消えたい神様と三百年の眠りから覚めた生贄

碧月あめり

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想いの残るもの

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 その日の夕飯は、泰吉の希望ですき焼きだった。

 麓の祭りの最終日に偵察のために人里へ降りていた泰吉が、美味しそうな肉を持ち帰ってきたのだ。

「祭りの期間は山の見回りや麓の偵察が普段より忙しかったし、美味しいものでも食べましょう」

 泰吉は肉や野菜のほかに、酒を持ち込んでいて、烏月や風夜にも飲むよう勧めている。

 酒を飲みながらの食事は楽しそうで、たくさん用意したすき焼きの鍋は、あっという間に空になってしまった。

「あ~、美味かった」

 鍋のシメにうどんを食べて、お腹がいっぱいになると、泰吉がごろんと仰向けに転がった。

 酒を飲んで気が緩んだのか、泰吉の背中の横からふわっとした茶色の尾が見えている。

「由椰様、今日もありがとうございます。あれ、なんか由椰様の金魚、増えてません? いーちぃ、にーい、さーん……」

 仰向けに寝転んで水槽の硝子に指を伸ばす泰吉は、どうやらかなり酔っているらしい。

「おい、狸。調子に乗って飲みすぎだ」

 呆れたように泰吉を見下ろす風夜も、今夜は少し顔が赤い。

「飲みすぎなのは兄様もですよ。眠ってしまって由椰様や烏月様に迷惑をかける前に、ここから引き上げますからね」

 氷の入った水をふたつ運んできた風音が、泰吉と風夜の前に置く。それから、ぼんやりと金魚を数えている泰吉を起き上がらせた。風音は小柄な見た目に反して、結構な力持ちだ。

 だが、風音には起こされたあとも、泰吉は座卓に突っ伏してぐだぐだとしている。

「大丈夫ですよ、風音さん。炊事場の後片付けが終わるまでは、座敷でゆっくりしていてもらっても……」

 由椰が笑って言うと、「だめですよ、由椰様」と風音がきっぱりと首を横に振った。

「この人たちを甘やかせば、朝までここでぐっすりです。ほら、泰吉さん、水を飲んで。兄様も」
「えー、由椰様がいいって言ってるんだから、もう少しここでゆっくりさせてよ」
「だめですよ、泰吉さん。もう夜も遅いんですから。ほら、兄様もしっかりして」

 風夜もいつのまにか座卓に肘をついてウトウトとし始めていて、見た目よりも酔っているらしい。

 しっかり者の風音は酔っ払いの泰吉と風夜を叩き起こすと、ふたりの背中を押して炊事場の外へと連れて行く。

「このふたりを別の部屋で寝かせたら、後片付けを手伝いますね。しばらくしてから戻ってきます」

 風音はそう言うと、烏月と由椰を残して炊事場を出た。戸を閉めるとき、風音が由椰にだけわかるように、こっそりと目配せをする。

 風音からの無言の合図を受け取った由椰は、はっとした。

 小上がりの座敷には、烏月と由椰のふたりきり。風音は、由椰が烏月に耳飾りを渡せるように、意図的に泰吉と風夜を炊事場から遠ざけてくれたようなのだ。

 由椰の着物の袖の中には、風音には頼んで買ってきてもらった耳飾りが入っている。機会を見計らって渡すつもりでいたが、心の準備のないままに烏月とふたりきりになって緊張してしまう。

 しかし、せっかく風音が気を利かせてくれたのだ。烏月に祭りに連れて行ってもらったお礼を言うなら今しかない。

「あ、の……。烏月様……」

 由椰がドキドキしながら袖の中に手を入れようとしたとき、

「おれも今夜はだいぶ酒が回った。そろそろ部屋に戻る」

 烏月が、胡座の足を崩して膝を立てた。ゆらりと立ち上がった烏月が、そのまま去ろうとする。

「烏月様、お待ちください……!」

(このままでは、お礼を言う機会を失ってしまう……)

 慌てた由椰は、膝をつくと、咄嗟に烏月の着物の袖を引っ張った。

「な、に……」

 酒に酔っていたのもあり、不意打ちを受けた烏月が、ぐらりと後ろによろける。

「烏月様……?」

 ゆっくりと倒れてくる烏月の背中を前に、由椰は顔面蒼白になる。焦って手を広げると、尻餅をついた烏月の背中が由椰の腕の中に落ちてきた。

「申し訳ありません……。大丈夫ですか?」

 腕にずしっと乗っかってきた重みに耐えながら尋ねると、烏月が肩越しに振り向く。その瞬間、酒でほんのりと朱に染まった烏月と額がぶつかり合いそうなくらいに距離が近付き、由椰は口から心臓が飛び出しそうになった。

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