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想いの残るもの
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しおりを挟む「差し出がましいことをして、大変申し訳ありません……」
震える声でそう言うと、由椰は木箱を手にして下を向いたまま、ゆっくりと立ち上がった。
「お先に失礼いたします」
座敷を降りて、炊事場の入り口まで歩いていくと、烏月を振り向くことなく後ろ手に引き戸を閉める。背中でカタンと音が鳴るのを聞いた瞬間、由椰はついに堪えきれなくなって屋敷の外まで一瞬も止まらずに廊下を駆けた。
座卓の片付けが終わっていなかったが、今の由椰には烏月の前で平静さを保つことが難しい。
耳飾りの入った木箱を抱えて走りながら、由椰は、自分の心の「変化」について考えていた。
烏月は、初めから由椰が人の世に戻ることを望んでいた。由椰が屋敷への滞在を許されているのは、人の世に戻れなかった由椰に情けをかけてくれたからだ。由椰もそれをわかっていて、人の世での未練を思い出せるようにいろいろなことをした。
麓の村にいる頃のように料理をしたり、祠の掃除をしたり。今の人里に降りてみたり、母との思い出のある祭りにも出かけた。
屋敷に来てから、風音や泰吉や風夜に優しくしてもらった。初めは少し冷たかった烏月も、由椰に笑いかけてくれるようになった。
麓の村では色違いの目のせいで人から不気味がられてきたが、烏月の屋敷で初めて、由椰は「由椰」としての存在を認められて許された。
烏月の屋敷にいるうちに、人の世で暮らしていた頃に由椰が感じていた生き辛さや苦しさは消えてなくなった。
大鳥居の中の烏月の屋敷は、由椰には居心地がよくて、自分が仮住まいの身であることを忘れそうになる。
烏月の言うとおり、由椰は「変化」している。でもそれは、人の世への未練を思い出したからでも、与市に再会したせいでもない。
烏月や風音……、人の世からは隔絶されたこの場所での出会いが由椰の心を変えた。
由椰が留まりたいと思うのは、烏月の暮らす幽世。さらに悪いことに、由椰が烏月に抱く気持ちも、神様として尊ぶものから、もっと特別な想いに変化している。
玄関の戸を乱暴に引き開けて外に飛び出した由椰は、祠のそばで足を止めた。
烏月自身でもあるという、古びた木造の祠をしばらくじっと眺めたあと、手の中に握りしめていた木箱をそっと置く。
感謝の気持ちを込めた贈り物の耳飾りは、烏月に受け取ってもらえなかった。だがせめて、供物として捧げることは許してほしい。
由椰は祠の前で手を合わせると目を閉じた。
(思い上がっていた私を許してください。それでも私の心は——、もう少しあなたのそばにいたいと希ってしまうのです……)
目を閉じた由椰の目尻から、涙がぽとりと零れ落ちる。その雫が、古い祠を少し濡らした。
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