消えたい神様と三百年の眠りから覚めた生贄

碧月あめり

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祠と供物

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「風音さん、お米を炊きたいのですがかまどはどちらにあるのでしょう……」

 米や山菜を入れた釜を両手に抱えた由椰が、眉をさげて風音を振り返る。

 由椰に頼まれて汁に入れる団子を丸めていた風音は、粉で汚れた手を水で流すと、由椰のそばに歩み寄ってきた。

「お伝えするのを忘れていましたね。お米は、この機械を使えば簡単に炊けるんですよ」

 風音が、由椰の見たこともない変なカタチの釜の前のほうを触ると、フタが勝手にパカッと開く。

「今は、どんな妖力を使ったのですか?」

 由椰が呆気に取られて見ていると、風音がクスクスと笑った。

「今のは妖力ではありません。これは炊飯器と言って、電気でごはんを炊く機械です。フタにボタンが付いていて、押すと自動で開くんです。中に米と水を入れてスイッチを押せば一時間ほどでごはんが炊けるんですよ」
「電気……?」

 そういえば、麓の村で暮らしていたとき、外の国では火ではなく、石炭などを燃料にした灯りが使われていると聞いたことがある。

「人の世では、もうかまどで米は炊かないのですか?」
「私はあまり人里に降りることがないので詳しくありませんが、一般の家庭ではこの炊飯器という機械が使われているんだそうです。でも、今日は釜で炊きましょう。私も兄も泰吉さんも、釜で炊いたごはんは大好きです」

 風音は、にこっと微笑むと、由椰を不思議なカタチの器具がついた台の前へと導いた。

「由椰様、ここに釜をのせてください」

 風音に言われて、由椰が台の上に釜を置く。

「こう、ですか?」
「はい。では、火をつけますね」

 風音が台の下についている小さな丸い突起をつまんで捻ると、カチカチッと音がして、ボゥッと火が点いた。驚いて一歩後ずさる由椰だったが、すぐに釜の下で火が燃えていることに気が付いて目を瞠る。

「今の一瞬で火が……?」

 料理をするにも風呂を沸かすにも、薪を燃やしていた火を起こしてきた由椰には、目の前で起きたことが俄かに信じられないとだった。

「井戸に汲みにいかなくても水が出てきたり、薪がなくても火が燃えたり、食べ物を新鮮なままで保存できたり……。この屋敷の台所にあるのは、私が暮らしていた頃にはなかったものばかりですね」

 水道やガスコンロ、炊飯器、冷蔵庫など。由椰にとっては、見るもの全てが新鮮で不思議だ。それらのものは全て、定期的に人里に降りている泰吉が持ち込んできたものらしい。

 風音にいろいろと器具の使い方を教えてもらって由椰が作ったのは、山菜とキノコの釜飯と根菜たっぷりの団子汁だった。

 炊事場に釜飯の炊けるいい香りが漂いはじめた頃、泰吉がやってくる。

「由椰様、食事をいただきに来ました」
「お待ちしていました、泰吉さん。ちょうど今、釜飯が炊けたところです。すぐに器によそうので、座って待っていてください。風音さんに、向こうの部屋に座卓を用意してもらったので……」

 由椰が炊事場の小上がりの和室に泰吉を案内しようとしたとき、彼の後ろに隠れるようにして風夜が立っているのが見えた。風夜と顔を合わすのは、烏月の屋敷に来て七日目に泉でのお清めをしてもらって以来だ。

「風夜さんもいっしょだったのですね」

 由椰が声をかけると、風夜が気まずそうに顔をそらす。

「泰吉にしつこく誘われて仕方なく……」
「そうでしたか。たくさん作ったので、風夜さんも召し上がってください」

 たとえ泰吉に引っ張ってこられたせいだとしても、由椰には風夜が来てくれたことが嬉しかった。

 風夜は、七日間の泉でのお清めで由椰が人の世に戻ることができなかったことにあからさまにガッカリしていたから、嫌われているものだと思っていたのだ。
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