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人里にて
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しおりを挟む泰吉と風夜に連れられて二神山を降りた由椰は、山の麓に広がる景色に目を見張った。
由椰が麓の村で暮らしていた頃、神無司山から二神山まで続いていた田畑や畦道が全てなくなっていたからだ。
田畑の間ににぽつぽつと間隔を空けて立っていた木造の平屋はひとつもなく、あるのは奇妙な形の家と、四角く背の高い建物ばかり。それらが、土地全体に覆ってひしめくように建っている。
馬や牛が荷台を引いて歩いていた道の上は、なにか土よりももっと頑丈そうなもので固められていて、その上を車輪のついた妙な形の乗り物が行き来している。
由椰が呆然と見ていると、「あれは車という乗り物です」と、泰吉が教えてくれた。馬よりも速いスピードで走り、国中どこへでも行けるらしい。
道行く人々も、由椰のような着物ではなくて、泰吉や風夜が着てきた動きやすそうな格好をしていた。
「最近はみんな、着物と草履ではなく、洋服と靴を身に付けるんですよ。由椰様はどうされますか?」
今朝、出かける由椰の準備を手伝ってくれた風音がそう言って、一枚の布で作られた「ワンピース」というものを見せてくれた。
風音に勧められるままに身につけてみたが、ワンピースは、首周りも腰回りも、裾の広がった足元もスースーとして、どうにも心許なかった。
「最近の人里では、着物を着るのはおかしいでしょうか」
と由椰が聞くと、
「お洒落で着物を着たり、あえて和装で出かける方もいらっしゃるので問題ないかと思いますよ。由椰様はお着物がよくお似合いですものね」
と風音が言ってくれたので、ほっとしたのだ。
烏月の屋敷に迎えに来てくれた泰吉と風夜は着物ではなく、シャツやTシャツ、ズボンと呼ばれるものを着ていて、いつもとは違う風変わりな格好をしたふたりを、由椰は少し奇妙だなと思った。
だが、実際に人里に降りてきてみると、泰吉や風夜の格好こそ町の背景にしっくりと溶け込んでいて、千草色の着物姿の由椰のほうが、周囲から少しばかり浮いている。
泰吉と風夜に連れられて歩いていると、ときどき由椰へと視線が向けられているような気がして気になった。
由椰の格好がおかしいのか、それとも、風音にしっかりと髪を結い上げられたおかげで見えている左右色違いの目を気味悪く思われているのか。どちらかわからず、由椰は背中を丸めて下を向いた。
烏月の屋敷にいるあいだ、人目を気にすることを忘れていたが、見知らぬ他人の目に晒された途端に自分の容姿に自信がなくなる。
風音に申し訳ないと思いながらも、綺麗に結ってもらった髪を下ろそうと耳の横に手をかける。
「大丈夫ですよ」
髪を下ろそうとする由椰を止めたのは、穏やかな泰吉の声だった。
「何も気にせず、顔をあげていてください。周りの視線が集まるのは由椰様がお綺麗だからで、目の色の違いであなたのことを蔑んでいるわけではありませんから。今の人の世では、見た目で人を判断するなって教えられるんですよ。多様性の時代ですから」
「多様性……?」
長い時を生き、人里とよく行き来をしている泰吉は、ときどきよくわからないことを言う。
「ひとりひとり違っていていいってことです」
小首をかしげる由椰に、泰吉は笑って教えてくれた。
金色と青色の由椰の色違いの目も良い、、、ということだろうか。麓の村にいた頃、誰もが気味悪がって遠ざけた由椰の目の色を……?
いつも好意的なことしか言わない泰吉の言葉を、由椰は半信半疑で受け止める。
耳元に手をあてたまま、由椰が髪をおろしてしまうかどうか迷っていると、それまで黙っていた風夜がボソッと言った。
「昨今の人の世では、誰も、自分が思うほど他人のことを気にかけていませんよ」
少し乱暴な物言いだったが、普段から由椰を甘やかすことのない風夜の言葉がすんなりと由椰の耳に入ってくる。
耳元にかけた手をはずして顔をあげると、視界が開けて視野が広くなる。
たくさんの建物がひしめき合う町には、由椰が暮らしていた村の何倍もの人がいた。
由椰たちの前や後ろから来る人たちは、みんな急ぎ足で歩いていて、風夜の言うとおり周囲の人間の顔などまともに見ていない。
それがわかって初めて、由椰は思いきり息を吸い込むことができたのだった。
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