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想いの残るもの
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しおりを挟む「おれのほうこそ、すまない。大丈夫か?」
鼻先に烏月の吐息がかかり、由椰の心臓がドクドクと鳴る。
「だ、大丈夫です……!」
由椰が顔を赤くしてうつむくと、そのとき初めて近すぎる距離に気付いたように、烏月が後ろに身を引いた。
互いに少し距離をとって正座で向かい合うと、由椰も烏月も相手の様子を窺い黙り込む。
「……なにか、おれに話すことでもあったか」
しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのは烏月だった。
酒の酔いも冷めてきたのか、烏月の顔からは先ほどよりも赤みが引いている。
ほとんど同じ目線の高さで烏月の金色の瞳に正面から見つめられ、由椰の胸が高鳴った。
「はい……」
烏月の問いかけに小さく頷くと、いよいよ緊張が増してくる。
「烏月様に、祭りの夜のお礼をお伝えしたくて……」
「礼なら、祭りの夜に言われたはずだが」
「いえ。言葉としてのお礼ではないのです。手鏡や、祭りの夜にくださったもののお礼を、私も何か形のあるもので烏月様にお返ししたいのです。どうかこれを、もらっていただけませんか?」
由椰が着物の袖に入れていた木箱を取り出して蓋を開けると、黒い石の耳飾りが部屋の橙色の灯籠に照らされて艶やかに輝いた。
「これをどこで……?」
「連れて行っていただいた祭りの出店で手に入れたものです。と言っても、不当に取ってきたものではありませんよ。私が生贄に出されたときに身に付けていた鼈甲の簪をお金に変えて買ったのです」
木箱の中の耳飾りを訝しげに見つめる烏月に、由椰が早口で説明する。
「実際に簪をお金に変えたのも、耳飾りを買ってきてくださったのも風音さんなのですが……。祭りの日にこれを見つけたのは私です。烏月様にお似合いになるのでは、と一目見て思いました。これは、私からのささやかなお礼の気持ちです」
由椰は耳飾りの入った木箱を烏月のほうに少し押しやると、膝の前に指をついて頭を下げた。
由椰がドキドキと胸を高鳴らせながら反応を待っていると、烏月が色白の綺麗な手をずっと伸ばして木箱に蓋をする。
「気持ちはありがたいが、これをもらうことはできない」
姿勢を低くする由椰の上から、抑揚のない烏月の声が聞こえてくる。
拒絶するわけではないが、受け入れるわけでもない。感情の見えない平坦な声の響きに、由椰の心が沈んだ。
「どうしてですか……?」
かろうじて、そう訊ねた由椰だが、顔を上げることはできなかった。烏月がどんな表情で由椰を見ているか想像すると怖かった。
烏滸がましくも、由椰は烏月が贈り物の耳飾りを喜んでくれると思っていたのだ。金色の目を細めた烏月が由椰に優しく笑いかけてくれるところを想像していた。それが、ただの驕りだとも気付かずに。
「理由は簡単だ。お前の魂はいつか、人の世に戻る。祭りで出会ったあの男のように、新しい生を受けることができる。ここは、お前が人の世に戻るまでの仮住まいの宿だ。だからこそ、ここに想いのあるものを残していってはいけない」
烏月の口調は穏やかだが、その言葉のひとつひとつが、鋭利な刃物となって由椰の胸に突き刺さる。
「烏月様は、初めからずっと、私が人の世に戻ることをお望みなのですよね……」
「そのほうが、お前もしあわせになれる」
「そうでしょうか……?」
「祭りで会った男とは何か縁があったようだが、自分を知る者と会ってなにか変化はなかったか?」
「……いえ。特には」
畳についた由椰の指が、微かに震える。由椰は、烏月に還された木箱を手元に引き寄せると、震える指とともに、それを手のひらの中にぎゅっと握り込んだ。
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