤はゆっくり頷いた。

 彼は笑うと案外、素直そうな顔をしている。初めて彼の笑顔を目の当たりにして雨はそう思った。

 小型船舶の準備をして、試しに少しエンジンを掛けた。
 そもそも何故こんなところにあるのかといえば、完全にこれは雨の私物である。

 久しぶりだがエンジンは掛かった。やはりメンテナンスはサボらずしておいて正解だ。
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