消えたい神様と三百年の眠りから覚めた生贄

碧月あめり

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祭りの夜

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 祭りの夜はとても長く、そのあとも、由椰は烏月とともに屋台の並ぶ参道をいろいろと見て歩いた。

 綺麗な色の甘い蜜がかかった氷や焼き鳥を食べたり、水の中に浮かぶ色とりどりのヨーヨーを小さな針金を付けた紙縒りで掬って遊んだり。烏月とともに体験する全てのことが由椰には初めてで楽しかった。

 人ごみの中をかなり歩いて、本堂近くに建てられた櫓の近くまでやってきたとき、銀色の四角い桶の中で赤や黒の小さな魚が泳いでいるのが由椰の目に留まった。

「あれは金魚ですか?」

 カラカラと下駄を鳴らして近付くと、烏月もあとからついてくる。

 麓の村にいた頃に、由椰は絵に描かれた金魚を見たことがあった。村長の屋敷で、街中では金魚を掬う遊戯があるというのを聞いたこともある。だが、実物の金魚を見るのは初めてだ。

 銀色の浅い桶の水の中には、赤や黒の小さな金魚がたくさん入れられている。尾びれをゆらゆらと揺らして泳ぐ金魚たちで作られた、赤と黒のまだら模様が美しい。

「お姉さん、一回三百円だよ」

 由椰がぼんやりと眺めていると、屋台の店番の男が和紙の貼られたポイと水の入った丸い銀の容器を渡してきた。

「あの、私はまだ……」

 ただ金魚を眺めるだけのつもりが、金魚を掬うための道具を渡されて困っていると、烏月が由椰の横から硬貨を三枚男に手渡した。

「やってみてもいい。その代わり、掬った魚を連れ帰るなら、お前がきちんと世話をしろ」
「よいのですか?」
「お前に任せる」

 金だけ払って、烏月がふいっと屋台の端にずれる。少し離れたところに腕組して立った烏月は、そこから由椰が金魚を掬うのを見ているつもりのようだ。

「空いてる場所で掬っていいよ」

 店番の男に言われて、由椰は着物の裾を押さえながら桶の前にしゃがむ。それからポイを持った袖を捲ると、桶の中を泳ぎ回る小さな金魚をじっと見つめた。

 周りで金魚を掬っている人を見ていると、和紙でできた網は長く水につけると弱くなり、簡単に破れてしまうらしい。

 水面に網を差し入れるだけで、危険を察知して四方八方に逃げていく金魚を掬うのは随分と難しそうだ。赤がいいとか、黒がいいとか、大きいほうがいいとか、小さいほうがいいとか。選んで掬う余裕はない。

 しばらく桶の中を見つめていた由椰は、水面に立った波が落ち着いて、金魚たちの動きが緩やかになるのを慎重に見極めてから、ポイを水中に差し込んだ。

 丸い和紙の中央に赤い金魚をとらえたところをすばやく掬い上げて手元の容器に移すと、その中で、金魚の赤い尾びれがゆらりと揺れる。

「烏月様、掬いました!」

 由椰がつい興奮して浴衣の袖を振って叫ぶと、烏月が口元に手をあてる。笑いをこらえているような烏月の様子を見て、由椰は恥ずかしさに頬を火照らせた。

(私ってば、なにを子どものように……)

 慌てて下を向くと、もう一度、金魚の泳ぐ桶を見つめる。もう一、二匹掬おうと挑戦したが、それからは最初のようにうまくはいかず――。

 店番の男が、水の入った透明の袋に由椰のとった赤い金魚を入れてくれた。それから銀の丸い容器で黒い金魚を一匹掬うと、

「ひとつはおまけね」

 と、赤い金魚とともに透明の袋に入れて渡してくれる。

「ありがとうございます」

 由椰が、透明の袋の中で尾びれを揺らす赤と黒の金魚を眺めていると、烏月がゆっくりと近付いてきた。

「二匹もとれたのか?」
「ひとつはおまけをしていただきました」
「よかったな」

 満足そうに口角をあげる由椰に、烏月が優しいまなざしを向ける。金魚の袋越しに揺らいで見えた烏月の表情に、由椰の胸がドキリと鳴った。

 初めて会ったときから、美しい烏月の姿に由椰は胸の高鳴りを鳴ることが何度もあった。それは、神様としての烏月の尊さに心が動き、三百年の眠りから目覚めて居場所をなくした由椰を屋敷においてくれた感謝の気持ちから起きているものだと思っていた。

 だが、今宵は、ふいに向けられる烏月の優しいまなざしに、由椰の胸はきゅっと縮まったり、激しく動悸したり。ときどき、ひどく落ち着かない。

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