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時瀬 蒼生・1
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榊の家は、高校から徒歩十分の場所にあるらしい。電車通学のおれは、学校を出たらすぐに榊とはさよならだ。
「なんかさ、腹減らない?」
おれとは違う方向に帰って行こうとする榊を呼び止めると、振り向いた彼女が首を傾げる。
「お腹空いてるなら、絵に付き合ってもらったお礼に何かおごろうか」
適当に流されるかと思ったのに、にこっと笑った榊がそんな提案をされて胸が躍った。
「じゃあ、駅前のマック行く?」
「いいよ」
榊と駅前まで並んで歩く間、これと言って会話が盛り上がっているわけでもないのに、おれの気持ちはふわふわと少し浮かれていた。
駅前のマックで、榊は苺のシェイクを、おれはポテトとコーラを頼む。
お金は自分で払うつもりだったけど、レジ前で財布をだしたおれの横で、榊が「絶対に奢る」と譲らないいので、ここは潔く奢ってもらうことにした。
「おれ、二階に席取っとくわ」
「あ、うん。だったら、わたしのカバンをテーブルに置いといてほしい。目印に」
スクールバッグを肩から下ろした榊が、そこから財布だけを取り出しておれに預けてくる。
目印って、これか……?
榊のスクールバッグには、白くてふわふわしたクマのぬいぐるみのキーホルダーがぶら下がっている。
最近いろんな企業ともコラボしている人気シリーズのキャラクターだ。
中学生のとき、三ヶ月くらい付き合った女の子がこのシリーズのキャラクターが好きで、文房具とかキーホルダーを持ってた気がする。
榊も、好きなのかな。
差し出されたカバンにくっついてゆらゆらしているキーホルダーのぬいぐるみを眺めていると、榊が不思議そうに首を傾げた。
「時瀬くん?」
「あー、了解。持ってっとく」
「それでは、千円からお預かりします」
カバンを受け取るおれの声にレジの店員の声が重なる。おれから注意を逸らした榊が、指で髪を耳にかけた。その横顔を無意識に見つめてしまっている自分にハッとする。
席取っとくって言ったくせに、何やってんだ。
慌てて自分を諌めると、おれは早足で二階席に続く階段を上がった。
マックの二階席は、学生や子連れで休憩しにきている母親たちのグループでまぁまぁ混んでいた。
できれば人の出入りが少ないフロアの奥の席に座りたかったけど、残念ながら、階段をあがってきてすぐの狭い二人席しか空いていない。
とりあえず、その二人席を確保すると、おれはテーブルを挟んで向かい側の椅子に榊のカバンを置いた。
階段をちらちらと気にしながらスマホを触って待っていると、ポテトとドリンクを載せたトレーを持った榊がやってきた。
振り向いてくれさえすれば目が合うくらいの距離に座っているのに、榊はおれに気付かず、フロアの奥のほうの席ばかりを探してきょろきょろとしている。
「榊」
呼びかけてみたけど、周囲の客たちの話し声に紛れて聞こえないのか、それとも鈍いのか。榊はひとつひとつのテーブルを確認するように見ながら、フロアの奥へと足を進めようとしていた。
「なあ、どこ行ってんの?」
榊の背中を早足で追いかけると、横からトレーをつかむ。
「ひゃっ……!」
普通に呼び止めたつもりだったのに、振り向いた榊は目を剥いて、喉をぎゅっと締め付けられたかのような声になりきらない悲鳴をあげた。
榊の怯えたような反応に、結構傷付く。
「階段上がってすぐのところに座ってんのに、呼びかけても全然気付かないから。ていうか、そんな怯えた顔で振り向かなくてもよくない?」
むっとして眉根を寄せたら、榊のほうは困ったように眉をハの字にして、おれの足元にゆっくりと視線を移動させた。
「ごめんなさい。わたし、カバンの目印ばっかり探してて」
「目印?」
そういえば、榊にカバンを預けられたときも目印がどうとか言ってたな。
おれが椅子に置いた榊のカバンには、キーホルダーのシロクマのぬいぐるみがぶら下がっている。
あれを目印に、おれがとってる席を探してたってこと……?
わざわざカバンに付けたキーホルダーを探さなくても、直接おれの姿を探したほうが早くないか?
変なこと言うな、と思っていたら、おれの足元を見ていた榊がクスリと笑った。
「ああ、でも、こっちを目印にしてもよかったかも」
「こっち?」
「うん。時瀬くんのそのスニーカー、目立っていいね」
榊が、おれの履いているスポーツブランドの赤いスニーカーを指さして、にこっと笑いかけてくる。
「え、これ?」
玄関に出してたものを適当に履いてきただけだが、白カーディガンに規定服の黒ズボンを着たおれの足元で、深い赤色のスニーカーは割と目立っている。
だけど、スニーカーの色を目印にしておれのことを探そうとするなんて。榊は少し感覚が変わってる。
彼女のことを今までとっつきにくいと感じてきたのは、そのせいかもしれない。
「よくわかんねーけど、席、あっち。座ろ」
「うん」
榊からトレーを受け取って、場所取りしている席へと促す。
おれの呼びかけに過剰に反応した榊だったけど、テーブルを挟んで向かい合って座る頃には彼女の顔から怯えの色は消えていた。
嬉しそうに苺シェイクを啜っている榊は、おれに対する警戒心ゼロだ。
おれは榊に嫌われているのか、そうじゃないのか。彼女の反応は分単位でころころと変わるから、わけがわからない。
そんな彼女の気まぐれに、いちいちショックを受けたり、ほっとしたり、おれも同じように分単位で心を揺らされている。
「榊って、なんか変だよな」
トレーの上のポテトを摘まんで口に入れながらボソリとつぶやくと、榊がぎょっとしたように大きく目を見開いた。
「変って、どこが?」
榊が、少し強張った声で訊いてくる。
おれの指摘に対して、怒ったり笑ったりするんじゃなくて、ちょっと動揺して焦るあたり、榊にも自分が変な自覚があるのかもしれない。それを隠そうとしてるんだろうが、全く隠せてない。
「うーん、おれを探すのに、カバンにつけたぬいぐるみとか、履いてるスニーカーの色を目印にしてるところとか?」
「わたし、不自然だった?」
「そうじゃなくて、なんか榊の感覚って変わってるよなーって思って」
「そんなこと初めて言われたけど……」
おれの言葉に、榊がきょとんと首を傾げた。
「おれさ、昔から、髪色の明るさとか目付きの悪さで目立つんだよ。今日のテストでカンニングの疑いかけられたのだって、おれの見た目がカンニングしそうなやつだって菊池に判断されたからだし」
「そうなの? 私、あのとき、どうして菊池先生は理由も聞かずに時瀬くんを犯人にしたんだろうって思ってた」
榊の言葉に、なぜかきゅっと胸が詰まった。
菊池に真っ先にカンニング容疑をかけられたとき、教室中が敵に思えた。だけど、榊みたいにちゃんと疑問に思ってくれるやつがいたんだと思うと救われる気分になる。
「やっぱり榊って感覚変わってるよ。おれの特徴って誰がどう見ても絶対に茶髪とつり目で、問題児顔じゃん。だから、菊池もおれを疑ったんだよ。それなのに榊は、問題児顔のおれの見た目よりも、履いてるスニーカーが目立つとか言うんだもん。おれに対してそんなこと言うやつ、これまでもこれからも、世界中で榊だけな気がする」
スニーカーを指さして無邪気に笑いかけてきた榊の顔を思いだしながら笑うと、彼女がおれを見上げてパチパチと目を瞬かせた。
「そういえば、時瀬くんの髪の色は明るい薄茶だね」
榊が、まるで今気付いたみたいにそう言うから、ゆるやかに弧を描いていたおれの唇がぽかんと開いた。
「学校でも外でも、髪色の明るい人はいるから、そこはあんまり気にしてなかったな。文化祭で助けてもらったときは、白いタオルを巻いてて髪の色がわからなかったもんね」
うつむいて微笑む榊は、目と口を茫然と開いているおれのリアクションなんて気にも留めていない。
ていうか、文化祭で助けたときのことは一応覚えてくれてたんだな。焼きそば焼くときに、汗が落ちないように頭にタオル巻いてたことも。
それなのに、おれが悪目立ちする原因となってきた地毛の明るい茶髪のことは気にしていなかったのか……。
これまで、髪の色や目力の強いつり目のせいで「生意気だ」とか「態度が悪い」とか「怖い」とかいう負のレッテルばかりを貼られてきたおれにとって、榊の言葉や反応は驚きを通り越して衝撃だった。
榊 柚乃はやっぱり、相当、感覚が人とズレてる。
「時瀬くんの髪、自然な茶色ですごく綺麗だと思う」
おれの目線より少し上。額にかかる薄茶の前髪に視線を向けた榊が、ふわりと笑う。
目の前で笑う彼女と、交わりそうで微妙に交わらない視線。それがもどかしくて。胸の奥が、妙にそわそわと痒くて。一瞬でもいいから、その視界に入れてほしいという焦燥に駆られた。
榊は特別に整った顔立ちをしているわけではない。
二重で黒目がちな目がリスとか子犬とか小動物っぽい印象を彷彿とさせるけど、それ以外にはあまり特徴のない普通な女の子だ。だけど、ときおり見せる無防備な笑顔が、どうしようもなくおれの目を奪う。
友達としょっちゅう寄り道している駅前のマックの店内。周囲は騒がしくて、店内を照らす蛍光灯の光の明るさだって普段と変わらない。
それなのに、榊 柚乃の笑った顔は、おれが今まで見た誰のものよりも眩しくて綺麗だった。
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