もしも秋が来たならば

二色燕𠀋

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 特に、成績が悪いわけではなかった。

 ただ、あの人は…理科準備室だったか、どこだっただろう、とにかく二人きりの部屋でデスクに置かれた俺の答案用紙をトン、トンと指で叩き「俺のこと見てるよね?」と言ったのだ。

 前後の会話は覚えていないが、多分、突拍子もないものだった、深く印象に残っている。

 俺はその時ドキドキしていた。
 先生の髪は窓の夕日に照らされると、わずかに明るさを帯びる。

 彼は、穏やかに笑う人だった。
 眼鏡は日差しにより、目が見えなくなることがある。

 どう答えたか、多分答えられなかったのかもしれないが、自分の握った手が汗で湿り、震えていたのは覚えている。そうだ、「自覚ないんだ?」と、少し余裕な、大人を感じる口調で言われたような気がする。

「また来てよ。そうだなぁ、君んとこ授業あるの、木曜日だっけ。じゃあ、その放課後に」

 それから最初の木曜日までを、長く感じたのも覚えてる。

 初めての“補修”の日の授業で俺は思った。

 彼は、スラッとしていて、白衣が似合っていたけれど、たまにずっと赤いチョークで字を書いたり、黄色いチョークで字を書いたり。それがとても気になったのだ。

 その日の授業で目が合うことは、全くなかった。
 クラスの誰かが、黒板を消す前に言っていた、「なんか変わってるよね」と。

「…これ、全部重要なのかな?」

 いまはどうやら、チョークは改良されたらしい、ちゃんと、「白は白」「赤は赤」「黄色は黄色」とわかるように。

 最初の補修の前半は、いまでは全く、なんの話をしたかを覚えていない。
 ただ、先生は優しい目をして…いたと思う、口調ははっきり覚えている。
 「こっちにおいで」と俺を引き寄せた彼がふっと唇に触れ、「可愛いね、弓田ゆみだは」と、子供のように笑ったの姿は鮮明だ。

 その時、後頭部からさっと引かれた右手の薬指には傷…何かの後があって、爪が少し割れていた。

「せんせ、」

 何かを言おうとしたハズだったけど、彼はまるで口封じのように「拒否らないんだね、やっぱり」と言ったのだった。

「変わってるよな」

 そして遠くを見て「見てるものが違うだけなんだけど」と、寂しそうに言ったその色気が、強烈だった。きっと、授業の後のあの一言が聞こえてしまったのだろう。

「弓田には桜って、何色に見えるの?」
「え?」
「あと、ひまわり。ずっと、あの花は枯れているんだと思ってたんだ、小さい頃」
「…えっと…」
「今はやらなくなったな。昔は色覚検査ってのがあったんだ。12が読めなくて」
「色覚検査?」
「そ。俺、緑色弱なんだよね」

 初めて聞いた単語だったけど、彼は笑って「ゴッホと一緒。だから内緒ね」と言った、その風景すら鮮やかに覚えている。

 後で調べて知った。男性の20人に1人の割合で発症する、大抵は遺伝的な物なんだそうだ。それも、女系から遺伝することが大半であり、しかし女性の発症率は僅かなんだそう。

 初めからわかっていた、彼と同じ世界を見ることは、俺には叶わないということを。

「…それが、初恋の相手?」

 お風呂から上がり、マルさんはドライヤーを止め、そう聞いてきた。

「…まぁ、どうなんでしょう」
「俺の知り合いにもいたなぁ。意外といるんだよな、だからあれ、今はやらなくなったらしいが」
「そうなんだ」

 ガウンを着せてくれたマルさんとベッドに戻り、二人で寝転び「それで?」と続きを促してくる。

「……いや、」

 ガウンの、下の方をついつい隠してしまった。

 血行も良くなり、ついつい、やはり忘れられたわけではない、嫌がられるだろうとそうしたのだけど、彼は察したように隠した俺の手を退け直に触ってきては、熱く大きな手で上下に慰めてくれた。

 じっと顔を見てくるので、恐る恐る手を伸ばそうとすれば、彼はわりと粗野にそれを俺に握らせてくる。別に、反応しているわけではなかった。

「…お風呂、入ったじゃん」
「どーせ金額変わねぇし、また入れば?」

 恥ずかしさにじっとそれを凝視すれば少し赤く、もしかすると痛いのかもしれないとただ触れるだけになれば、少しひんやりしていた。
 それが、落ち着くような気がして。

 彼は俺の躊躇いに気付いたらしい、少しバツが悪そうに「…外れそうになるくらいにはキツくて…」と言った。

「…気遣いは感じたのに、なんか、不思議な気分」

 俺は彼に少し身を任せ、結構あっさりまたイってしまった。
 当たり前に、思ったより出なかった。ティッシュで丸めて捨てる。

「…相性…良し、てヤツ?」
「最悪だと思うけど」
「じゃ、」
「あぁ、いいんじゃね?」

 思い出してみる。

 俺は彼にキスをした。彼も、仕方ないけどと言いたそうに返す割には、また深くなり、いつの間にか馬乗りになっていた。

 先生とは、初めの方はキスばかりをした。

 舌の絡め方やら何やら。引っ込めちゃダメとか、なんとか。俺は酸欠になりそうなほど、彼を追い続けたのだ。
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