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薬指の約束

《4》

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「何、今の……?」

 よく確かめようと目を擦ったとき、境内にザザーッと風が吹き荒れる。

 体の重心が傾きそうなほどの強い風。飛ばされないように、足を地面にぐっと踏ん張る。

 やがて風が吹き抜けて、木々のざわめきが治ったとき、また鈴の音がした。

 透明な、澄んだ音色。それに混ざって、低くゆったりとした声が耳に届く。

「かっこよくて素敵な彼氏が欲しい。それが、今のおまえの願いごとか?」

 驚いて振り向くと、わたしの隣に綺麗な顔をした和服姿の少年が立っていた。機嫌でも悪いのか、眉間に皺が寄るほど思いきり秀眉を顰めている。

 境内には誰もいなかったはずなのに。いったいどこから現れたのだろう。

 肩に軽く触れるくらいの長めの銀髪に、青紫の瞳をした少年の容姿は、かなり日本人離れしていた。

 年齢は、見た目的にわたしと同じくらいか、もしかしたらいくつか上かもしれない。瞳の色によく似た群青の着物と灰銀の袴を着た立ち姿が、やけにさまになっていた。

「あ、の……。あなたは?」

「なんだ。おまえは自分の夫になる男の名前を忘れたのか」

 少しエラそうな物言いをする和服の少年の言葉に、一瞬耳を疑う。

「今、なんと?」

「夫になる男の名前を忘れたのか、と聞いた」

 少年に真顔で返されて、わたしの頬がひきつった。

「何言ってるんですか? わたしはあなたと知り合いですらありませんけど」

 整った顔立ちをした綺麗な人ではあるけれど、初めて会ったわたしに「夫になる男だ」とか言ってくるなんて。ものすごく、怪しい。じゃなければ、頭がおかしい。

 距離をとるように身を引けば、少年がそれを縮めるように近付いてくる。そのとき、草履がジャリッと地面に擦れて、チリンと鈴の鳴る音がした。さっきから、ずっと聞こえてきた鈴の音だ。

 まさか、この人、広場にいるときからどこかに潜んで、わたしのことをつけていたんじゃ……。

 もう一度チリンと鈴の音が聞こえたかと思うと、足が地面に張り付いたみたいにそこから動けなくなった。金縛りか、不思議な魔法にでもかけられたみたいだ。

 綺麗な顔をした和服の少年が、顔を強張らせるわたしとの距離を少しずつ詰めてくる。そうして、真正面に立つと、そっと右手でわたしの頬に触れてきた。

 肌の白い少年の指は、血が通っていないかのように冷たい。けれど、わたしの目を真っ直ぐにジッと覗き込んでくる彼の青紫の瞳は、吸い込まれそうなほどに美しかった。

 ドクン、と胸を鳴らしたそのとき。少年が眉根を寄せながら、息を吐く。

「十年かかってやっと巡り合えたというのに、顔を合わせてもおれがわからないとはな。これも清良きよら様の神力が弱まった影響か」

「ちょっと待って。何の話ですか? あなたは誰? わたし、あなたにどこかで会ったことある?」

「まだ思い出さないか?」

 少年が不機嫌そうに、目を細める。

 そんなこと言われても、思い出すはずがなかった。わたしには生まれてこのかた外国人の知り合いなんてできたことがない。それなのに、しつこく絡んでくるなんて。もしかして、ストーカー的なやつなんじゃ……。
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