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46話 奈落の底(side:ローガン)

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俺の人生が狂い始めたのは、アレクあいつのせいだと確信して言える。
侯爵家の三男として生まれ、教養・武術・魔法学などを超一流の家庭教師達に教えてもらい、その教師達が絶賛するほど優秀な子供だった。兄二人も王立学園を首席で卒業していたので、俺も余裕でできるという自信があった。

しかし、アレクあいつだけには勝てなかった。
どんなに頑張っていてもあいつは常に俺の上にいた。悔しくて、悔しくて仕方がなかった。結局は、学園であいつに勝つことはできなかった。

いつか見返してやる。
騎士団で奴より上に立ってやる! という思いから同じ騎士団に入った。
親のコネを使ってでも奴より高い地位について嘲笑してやるつもりだった。それなのに、騎士団でもあいつは最年少で第一騎士団の副団長という地位を得た。

俺は荒れた。騎士団の仕事はそつなくこなしていたが、仕事が終わると頭の悪い尻の軽そうな女どもや娼館に通いを始めた。
そんな時に娼館で知り合った男に話しかけられた。

「だんなぁ、いつも面白くない顔していますなあ~。女だけではすっきりしないのでは?」

「おまえには関係ない。あっちへ行け。」

ニタニタと胡散臭く悪い男を追い払おうとしたが、男は尚も話しかけてくる。

「いやいや~、そう言わないで私の話を少しだけ聞いてもらえませんかね。だんなにとっても悪い話じゃありませんから。」

今思えばそれが男の罠だったのだが、俺は話だけは聞いてやろうと思ってしまった。

「トランプ遊びをするところでねぇ、ちょっとした賭け事をするんですよ、憂さ晴らしにはうってつけですし勝てば小遣いが稼げるんですよ。」

「俺は金には困ってない。それに、賭け事する場所は国指定で決められているはずだが?」

「まあまあ、そんな固いこと言わずに1度行ってみませんか?」

「‥‥わかった。」

違法ならば騎士団として取り締まらないといけない。まずはその場所を見てみることにした。
そこで少し遊ぶ予定だったが、見事にその遊びに嵌ってしまった。金貨を賭けるというスリリングと勝った時の快感は気持ちのいいものだった。負けても次は勝てるとそんなことを繰り返していたらその店のツケがとんでもない金額に気づいたらなっていた。

「困りましたねぇ~、だんなの顔を立ててここまでは金の請求はしてきませんでしたが、ここまで来るとねえ~」

「次の賭けで勝てたら返す。」

「そんなことを今まで何回もおっしゃっていたじゃないですか。今回ばかりは利息分だけでも返していただかないと騎士団へ出向いて催促させていただくことになりますよ。」

「そ、それは困る!」

やっとで第二騎士団でも副団長という役職を得たのだ。これで違法な賭け事で借金をしていることがばれたら何もかも終りだ。

「そうですねえ、ではこうしましょう。だんなには少し私の仕事のお手伝いをしていただきたいのです。そうすれば、今までのツケを半分に減らしましょう。なあに、悪い事ではありません。」

「何をすればいい?」

「実は、私の商売相手で魔法具を扱っている商人がいるのですが、最近、人の足元を見て値を釣り上げてきたんですよ。こっちは昔からの付き合いなのに酷いと思いませんか? どうやら、子爵をパトロンにつけて悪い事し始めたらしいんですよ!そんなこと許せますか? だから、旦那にはその商人と子爵を捕まえていただきたいのです。」

「なるほど、不正をしているのなら捕まえるのは当然だ。」

「それとですね。その商人の息子は魔法具を作る職人でね、とても優秀らしいのですよ。奴らを逮捕する前にその息子を私に渡してほしいのです。」

「それだけでいいのか?」

「はい。あとこれは、奴らの不正の証拠です。」

何枚かの書類を渡された。内容を見たら証拠として十分だった。

「わかった。早急に手配する。」


そうして、俺は子爵と商人の罪を明らかにし逮捕した。奴らを捕まえる前に息子を誰にも気づかれぬよう拉致して男に渡した。




それから間もなく、また男に呼び出された。

「困ったことになったんですよ。だんなのお力が欲しくておよびだしたんですがねぇ。」

「今度はなんだ。」

「例の商人の息子なんですがねえ、私達が欲しがっている魔法具の設計図をどこかに隠したらしいんですよ。」

「それを俺に探せと? 本人に聞けばいいじゃないか。」

「それがねぇ、頑としてはなしてくれないのでねえ~、うちの若い者が痛めつけすぎましてね。」

「殺したのか?」

「いや、死んではいませんが‥‥。今後はどうなるのかわからないのですよ。」

「お前たちが探せないものを俺が探せるわけがないだろう。」

「いえ、旦那には会いに行ってもらいたい女がいるんですよ。」

「誰だ?」

「子爵の一人娘です。旦那もお会いしたことあるでしょう?」

「ああ、あの女か。」

父親が捕まって連れて行かれるのを青い顔をして見ていたな。

「今、『カトレア』で働いているらしいですよ。」

「何? 娼館にいるのか」

まあ、父親がああなった以上、身寄りのない者はああいう所に行くしかないだろうな。

「その女が息子とどうやら、いい仲だったようで。そこに行ってそれとなく聞いてもらいたいんですよ。私の身分であそこには入れないのでね。」

「……わかった。今回の事もツケから引いてくれるのだな?」

「もちろんでございます!」

そうして女に会いに行ったが、何も知らないようだった。





たったそれだけの事をしただけだ。
子爵と商人の悪事をあばいて捕まえただけなのに、なぜ俺が追われないといけないのだ?
冤罪? 
冗談じゃない! 俺は証拠の書類を渡されただけだ。


俺は追手から逃げるために薄暗い路地裏の道を早足で進んだ。
そんな俺の目の前にあの男が現れた。

「だんなぁ、どうやら追われているようですね。」

「頼む、助けてくれ。」

「私と旦那の仲じゃないですか、もちろん助けますよ。」

そう言って笑う男の瞳は奈落の底の様に黒かった。



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