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三
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青田は眠そうにしながら雪を迎え入れてくれた。「珍しいね」と言いながら。
「…すみませんこんな遅くに」
時刻は深夜2時を回っている。相変わらず自分のことしか考えていないなと思いつつ、「まあ座って」と促した青田はそれから「コーヒーしかないんだけど…」と、缶ビールを飲みながら言った。
ノートパソコンも閉じられたホテルのテーブル。当たり前ながら生活感はないが、どうにも人間味すらなかった。
「悪酔いにはコーヒーってよくないよね、きっと」
何も話せないでいる雪の前にホテルのインスタントコーヒーを置き、聞く体勢で青田はベットに座り微笑んだ。
泥水よりは血液に近い色をしたブラックコーヒーに雪は漸く口をつけ、夜空に冷えた身体を暖める。一息吐けた。今日一日自分は酷く冷えていたのだと知った。
「…彼氏?」
落ち着いたように聞いてきた青田の視線は右手の痣だった。
咄嗟に「いえ、」と言ってしまったが、浩の顔を思い出しては歯を食い縛る思いで「…そうです」と訂正するしかない。
拘束プレイだなんてなんで言ってしまったのか。いや、拘束プレイでなくてもこんなもの、女が付けるわけはないし、陽一にどんな形でも浩の存在をバレてはならなかった。
じゃぁ、何故バレてはならないか。
陽一も雪も浩を憎んでいるだろうに。
青田は笑って「違うのか」と言った。そりゃ、バレてしまうだろう。
雪は答えを探して青田を見る。青田は店とは違う、一線置いたような視線で雪を眺めていた。
「…一瞬過ったんですけどね。フミトさん?と一緒かなとか」
「ん?俺が?」
「まぁ…はい」
「落とせなかったの知ってるじゃん」
やはり青田はこれくらいの冗談なら笑ってくれるようだ。
気が楽だ。取り敢えず「タバコ吸ってもいいですか」と確認を取った。
「普段もそうなの?どうぞ」
許可が降りたところでコーヒーをまた一口飲んでからタバコを咥えて火をつけた。青田はその現象も一線置いて眺めている。
「…なんかあったの、雪ちゃん」
「…ちょっと、
帰りたくなくなって」
「一人じゃん」
「んーまぁ…」
「まぁ君って嘘も音楽も口も下手だからいいんだけどさ」
見透かされそうなそれにより居心地が悪くなる。もしかすると、あのまま帰って殴り飛ばされた方がましだったのかもしれない。
だが、こうも安心はしなかったかもしれない。
「…恋人とかセフレとかは隠さないのにね。君3日も来ないし、お兄さんとなんかあった?」
一瞬ヒヤリとした。
陽一かと気が付いて「いや、」と今度ははっきりと返答する。
「…話してないと思いますが、僕、ちょっと前に自殺未遂したんですけど」
「聞いたけど?」
「あぁ、その…。
その時病室に駆け付けたの、陽一なんです」
「あ、現場直面とかじゃないんだ」
あり得なくもないが、大体はあり得ない。
「いや、
はっきりとそこは覚えてないんです。ですが、それが再会でした」
「…ふーん」
「多分、そう…。その時がきっかけで陽一と会うようになって、それも後腐れだなと思ってこの3日、連絡遮断したんですよ」
「でも、毎日会ってたわけじゃないでしょ?流石に」
「ええ」
「またやっちゃったわけ?」
言葉に詰まった。
「いや、」と答えるが、あれはどうだったんだと考えてみる。
自棄だったのは、確かだが。
「…後腐れってやつで。あいつが生きてるうちは多分、俺は死ねないよなって」
「なるほどね」
青田はにやっと笑い、「やっぱ、タイプじゃないなぁ君」と言った。
何故だかそれに救われた気がした。
「まぁ好きだけどさ。君って頑張りすぎるんじゃないかなって俺は思うよ」
そうかもしれないけど。
多分、そうじゃない。
「あ、あと君の「俺」っていうプライベート。これもわりと好きだよ。飾りなくて」
「…あぁ、はい」
「フミトくんなんだけどさ。
本命いるからダメらしいの。残念だよね~。彼もヘテロじゃないんだよ」
「あぁ、」
やっぱり。
「そんなわけで俺は寝るわ。俺は後腐れあるタイプだし、なによりもう遅いし」
なるほどな。
青田さんは意外と誰でも良いタイプでもなければ、優しいんだなと雪は少し感心してしまった。
そりゃ、タイプじゃないだろうなと、「すみません、なんか」と素直に謝罪をする。
「別に良いよ。ちょっと知れてよかったよ。
そういうんじゃないけど一緒に寝るかい?寒いしソファーは寝れないだろ?俺も酔ってるから正直不能だし」
ふざけて言う青田に雪は少しだけ、笑ってしまった。
「じゃぁ寝ようかな」と返してやれば「勘弁してよ」と突き返されてしまった。
「いや、冗談ですから」
「こっちも冗談だから。けど寝れるんだよね?君不眠症だったよね確か」
「あぁ、不眠症の不感症です」
「…最低で可哀想だねマジで」
「僕の寝顔見たいって、3日ほど前に聞きましたけど」
「言ったけど違うやつだけど本気じゃないし、本気じゃないなら止めてホントに」
「だから冗談ですから」
だが今日は何故だか寝れる気がしてきた。その意思表示に雪はソファに寝転び「おやすみなさい」と、窓に背を向け閉じた。
電気が消されて暫くしてから、青田が毛布を掛けてくれたと、それは記憶に残った。ベットに戻る青田の優しさに、物の気配はないけど、漸く人の気だけは感じた。
夢のような、耳鳴りに近い眩暈が夜に混じり溶かし合って、意識がチルアウトした。
「…すみませんこんな遅くに」
時刻は深夜2時を回っている。相変わらず自分のことしか考えていないなと思いつつ、「まあ座って」と促した青田はそれから「コーヒーしかないんだけど…」と、缶ビールを飲みながら言った。
ノートパソコンも閉じられたホテルのテーブル。当たり前ながら生活感はないが、どうにも人間味すらなかった。
「悪酔いにはコーヒーってよくないよね、きっと」
何も話せないでいる雪の前にホテルのインスタントコーヒーを置き、聞く体勢で青田はベットに座り微笑んだ。
泥水よりは血液に近い色をしたブラックコーヒーに雪は漸く口をつけ、夜空に冷えた身体を暖める。一息吐けた。今日一日自分は酷く冷えていたのだと知った。
「…彼氏?」
落ち着いたように聞いてきた青田の視線は右手の痣だった。
咄嗟に「いえ、」と言ってしまったが、浩の顔を思い出しては歯を食い縛る思いで「…そうです」と訂正するしかない。
拘束プレイだなんてなんで言ってしまったのか。いや、拘束プレイでなくてもこんなもの、女が付けるわけはないし、陽一にどんな形でも浩の存在をバレてはならなかった。
じゃぁ、何故バレてはならないか。
陽一も雪も浩を憎んでいるだろうに。
青田は笑って「違うのか」と言った。そりゃ、バレてしまうだろう。
雪は答えを探して青田を見る。青田は店とは違う、一線置いたような視線で雪を眺めていた。
「…一瞬過ったんですけどね。フミトさん?と一緒かなとか」
「ん?俺が?」
「まぁ…はい」
「落とせなかったの知ってるじゃん」
やはり青田はこれくらいの冗談なら笑ってくれるようだ。
気が楽だ。取り敢えず「タバコ吸ってもいいですか」と確認を取った。
「普段もそうなの?どうぞ」
許可が降りたところでコーヒーをまた一口飲んでからタバコを咥えて火をつけた。青田はその現象も一線置いて眺めている。
「…なんかあったの、雪ちゃん」
「…ちょっと、
帰りたくなくなって」
「一人じゃん」
「んーまぁ…」
「まぁ君って嘘も音楽も口も下手だからいいんだけどさ」
見透かされそうなそれにより居心地が悪くなる。もしかすると、あのまま帰って殴り飛ばされた方がましだったのかもしれない。
だが、こうも安心はしなかったかもしれない。
「…恋人とかセフレとかは隠さないのにね。君3日も来ないし、お兄さんとなんかあった?」
一瞬ヒヤリとした。
陽一かと気が付いて「いや、」と今度ははっきりと返答する。
「…話してないと思いますが、僕、ちょっと前に自殺未遂したんですけど」
「聞いたけど?」
「あぁ、その…。
その時病室に駆け付けたの、陽一なんです」
「あ、現場直面とかじゃないんだ」
あり得なくもないが、大体はあり得ない。
「いや、
はっきりとそこは覚えてないんです。ですが、それが再会でした」
「…ふーん」
「多分、そう…。その時がきっかけで陽一と会うようになって、それも後腐れだなと思ってこの3日、連絡遮断したんですよ」
「でも、毎日会ってたわけじゃないでしょ?流石に」
「ええ」
「またやっちゃったわけ?」
言葉に詰まった。
「いや、」と答えるが、あれはどうだったんだと考えてみる。
自棄だったのは、確かだが。
「…後腐れってやつで。あいつが生きてるうちは多分、俺は死ねないよなって」
「なるほどね」
青田はにやっと笑い、「やっぱ、タイプじゃないなぁ君」と言った。
何故だかそれに救われた気がした。
「まぁ好きだけどさ。君って頑張りすぎるんじゃないかなって俺は思うよ」
そうかもしれないけど。
多分、そうじゃない。
「あ、あと君の「俺」っていうプライベート。これもわりと好きだよ。飾りなくて」
「…あぁ、はい」
「フミトくんなんだけどさ。
本命いるからダメらしいの。残念だよね~。彼もヘテロじゃないんだよ」
「あぁ、」
やっぱり。
「そんなわけで俺は寝るわ。俺は後腐れあるタイプだし、なによりもう遅いし」
なるほどな。
青田さんは意外と誰でも良いタイプでもなければ、優しいんだなと雪は少し感心してしまった。
そりゃ、タイプじゃないだろうなと、「すみません、なんか」と素直に謝罪をする。
「別に良いよ。ちょっと知れてよかったよ。
そういうんじゃないけど一緒に寝るかい?寒いしソファーは寝れないだろ?俺も酔ってるから正直不能だし」
ふざけて言う青田に雪は少しだけ、笑ってしまった。
「じゃぁ寝ようかな」と返してやれば「勘弁してよ」と突き返されてしまった。
「いや、冗談ですから」
「こっちも冗談だから。けど寝れるんだよね?君不眠症だったよね確か」
「あぁ、不眠症の不感症です」
「…最低で可哀想だねマジで」
「僕の寝顔見たいって、3日ほど前に聞きましたけど」
「言ったけど違うやつだけど本気じゃないし、本気じゃないなら止めてホントに」
「だから冗談ですから」
だが今日は何故だか寝れる気がしてきた。その意思表示に雪はソファに寝転び「おやすみなさい」と、窓に背を向け閉じた。
電気が消されて暫くしてから、青田が毛布を掛けてくれたと、それは記憶に残った。ベットに戻る青田の優しさに、物の気配はないけど、漸く人の気だけは感じた。
夢のような、耳鳴りに近い眩暈が夜に混じり溶かし合って、意識がチルアウトした。
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