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The 30th episode

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「何も知らないなら、仕方ねぇよ、多分」
「…はぁ!?」
「違法捜査ぁ?
 上等だろ、政宗。この国の正義はそうじゃないか。政治家、マスメディア、もっと小さい。個人、組織…権力でいくらでも変わって行く。被害なんて二の次だ」
「…流星?」
「そうですよね咲田検視官。
 誰に言われたか知りませんが、エレボス事件は国家機密であり、官房長官や警視庁長官が死んだことはタブーだった。我々が誰なのか知りたいなら…。
 それを追っている末端の組織、これでお間違いはありませんか?貴方にはいま聞かせましたよ。
 潰しに掛かるならどうぞご自由に。日本警察がゴミならCIA…ICPO…まぁ、来られたところで手込めにしてやりましょう」
「…待て、…本当に何を言ってるのか」
「でしょうね。一生そうしてぬるま湯に浸かってればいい。
 政宗、行きましょう。無駄ですね。
 あ、咲田さん。悪いが環の遺体は俺が引き取らせていただきます。遺族としてそちらに預けるわけにはいかない」
「遺族?何故、」
「婚約者だからです。別に墓建てるくらい、国民の自由でしょう?遺族ですから。帰還申請書類ならあんたにいま渡せばいいか?それでもそうだなぁ…。
 遺体を勝手に埋葬しようものならそれこそ裁判でも暗殺でもしてやるよってね」

 さっき咄嗟に入れた録音機能をONにしたケータイの画面を見せつけた。
 これでなんとか、環の遺体は守れただろうか。

「そうだマスメディアの…ストーカー容疑で引っ張った野郎がいたな。
 遺体は今日中に持ち帰りますので」

 と、とどめを指すつもりで言い捨て、廊下を歩く。

 階段を登り咲田が見えなくなったあたりでやはり震えが来て忌々しくなり手を噛んだ。やっぱり癖らしいな、これ。

「流星…、お前」
「日本人がダメなら本拠地に行けばいい。確か祥真がいまここにいるんだろ?」
「本拠地って…」
「俺は高田のお陰でそれに関しては知り合いがたくさんいる。
 高田の思惑もいまいち不透明なら正式にやれば…
とメンチ切ったはいいがわからんな。無駄かもしれない」

 漸く「ふっ…、」力が抜けたら急激に眠くなるような、
瞼が痛んで視界が強制的に悪くなった。虚しい、虚しい、何よりも現状の力なさが虚しくて仕方のない。

「流星…、」

 肩に手を置かれても耐えられなかった。声にならない悔しさが喉から出ていく。

 泣いている資格なんてない。だからこそ生理現象を抑えようと、階段にしゃがんで暫くは、嗚咽を殺そうとしてみる。

 政宗は側でそれを待っていてくれた。何分か、十分単位か、わからない。久々に身体が痺れるくらいにそれを体験した。俺はずっと、泣きたかったのかもしれないな、どこかで。

誰にもわかって貰えない、あんたはこの押し寄せる孤独にどうやって耐えて来たんだ樹実。俺は正直この先耐えられるのか、いや、耐えなきゃあんたも環も誰も救えない。
ヒーローは樹実に譲るから、せめてこんな時の強さをくれよ。俺はちっともわかってなかったんだ。

「…これ終わったら…」

 政宗が言った。
 政宗が泣いている。泣き顔なんて、泣くことなんてあの銀河の葬式以来だったのに。

「少しは…許せるか流星…、」

何に対して許すんだ。
何にそんなに罪悪感が沸くのか。
わかっている気がする。
こればかりは先輩を思えば、共有出来るような気がするよ。

「その為にも、」

 初めて俺は政宗の頭をポンポンとした気がする。良いだろ、俺、上司だもん。

「やりましょうか、副部長」

 手を貸して、立ち上がって。
少しはこのレールで歩いて欲しい、そんな調子に乗ったことまで考えて。いいさ皆、自分の正義を歩こうじゃないかこの国で。

あとは全部、部長が背負ってやるよ。けど、ここまでだ。先の未来は託すべきじゃない。俺は過去に辛かった、この利己だけは口下手ながら分担して押し付ける、上司だから。そうやってみんなで生きたらいいんだと、信じようと考える。
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