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消えた女神の面影
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しおりを挟む衣擦りの音ひとつ、足音ひとつたてずに歩いてきた烏月が、由椰のそばで足を止める。ドキリとして肩を揺らした由椰を、烏月が感情の読めない瞳でじっと見つめた。
どことなく威圧感のあるまなざしに由椰が身じろぐと、烏月が口を開く。
「屋敷の敷地内は、どこを歩いても構わない。だが、決して大鳥居の外には出るな。手足の先……、いや、髪の毛の先ですらおれの敷地内から出さないように気を付けろ」
烏月が、低い声で由椰に念を押す。
「はい……」
真意を読み取れないままに由椰が頷くと、ふいに、烏月の周囲で風が巻き起こる。激しい空気の揺れを感じて、由椰が顔の前に手を翳したとき、風に拐われるように烏月が消えた。
「烏月様は……」
「お部屋にお戻りになったのでしょう。泉の力を借りたとしても、山の様子全体を視るにはかなり神力が奪われるそうです」
「神力……?」
「はい。せっかくここまで歩いてきましたが、戻りましょうか。烏月様が泉の力を借りたあとは、結界が少し弛んでしまうので」
風音がそう言って、元来た道を引き返し始める。
すぐに後を追いかけた由椰だったが、ふと泉の様子が気になって振り向いた。
さっきまで烏月のいた泉の水面は、木々の隙間から差し込む太陽光に照らされて神秘的な輝きを放っている。
泉を見つめながら、由椰は最後にお清めを受けたときに聞こえてきた不思議な声のことを思い出していた。
(私が人の世に戻れなかったのは、泉の力に呼び止められたせいなのでは――?)
そんな思いが胸に過ぎったとき、
「由椰様? どうかされましたか?」
だいぶ先まで来た道を戻っていた風音が由椰を呼んだ。
「いえ……」
泉に背を向けた由椰は、急ぎ足で風音を追いかける。そのときにはもう、胸に過ぎった思いは風にさらわれたように消えてなくなっていた。
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