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祭りの夜
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金魚の袋の向こうに映る烏月から、由椰がそっと視線をそらすと、
「少し休むか」
烏月が提灯のあまりかかっていない、参道の脇道に視線を向ける。
「はい」
由椰が小さくうなずくと、烏月は人通りの少ない脇道へと由椰を連れて行ってくれた。そこの低い石垣に腰をおろすと、由椰は草履を脱いで足の指を握ったり開いたりと動かした。
「疲れたか?」
「足が少し。でも、それ以上に楽しいです。幼い頃に母に連れて行ってもらった祭りよりも、ここは随分と規模が大きくて華やかで」
ふわりと笑う由椰に、烏月が「そうか」と頷く。
「烏月様、今日は本当に――」
由椰が感謝の気持ちを伝えようとしたとき、突然、ざわりと空気が揺れた。
つい一瞬前まで、穏やかな表情で座っていた烏月が、それに気付いて顔を強張らせる。次の瞬間、周囲の木々が騒がしく風に揺れ始め、烏月と由椰の前で小さな風の渦が巻き起こり、風夜が姿を現した。
「烏月様、失礼いたします」
背中の黒い羽をたたむと、風夜が烏月の前で膝をつく。
「なにかあったのか?」
「気になることがございましたので、ご報告を。この祭りに、二神山の敷地を荒らしている野狐が紛れ込んでいるようです」
淡々とした口調で伝えられる風夜の言葉に、烏月がわずかに頬を引きつらせる。
「確かか?」
「泰吉がかなり強めに野狐の匂いを感じると……。泰吉の鼻を頼りに辿っていくと、本堂の裏のほうから確かに野狐の気配がいたしました。何か悪さを始める前にここから追い払うつもりですが、どうかお気をつけて」
風夜がそう言って、風に紛れて闇夜に消えようとする。だが、それを「いや、待て」と烏月が低い声で呼び止めた。
「おれもともに向かおう。由椰、しばらくここで待っていられるか」
烏月が静かに立ち上がりながら言うと、風夜が由椰を気遣うように見てきた。
「ですが、烏月様……」
風夜は、祭りを楽しんでいたところに水を差したと気に病んでいるのだろう。だが、長い時間、烏月を独り占めにした由椰の心は、もう十分に満たされていた。
「はい。私はここでしばらく休んでいるので、行ってきてください」
由椰が微笑むと、烏月は少し名残惜しそうに目を細めて頷いた。
「まもなく、風音が来るだろう。おれが戻るまでは、風音とともにここにいろ。すぐに戻る」
烏月はそう言い残すと、風夜とともに風にまぎれて姿を消した。
「少し休むか」
烏月が提灯のあまりかかっていない、参道の脇道に視線を向ける。
「はい」
由椰が小さくうなずくと、烏月は人通りの少ない脇道へと由椰を連れて行ってくれた。そこの低い石垣に腰をおろすと、由椰は草履を脱いで足の指を握ったり開いたりと動かした。
「疲れたか?」
「足が少し。でも、それ以上に楽しいです。幼い頃に母に連れて行ってもらった祭りよりも、ここは随分と規模が大きくて華やかで」
ふわりと笑う由椰に、烏月が「そうか」と頷く。
「烏月様、今日は本当に――」
由椰が感謝の気持ちを伝えようとしたとき、突然、ざわりと空気が揺れた。
つい一瞬前まで、穏やかな表情で座っていた烏月が、それに気付いて顔を強張らせる。次の瞬間、周囲の木々が騒がしく風に揺れ始め、烏月と由椰の前で小さな風の渦が巻き起こり、風夜が姿を現した。
「烏月様、失礼いたします」
背中の黒い羽をたたむと、風夜が烏月の前で膝をつく。
「なにかあったのか?」
「気になることがございましたので、ご報告を。この祭りに、二神山の敷地を荒らしている野狐が紛れ込んでいるようです」
淡々とした口調で伝えられる風夜の言葉に、烏月がわずかに頬を引きつらせる。
「確かか?」
「泰吉がかなり強めに野狐の匂いを感じると……。泰吉の鼻を頼りに辿っていくと、本堂の裏のほうから確かに野狐の気配がいたしました。何か悪さを始める前にここから追い払うつもりですが、どうかお気をつけて」
風夜がそう言って、風に紛れて闇夜に消えようとする。だが、それを「いや、待て」と烏月が低い声で呼び止めた。
「おれもともに向かおう。由椰、しばらくここで待っていられるか」
烏月が静かに立ち上がりながら言うと、風夜が由椰を気遣うように見てきた。
「ですが、烏月様……」
風夜は、祭りを楽しんでいたところに水を差したと気に病んでいるのだろう。だが、長い時間、烏月を独り占めにした由椰の心は、もう十分に満たされていた。
「はい。私はここでしばらく休んでいるので、行ってきてください」
由椰が微笑むと、烏月は少し名残惜しそうに目を細めて頷いた。
「まもなく、風音が来るだろう。おれが戻るまでは、風音とともにここにいろ。すぐに戻る」
烏月はそう言い残すと、風夜とともに風にまぎれて姿を消した。
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