君だけのアオイロ

碧月あめり

文字の大きさ
8 / 30
時瀬 蒼生・2

しおりを挟む

◇◇◇

 その日の放課後。武下と西沢は、嫌がるおれを無理やり榊の元へと連行した。

 ホームルームが終わると同時に、柄が悪い男子たちに包囲された榊が、怯えた顔でシロクマのキーホルダーがついたカバンを抱きしめる。

「ごめんね、帰ろうとしてるところ引き止めて。榊さんて、今週の土曜日何か予定ある?」

「特にないですけど……。なんでですか?」

「予定ないならさ、俺らと一緒に遊びに行かない?」 

 武下に胡散臭い笑顔で誘いかけられた榊が、警戒するように一歩後ずさった。

 西沢が、「そんなビビんなくてもいいのに」と笑うと、榊はますます警戒して表情をこわばらせる。

 ビビんなくてもいいって言われたって、今まで喋ったこともない男からいきなり遊びに誘われたら、驚くに決まってる。それに、おれと同じで身長178センチほどある武下と西沢に並んで立たれたら威圧感も半端ない。

 ふたりに見下ろされている榊は、まるでオオカミに狙われた子羊のようだ。

「どうして、急にわたしに誘いかけてきたんですか。え、っと……」

 眉をハの字にした榊が、困ったように武下と西沢のことを交互に見る。その表情が、可哀想なくらいに不安げだ。

 榊の反応を見ていると、ものすごく居た堪れない気持ちになってくる。こんなふうに武下や西沢が悪ノリし始めたのは、おれのせいだから。


 おれが榊のことを好きだと思っている武下たちは、おせっかいにも彼女を交えたグループデートをセッティングしようと目論んでいるのだ。おれのため……というより、おれをからかって楽しむために。

「なあ、もうやめろ。榊、ガチで困ってるから」

 榊の困り顔を見ていられなくなって、武下と西沢の間を割って前に出る。

「なんだよー。蒼生のために誘ってやってんじゃん」

「うっさい、余計なこと言うな」

 低い声でそう言って武下を横目で睨んで牽制する。すると、いったん足元に視線を落としてから顔を上げた榊が「時瀬くん?」と語尾上がりに、確認するようにおれの名前を呼んだ。

 さっきからずっと武下や西沢の後ろに立っていたのに、榊はたった今おれの存在に気付いたらしい。驚いた顔で、パチパチとまばたきをしている。

 武下たちの後ろに遠慮がちに立っていたおれは、榊の視界にも入っていなかったのだろう。

 おれがどんなに気にかけたって、榊はおれに全く興味を持っていない。わかってはいるけど、やっぱり少しガッカリする。


「ごめんな、榊。こいつら、ノリでちょっとふざけてるだけだから。ほら、行くぞ」

 苦笑いで傷心を隠して、武下と西沢を榊から引き離す。

 おれに促されて西沢は案外あっさりと引いたけど、武下のほうはそうはいかなかった。


「俺たち、土曜日にグループで遊ぶからさ、榊さんもおいでよ」

「でも、グループで遊ぶなら、わたしじゃなくて他に仲良い子を誘ったほうが楽しいんじゃないかな」

「そんなことないって。榊さんが来てくれたら俺らも楽しいから」 

 榊がそれとなく誘いを断ろうとしているのに、武下は全然諦めようとしない。それどころか「な、蒼生」と、にやけ顔でおれに同意を求めてくるから、ほんとうに勘弁してほしかった。

 確かに、最近のおれは榊のことを気にしてよく見ている自覚はある。

 だけど、それが恋愛感情によるものだって確証はないのに。榊に誤解を受けるようなことを言われたら困る。

「武下、もうほんとにやめろって。榊も、気を遣わずにはっきり断っていいから」

「蒼生、本当に断られちゃっていいの?」

「いいって」

「蒼生ってば、強がっちゃって」

「は?」

 怪訝に眉を寄せると、武下がニヤリとして、内緒話でもするみたいに口の横に手のひらをくっつけた。


「実はね、榊さん。土曜日は、ただみんなで遊ぶってわけじゃなくて、俺も西沢もカノジョを連れてきてグループデートしようってことになってんの。なのに、蒼生だけカノジョいないから、このままだと余っちゃうんだよね。だからそれもあって、榊さんに付き合ってほしいなーって思ってるんだけど。どうかな?」

「どうって言われても……」

 武下は、どうしても榊を交えたグループデートをセッティングしたくて仕方ないらしい。

 じろっと睨んでみるけど、おれがムキになればなるほど武下は楽しそうだ。

「ね、榊さん。蒼生のために来てやって」

 武下がおれを横目にニヤッとしながら、榊に向かって顔の前で軽く手を合わす。

 もはや、誘い方が強引過ぎて呆れる。というか、ちょっと引く。それに、榊の前で、おれだけモテないみたいな言い方をされてるのも腹が立つ。西沢だって、ほんとうはカノジョなんかいないのに。

 ムスッとしていると、榊がおれの様子を窺うようにチラ見してきた。

「時瀬くんは、わたしでいいの?」

「え……?」

「時瀬くんには、仲良くて誘えそうな子、他にもいるんじゃ……」

 榊が、おれから視線を外して言葉を濁す。

 武下の誘いが強引で自分で断りきれないから、おれから断ってほしいってことだよな。榊の態度からそれを察する。

 おれだって、そうしてやるのが最善だって思うけど、榊の態度に少し複雑な気持ちになってしまうのはなぜだろう。


 一瞬言葉を発するのを躊躇うと、その隙を突いて、武下がしゃしゃり出てきた。

「他なんて、いないいない。蒼生、高校入ってからカノジョいたことないし。見かけほどモテないから」

 榊のことを知るまでは、カノジョの友達をおれに紹介しようとしていたくせに。見かけほどモテないとか、失礼だ。

 むっと唇を真横に結ぶおれの斜め後ろで西沢までがプハッと噴き出すから、不快感極まりない。

「悪かったな、モテなくて。そんなモテないやつに付き合わされたら榊が迷惑だろ」

 ヤケクソ気味にそう言って、武下の肩を引っ張る。

 いつまでもしつこくからかいやがって、覚えてろよ。

 ヘラヘラ笑う武下を睨みあげたとき、榊がボソリと何か言った。

「……ではないよ」

「ん? なに、榊さん」

「わたしは迷惑ではないよ」

 小さな声ではあったけど、榊がはっきりとそう言ったから、不覚にもドキッとした。

「え」と小さく口を動かすおれの横で、「そうなんだ」と武下が前のめりに身を乗り出す。


「てことは、土曜日、蒼生に付き合ってくれるの?」

「いや、でも……、わたしは迷惑じゃなくても、時瀬くんに迷惑がかかると思う」

 誘われたこと自体は迷惑じゃないと明言したくせに、いざ武下が約束を取りつけようとすると榊は渋って首を縦には振らない。矛盾してるだろと思いながら、おれは複雑な気持ちに胸を揺らしていた。

「榊さんが来て、蒼生が迷惑がることなんて絶対ないから。土曜日は、榊さんも参加ね。はい、決定~」

「え、でも……」

 榊は「参加する」とはひとことも言っていないのに、武下が強引に彼女を丸め込んでしまう。

「待ち合わせ場所とか時間とか、決まったら榊さんにも伝えるね」

 武下から、にっこりと圧のある笑顔を向けられた榊も、最後は反論できずに黙り込んでしまった。それを土曜日のグループデートの了承だとみなした武下が、楽し気に口角を引き上げておれの肩をポンポンと叩く。

「楽しみだなー。土曜日よろしくね、榊さん。んじゃ、蒼生、西沢、帰ろー」

 目的を果たせた武下は満足したらしく、あれだけしつこく迫っていた榊の前からあっさり引いた。笑顔でひらひら手を振る武下に、榊が少し呆気にとられている。


「蒼生ー、今日は武下にマックおごったほうがいいんじゃない」 

 武下の気まぐれというか、切り替えの早さに慣れている西沢は、楽しそうにケラケラ笑っていて。からかい口調でおれにそんなことを言いながら武下に着いて行く。

「はぁ? なんで」

 土曜日のグループデートの予定を勝手に決めて、榊のことだってほぼ無理やり巻き込んだくせに。奢らされる意味がわからない。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

処理中です...