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44話 リリィさんとアレクの過去
しおりを挟む「さあさあ、どれでも好きなもの食べてね。」
アレクが部屋から出て行った後、リリィさんはニコニコしながらテーブルに並べられたお菓子を勧めてきた。
「わあ~、どれも美味しそうで迷ってしまいますね。」
「ふふふ、好きなだけ食べていいわよ。…でもアレクが貴女のような方を選ぶとはね、なんか納得したわ。」
リリィさんは感慨深げに言った。
「それは、どういう……?」
「ああ、アレクはね、人の事はズカズカ入り込んでくるのに自分のことになると絶対立ち入らせない、そんな奴なのよ。…そうだ、私たちの昔話でもしましょうか。私が愚かで何も知らずに生きていた頃の話よ。」
そう言って、リリィさんは話し始めた。
レジナルド・ガルシアは公爵家の一人息子でそれはもう甘やかされて育てられた。長年子供に恵まれなかった両親から生まれたものだから何をしても怒られなかったし、レジナルドが欲しいと言えば何でも買ってもらえた。
抑制する人間が周りにいなかった事と見目麗しい少年だった為、レジナルドの周りにいるのは容姿だけに惹かれた令嬢達か公爵家の威光を得ようとする腰巾着のような子息達ばかりだった。
そんな彼がまともに育つわけなく我儘な性格は年を重ねるごとに酷くなっていった。そして、彼の横暴さに耐えきれない子たちが一人、また一人と彼の元を離れて行った。
しかし公爵家の子供を無下に扱う事も出来ず、他の子供たちは彼にはまるで腫れ物に触るような扱いをしていた。
レジナルドが15歳になり王立学園に入っても同じような扱いを受けていた。
途中までは。
「ここ、いいか?」
昼の食堂は学生が多く利用するため混みあっているが、レジナルドの周りには誰も座る生徒がいなかった。いつもの事だし気にすることもなく食べていたらいきなり声をかけてくる奴がいた。
食べている手を止めて見上げるとそこには黒髪で青い瞳の容姿の綺麗な少年が立っていた。
「他にも空いているとこあるじゃん。」
「ここも空いているから別にいいだろ?」
「‥‥好きにすれば。」
レジナルドはそう言ってからまた食べ始めた。
「なあ。」
「‥‥‥。」
「なあ、おい。」
「なんだよっ、さっきからうるさいな!」
「おまえさ、そのビーンズのトマト煮、さっきから手を付けていないがたべないのか? それとも好きなものは最後に食べるタイプなのか?」
「こんなもの食いもんじゃないよ。今日はこのメニューしかないから仕方なく頼んだけど。食べたいのなら施してやってもいいけど?」
レジナルドはわざと嫌味ったらしく言ってニヤリと笑った。
「じゃあ、お前はそれをどうするのか?」
「そんなの残飯にするさ、こんなに美味しくないもの食べられたものじゃないし…。」
ゴチン
いきなりその少年はレジナルドの頭に拳骨を落とした。それを見ていた食堂にいる生徒たちがざわつき始めた。
それに気にする風でもなく、いきなりレジナルドのビーンズのトマト煮の皿を取って食べ始めた。
「おお! やっぱここの食堂は何でも美味しいな。」
「おい! やるとは言ってないぞ!!」
「どうせ捨てるつもりだったのだろ? 捨てる前に俺が貰ってやっただけだ。」
「っ!! 勝手に取って食ったのは百歩譲って許してやってもいいが、なんで殴ったんだよ!!」
「ムカついたから。」
「はぁ!?」
「なんか、ムカついたんだよ。」
「‥‥‥っぷ、なんだよ、それ。あはははっ。」
なんだかおかしくなってきて、レジナルドは笑い出した。こんな破天荒な人間に会った事がなくて新鮮だったということもあったが、レジナルドはこの少年を気に入ってしまった。
「お前、名前なんて言うの?」
「アレク‥‥、アレク・ハワードだ。」
「僕は、レジナルド・ガルシアだよ。」
こうして、レジナルドはアレクの後をついて回るようになった。
アレクは別に拒むことはなかったし、アレクの自称親友と言うロイとも次第に仲良くなった。
そうしてアレク達と関わることになって、レジナルドの世界は一変した。
自分がどれだけ我儘だったのか、恵まれた環境にいたのかを知った。そして今までの我儘な自分を恥じて変わりたいと思った。
そんな時だった。
レジナルドの父親が不当に領地にいる民から税金を取り立てて私腹を肥やしていることに気づいた。
たまたま、父親が不在の時に見つけたものは裏帳簿というものだった。領地にいる役人にも金を与えて見逃してもらっていることもその帳簿には書いてあった。
あの、優しかった父がこんなことをしているなんて信じられず、それを持って家から飛び出した。
誰に相談すればいいのか…。
そんなことを考えながら街をあてもなく下を向いて歩いた。
「あれ? レジナルドじゃないか。どうした? そんな真っ青な顔して。」
ぱっと見上げるとアレクが立っていた。
隣にはアレクの父親も一緒にいた。確か、アレクの養父で騎士団長のマーカス・ハワードだ。
この人に言えば‥‥。
でも、父親の犯罪を告発したらどうなるのだろう? 公爵家はお取り潰しになるのは免れないだろうし、僕たち家族全員が死刑を宣告されるかもしれない。
そう考えたらレジナルドはガクガクと体の震えが止まらなくなった。
「おい、大丈夫か? うちが近くにあるからそこで少し休め。」
アレクが心配そうに声をかけてくる。結局、断ることが出来ずにアレクの家まで来てしまった。
「ベッドを用意させているが、少し休んでいったらいい。もし具合が悪いなら医者も呼ぶぞ。」
マーカスがそう優しく話しかけてくれる。
「それとも何か悩んでいることがあるのかい? ‥‥例えば、先ほどから君が胸に抱えているその帳簿についてとか。」
「っ!!」
それからのレジナルドは早く楽になりたいという思いもあって堰を切ったように全部話した。そして手に持っていた裏帳簿をマーカスに渡した。
アレクもその場にいてレジナルドの話を聞いていたが事の重大さがわかるのか少し表情が青ざめている。
マーカスはその裏帳簿をしばらく見ていたが、すべて見終わってからレジナルドを見て行った。
「君はこの事を知ったのは今日が初めてか?」
「はい、今まで何も知りませんでした。これを見て父のやっている事が恐ろしくなって持ち出してきました。」
「では、君がこれを持ち出したことは誰にも気づかれてない?」
「と思います。父は不在でしたから‥‥。」
「わかった。しばらくの間、君の身柄は私が預かることにしよう。ただ、これは重大な事だということを理解してくれ、アレクの友人だからと言って処罰を軽くしてもらおうとか思わないように。」
「父上っ!」
アレクの非難の声をマーカスはその鋭い眼光で黙らせた。
「…覚悟はできています。」
レジナルドは真っ直ぐマーカスの目を見返した。
「よし、アレク。俺は今から王宮に行く。お前はレジナルドが逃げないか見張っとけ。」
そう言って、マーカスはそのまま屋敷を出て行った。
「…レジナルド。父上が酷いことを言ってすまなかった。」
「…いいんだ。それだけのことを俺の父がしていたのだから。」
そうして、レジナルドの父親の罪が明るみに出た。その内容はかなり酷いものだった。
税金を多く徴収するばかりか税金の納められない家の子供を奴隷商人に売り飛ばしたり、国から渡される1年間の予算を多めに申請したりしていたらしい。
父とその領地の役人は死刑となり、公爵家はお取り潰しになった。
そして、もう一つ分かったことがあった。レジナルドは母親から生まれた子供ではなかった。
子供が出来なかった為、父親が娼婦に産ませた子供だという事がわかった。
それを知ったのが、レジナルドが公爵家のお取り潰しが決まってから屋敷に戻った時だった。
レジナルドが今まで母親と思っていた母親は今回の事で完全に気が触れていた。
「あははは! やっと死んでくれた! やっとこれで私は自由だわ、あいつが娼婦に産ませたあんたを自分の子供として育てるのがどんなに苦痛だったかわからないでしょう? もう早くどっか行って!! 私の前に二度と顔を見せないで!!!」
ケタケタと笑う女があの優しかった母親と重ならず屋敷を飛び出して思わず胃の物を全部吐いた。
一緒に来てくれたアレクは何も言わず背中をさすってくれた。
あの僕の恵まれた環境は人の不幸の上に成り立っていたことを思うと胸が苦しくて苦しくて気が狂いそうだった。
レジナルド自身の処分がまだ決まらず、レジナルドはアレクの家にお世話になっていた。
何日か経ったある日、メイスフィールド宰相がレジナルドに面会に来た。
(いよいよ、僕の処分が言い渡されるのだろう)
覚悟はしているが、応接室に向かう足はガクガク震えて今にも崩れ落ちそうだ。
「君が、レジナルド君だね。」
応接室に入るとメイスフィールド宰相とマーカス騎士団長の二人がいた。
「はい。」
「君の処分が決まったよ。父親がしたこととはいえ、事件の凶悪さと君もその恩恵を受けていた人間として刑は免れない‥‥。」
「はい‥‥。」
「が、ここで一つ提案がある。」
「なんでしょうか?」
「レジナルド・ガルシアの名を捨て別の人間として生まれ変わるというのはどうかね?」
「別の人間として生まれ変わる?」
「そうだ、顔は知れ渡っているから変えてもらうが。今度は国の為に役に立ってもらいたいのだ。どうかね?」
それはレジナルドにとって青天の霹靂のような言葉だった。
「あの、僕にでもお役に立てることがあるのですか? 犯罪者の息子ですよ?」
「それは、私達が決めることだ。」
「どうして…、僕にとっては願ってもない事ですが。処分にしては甘すぎます。」
「そう思うだろう? 私も思うのだけどねぇ。『息子が久しぶりに頼ってきた!』って喜ぶ父親がいるものだから…っごほん。まあ、持つべきものは友という奴だな。で、どうするかい?」
「‥‥わかりました。あの、僕から一つお願いがあります。」
こうして、レジナルドは国の秘密機関『影』の情報屋として働くことになった。
アレクがレジナルドの事を知ったのは全て終わった後だった。
その日、アレクは『カトレア』に初めて入った。
「あら、アレク様。お久しゅうございます。」
レジナルドがアレクの家から出て行って半年も経っていた。その間、養父のマーカスや宰相にレジナルドの行方をしつこく聞いたのだが、のらりくらりとかわされて、ようやく聞き出した話にアレクは驚愕した。
「‥‥情報屋になるだけの話だったはずだ、お前が女になる必要なんてなかったはずだぞ。」
しかも、身を売る仕事を自分から進んで選ぶなんてアレクには理解できなかった。
「まあ、自己満足の贖罪だと思っていただければいいです。」
宰相から聞いた話によると稼いだお金を領地の民の為に使ってほしいと金貨を国あてに収めているらしい。
「‥‥お前がそこまでする必要はないはずだぞ。」
「いいえ、私が食べてきたもの洋服や物もすべて領民の苦しみから得られたものです。私が今度は返す番なのです。」
リリィとなったレジナルドが淑女のように微笑む。
「すまない。俺の力が及ばないばかりに…。」
「あら、そんなこと気になさらなくてよろしいですのよ?‥‥ちやほやされるのもいいものですわ。」
「そうか…。」
「アレク様も遊んで行かれます?」
フフフといたずらっ子のような目で見た。
「いや、いい。俺はお前の事を今でも大事な友人だと思っている。」
アレクは即答で答えた。
「あははは! 冗談だよ。じゃあさ、友情の証に‥‥。」
「って言ってね。黄色のバラを13本、会うときは必ず持ってきてってお願いしたの。そしたら毎回、律義に持ってくるものだからおかしくて。」
リリィさんは面白そうに笑う。話の内容はかなりヘビィだったけど、笑って話せるということはリリィさんの中では過去の事となったのだろう。
リリィさんの話にお父様が出てきたのは意外だったけど。
「ああ、そうそう! ルイス様が昨日来たのはね。お仕事の延長のようなものだから気にしなくていいわよ。あの人はいまでもエリーゼ様お一筋なんですもの。」
「そうだったのですね。」
なんだか少し安心した。
そうして、しばらくリリィさんと話をしていたらアレクが戻ってきた。
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