君だけのアオイロ

碧月あめり

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時瀬 蒼生・2

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 翌朝。教室に向かって廊下を歩いていると、数メートル先を歩く女子のカバンでふわふわしたシロクマのぬいぐるみが揺れていた。

 華奢な細い肩の上で、ダークブラウンの髪の毛の先がところどころ左右に外側に跳ねている。頭を下げて、うつむき加減に歩いているのは、榊 柚乃だった。

 カバンにつけた目印と後ろ姿だけで彼女を判別できてしまった自分に、苦笑いが漏れる。

 これまでのおれだったら何も言わずに榊の横を素通りしてるところだけど。なぜか後ろ姿を見ただけで、彼女の無防備で飾り気のない笑顔が脳裏に蘇ってくる。

 なんだかなー。

 顔を顰めてクシャリと前髪を掻くと、小走りで榊の背中をいかける。

「おはよう」

 隣に並んでから声をかけると、榊がビクリと肩を揺らしながら振り向いた。

 目を最大限にまでぐっと見開いた榊の顔は、まるで知らない人に話しかけられたときのようで。またかよ、と密かに傷付いた。

 美術室で後ろから呼びかけたときもそうだし、マックで横からトレーを持って声をかけたときもそうだった。

 榊は、おれが話しかけると毎回、過剰にビビる。


「お、はよう……」

 ぎこちなく挨拶を返してきた榊の視線が、おれの目線の上へと移動し、それからすっと足元に下がる。


「昨日はありがとう、時瀬くん」

 次に榊の視線が上がってきたとき、おれに笑顔を見せた彼女の表情は和らいでいた。

 挨拶したときに榊がビビっていたのは、単純におれがいきなり声をかけたせいだったのかもしれない。

 だけどそれ以降も、教室や廊下で榊に声をかけて、他人みたいな反応を返されることが度々あった。

 職員室にノートを運んでいる榊に横から声をかけたら驚かれたり、食堂の自販機でジュースを買ってる榊の隣に立ったら怪訝に眉を顰められたり。その度におれは心的ダメージを受けるのだけど、たいていの場合、榊はすぐに「時瀬くん?」と名前を呼んで笑いかけてくる。

 人物画のモデルになったあの日以来、おれはそっけなかったり、かと思えば親しげだったりする榊 柚乃の言動に、恐ろしいくらいに踊らされていた。

 もし榊が意図的におれに対する態度を変えて弄んでいるんだとしたら、おとなしいフリをして、とんでもない女だ。



「──な、蒼生あお。おーい、蒼生、聞いてる?」

 授業の合間の休み時間中。席に座って友達と喋っている榊のことをぼんやり見ていると、武下がおれの顔の前で手のひらを左右に振った。

 高二になってから、おれは武下と西沢ってやつとだいたい三人でつるんでる。さっきから武下がずっと何か喋ってたけど、おれは榊のことばかり見ていて友人の話を全く聞いていなかった。


「悪い、何の話だっけ」

「だから、今度の日曜、どっかに遊びに行かないかって話。俺のカノジョの友達が、蒼生と仲良くなりたいんだって」

 真顔で「へぇー」と答えると、武下が眉根を寄せる。

「うわ、すげー興味なさそう」

 武下の隣で、西沢がケラケラと笑っている。

「だって、興味ねーもん」とつぶやくと、武下がちょっと唇を尖らせて「それじゃ、俺のメンツが立たねーじゃん」とぶつぶつ文句を言ってきた。


 武下は、おれの中学のときからの同級生で、中三のときから付き合ってる子がいる。

 その彼女が定期的に「蒼生くんと仲良くなりたい子がいる」と言って友達の女子を紹介しようとしてくるのだが、それがかなり面倒臭い。

 毎回断るのも武下に悪いから、たまに気が向けば紹介されてみるけど、連絡先を交換しても、そのあとふたりで会いたいなって思う子は今のところいない。武下の彼女の友達は押しの強い子が多いから、会うと疲れる。

 武下の彼女は、おれが押しの強い派手目な子がタイプだと思ってるみたいだけど、実際にはそんなこともない。

 おれが自分の隣に並んでほしいなって思うのは、たぶん──。

 そう考えながら、視線がまた無意識に榊のほうに向いてしまっていることにハッとする。

 肝心の榊はおれの視線に全く気付いていないけれど、彼女のそばにいる江藤えとう 陽菜ひなと目が合った。その瞬間、江藤が大きな目でおれのことを威嚇するように睨んでくる。

 江藤は隣のクラスの女子なのだが、同じクラスに友達がいないのか、榊と仲が良すぎるのか、休み時間になると必ず榊のところにやってくる。

 いつも榊にぴったりと張り付いている江藤は、おれが榊に向ける視線に気付いていて。今みたいに目が合うと、おれのことを鋭い眼差しで牽制してくる。江藤の目は、今日も怖い。

 顔を引き攣らせながら視線を外すと、武下が体重をかけるようにして、おれの肩に腕をのせてきた。


「なあ、蒼生が俺の彼女の友達からの誘いを断るのって、好きな子いるから?」

「は?」

 思わず声をうわずらせたおれの肩越しに武下が見ているのは、榊のほうだ。

「別に違――」
「蒼生の好きな子って、もしかして江藤 陽菜?」

 武下が、おれに鋭い眼差しを向けている江藤 陽菜をこっそりと指さす。それがあまりに検討違いだったから、一瞬生じた焦りはすぐに消えた。

「違う」

「でもさ、最近よくふたりで見つめ合ってない?」

「ない」

 見つめ合ってるんじゃなくて、榊を視界に入れようとすると睨まれるのだ。

「江藤 陽菜、ちっさくて可愛いって一部の男子に人気らしいよ。マジでないの?」

「ない」

 そもそも、おれは江藤 陽菜の名前を知ってるだけで、話したこともないし、どんなやつなのかも知らない。

「なんだよ、つまんねーな」

 冷静な声で静かに否定したら、武下が不満げに口を尖らせた。



「あほか、武下。蒼生が江藤 陽菜のこと好きなわけないじゃん。そっちじゃなくてさー」

 ニヤリと笑った西沢が、おれのもう片方の肩に腕をのせてわざと体重をかけてくる。

「蒼生がよく見てるのって、榊 柚乃じゃん? なんか最近、声かけようと頑張ってるみたいだけど。なんかあったの?」

「は? 違っ——!」

 なんで、西沢にバレてんだよ。

 自分はもっとポーカーフェイスがうまいほうだと思ってたけど、図星を差されて、焦りとか照れとか、いろんな感情が顔と声に出た。もう、ほぼ全部。

「あー、そっち?」

「最悪……」

 片手で顔を覆うおれを間に挟んで、武下と西沢がニヤリと笑い合うのがわかって。瞬間的に、この場から消えたくなった。

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