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神様との約束
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しおりを挟む大鳥居の外に出た由椰は、木々の乱立する山の中をさまよい歩いていた。
神無司山の麓の村で育った由椰は、山道にもそれなりに慣れているつもりだった。幼い頃は母と山菜を採りに山に入っていたし、山の中腹にある小さな祠に年に数回お詣りにも行っていた。
それが、今は自分がどの方向に進んでいるのか、右も左もわからない。烏月の屋敷を出たあと、ひとまず山の麓を目指そうとしたが、二神山の中は想像以上に荒れていて、前に進むことも困難だ。
地面には、木の根っこが盛り上がって飛び出てきているところがいくつもあって、躓いて引っかかる度に、草履の足にすり傷が増える。
おまけに天候も最悪で、最初は遠かった雷鳴が徐々に近付いてきていた。湿気の孕んだ空気に、雨の匂いが混じる。本格的に雨が降り出すのも、時間の問題だろう。
ただでさえ視界の悪い山道で、雨が降り出せば、さらに歩くことが困難になる。
由椰はいったん麓を目指すことを諦めて、雨から身を守れる場所を探すことにした。
足場の良い道を選びながらしばらく進んでいくと、大きな木の根元に、由椰がしゃがめば隠れられそうな洞を見つける。そこに身を隠そうとしたとき、由椰の目の前をざざーっと黒い影が横切った。
「さっきからおかしな匂いがすると思えば……。人間の女の匂いだったか」
由椰の前に現れたのは、藍色の着物の銀髪の男だった。尖った眦で、由椰のことを値踏みするように見下ろしてくる男の後ろで、黄金色の尾が三つ、ゆらりと妖しく揺れている。
人の類いではないということは、男の見た目と醸し出す雰囲気ですぐにわかる。この男も、風音たちと同じあやかしなのだろう。
だが、男の纏う気配は、風音や風夜や泰吉と違い、粗野で恐ろしい。
本能的に危険を感じて由椰が数歩後ずさると、銀髪の男がニヤリと卑しく笑んだ。
「ああ。もしかしてお前、最近、烏月のところの鴉と狸が連れてったったいう、神無司山の生贄か」
そう言うと、男は目に見えぬ速さで移動して、由椰との距離を詰めてきた。
ケモノのような長い爪をした男の手が、由椰の手首を乱暴につかむ。それから、反射的に身をひこうとする由椰の首元に顔を近付けて、スンッと鼻をひくつかせた。
「やはり。人の匂いに混じって天狗の屋敷の匂いがするな。人嫌いの烏月が珍しく大事に囲っているというから、この辺の放浪あやかし達のあいだで随分噂になっていた。お前を捕まえて喰えば、烏月に勝る妖力が得られるのではないかと」
男が由椰を見つめて、ぺろりと口の周りを舐める。
「烏月の屋敷には鴉と狸のほかは誰も立ち入れず、誰も噂の真偽を確かめることはできなかったが……。こんなところで出会うとは幸運だ。なぜ、屋敷から出てきた? それとも、よそ者嫌いの烏月に見捨てられたか?」
ニヤリとしながら訊ねてくる男に、由椰は何も答えられずに目を伏せた。
不躾な態度の男の言葉を認めたくはないが、彼の言うとおり、「よそ者」の由椰は烏月に見捨てられてしまったのだ。
「そうか。ならば、遠慮なく喰らってやってよさそうだな。頭の先から足の先まで、余すことなく俺がお前を喰ってやる」
ギラリと赤く目を光らせると、男が洞のある木の根元へと由椰の体を押し倒す。
「嫌っ……」
由椰が悲鳴をあげたとき、あたりに突風が吹き荒れ、バリバリッとものすごい音がして雷が落ちた。
次の瞬間、
「ぎゃあーっ!」
と痛々しい悲鳴が響いて、由椰を取り押さえていた銀髪の男が吹き飛ばされる。
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