君だけのアオイロ

碧月あめり

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時瀬 蒼生・3

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 約束の土曜日。自宅の最寄り駅から電車に乗ったおれは、少し早めに榊や武下たちとの待ち合わせ場所へと向かった。

 武下がおれのために考えたという今日の計画は、集合してとりあえずボウリングをしてから、繁華街の人混みでわざとおれと榊とはぐれてふたりきりにするという、かなりざっくりとしたプランだった。

 ボウリングはいいとして、ふたりだけにされたあと、おれは榊と街中で何をすればいいんだ……。

 若干の不安を覚えながら電車に揺られているうちに、待ち合わせ場所のあるターミナル駅にたどり着いた。

 電車を降りる間際、窓に映る自分の前髪をさりげなく触って整える。

 女子と待ち合わせするのは初めてってわけでもないのに、榊に言われて履いてきた赤のスニーカーでホームに踏み出すおれの胸は、妙にそわそわして落ち着かない。

 待ち合わせ場所は駅の二階改札から階段を降りたところにある広いコンコース。大型の液晶モニターが設置されているその場所は、多くの人が利用する待ち合わせスポットだ。

 階段横のエスカレーターに乗って下を覗くと、液晶モニターの前あたりに榊の姿を見つけた。

 白のブラウスにベージュのショートパンツを着ている彼女は、紺の学生服を着ているときと違って爽やかで涼し気だ。

 待ち合わせの時間まではまだ五分以上もあるのに、肩からかけたショルダーバッグに手をかけてそわそわ落ち着きなく立っている。

 きっともうずいぶんと前からそこに待っているんだろう。人目があるのも忘れて、ふっと機嫌の良い笑みがこぼれる。

 手すりから離れると、おれはエスカレーターに乗って立ち止まっている人たちの横をすり抜けて、一気に下まで駆け下りた。

 液晶モニターの前で、行きかう人たちの足元にばかり視線を落としている榊は、まだおれの存在に気付いていない。

 顔さえあげてくれれば確実に視界に入る距離なのに。少しもどかしい気持ちで榊に歩み寄ろうとすると、彼女の前にふたり組の男が立った。

 髪の色は明るめの茶髪で、後ろから見ると背格好は、ふたりとも俺と同じくらい。だけど、そいつらは武下でも西沢でもない。

 ふたり組に話しかけられた榊は、顔をあげて何か言葉を返しているみたいだった。


 あいつら、榊の知り合いなのか……。中学時代の同級生とか? 

 週末で人も多いし、ここはいろんな人が待ち合わせに利用する場所だから、たまたま知り合いに会うなんてこともあるだろう。

 だけど、別の男に話しかけられている榊を見て、なんだか胸の中がモヤモヤした。榊がふたり組の男たちと何を話しているのかが、すごく気になる。

 待ち合わせをしているのはおれたちなんだから、遠慮せずに声をかければいいか。

 なかなか榊のそばを離れない男たちに痺れを切らして歩み寄ろうとすると、彼女がふたりと並んで歩き始めた。


「え、榊……?」

 連れて行かれる……。

「ちょっと待て、榊。どこ行くんだよ。お前は今日、おれたちと約束してるだろ。そいつら誰?」

 慌てて追いかけて、余裕なく乱暴に榊の腕をつかむ。立ち止まった榊はビクッと過剰に肩を揺らして振り返ると、大きく目を見開いた。


「え、あれ?」

 戸惑うように瞳を揺らした榊が、ついていこうとしていた茶髪の男とおれの足元を交互に見て泣きそうに顔を歪める。


「時瀬、くん?」

「そうだけど!」

 おれのほうを向いた榊に確認するように語尾上がりに名前を呼ばれて、我慢できずに苛立ちが声に出た。

 なんなんだ、いつもいつもこいつは。

「そいつらは? 榊の知り合い?」

「あ、えっと……。間違えたみたい……」

「は?」

 不機嫌に眉根が寄って、榊の腕をつかむ手にグッと力が入る。

 間違えたって、何を? 

「ごめんなさい……。わたし、赤が目印だってことばっかりで……」

 榊が何か言っているけど、まったく意味わからない。

 じろっと見下ろすように睨むと、榊はおれから視線をそらして、おどおどとしていた。

「なんだ、ツレいたのか。残念」

 話していると、榊を連れて行こうとしていたふたり組の男のうちのひとりが、おれたちを横目に、ふっと鼻で笑った。


「その子、俺たちが声かけたら、ふつうについてこようとしてたよ。気を付けなね、彼氏くん」

 男たちは、おれたちを揶揄うように顔の半分をニヤつかせていた。

 雰囲気的に、ふたりとも大学生っぽい。だけどなんとなく、柄が悪そうだ。

「それとも、今日は彼氏くんとのデートはキャンセルして俺らと遊ぶ?」

 ふたりのうちのひとりが、榊のほうに一歩近付いてしつこく絡んでくる。

 その男の頭は色落ちした汚めの茶髪で、スポーツブランドのスニーカーを履いていた。おれのとよく似てるけど微妙にデザインが違う。色は、赤だ。

 赤──。その鮮やかな色が目に飛び込んできた瞬間、榊が言ってた「間違えた」や「赤が目印」という意味が少しだけわかったような気がした。

「触らないでください」

 榊の肩に気安く触ろうとしている、茶髪に赤のスニーカーの男の手を叩き落とす。

 男が「いてぇな」と、睨んで舌打ちしてきたけど、それを無視して、おれは榊の腕を引っ張った。

「行くぞ」

 自分で思っているよりも、低くてぶっきらぼうな声が出た。少しも取り繕えていない、怒っているときの声だった。

 少しでも早くふたり組の男たちから離れたくて、榊の腕をグイグイ引っ張る。

 怒りに任せて、早足で歩いているうちに、武下たちと待ち合わせていた液晶モニターの前からはどんどん遠ざかっていった。


「あの、時瀬くん。他のみんなとの待ち合わせは……?」

 おれに引っ張られるままに着いてきた榊が、背中から声をかけてくる。困惑しているみたいな彼女の声が、無性におれをイラつかせた。

「さっきのふたり、榊の知り合いじゃないんだよな? 知らないやつにふらふら着いて行こうとしてたくせに、他のみんなとの待ち合わせもなにもないだろ」

 立ち止まって言葉をぶつけると、榊がビクッと怯えたように肩を揺らす。

「さっき榊が言ってた赤が目印って、スニーカーの色のことだよな。お前は、スニーカーの色で遊ぶ男選んでんの? おれらとの約束より、あいつらのほうが気になった? お前ってほんとうに何考えてんのか全然わかんねー」

 イライラしながら前髪をグシャリと掻いて、ため息を吐く。

 榊はブラウスのお腹の辺りの布をぎゅっと手でつかむと、怯えるようにカタカタと小刻みに肩を震わせていた。

 言い方がきつすぎたか。でも、今回ばかりは榊だって悪いと思う。

 学校で武下に遊びに誘われたときはものすごく渋ってたくせに、待ち合わせ場所でナンパしてきた知らない男には着いて行こうとするなんて、おれには榊の判断基準が全く理解できない。

 さっきの男たちの顔が好みだったのか……? 

 それとも、年上好きとか。いずれにしても、腹が立つ。


「ごめんなさい。わたし、わからなくて。時瀬くんのことは絶対に間違えないって思ってたんだけど……。ごめんなさい……」

 榊が涙声で何度も謝ってくるけど、言っていることは相変わらずよくわからない。

「さっきからずっと言ってる間違えたってなに? おれとあの男のスニーカーを間違えたってこと? だったらそれは、待ち合わせ相手のことをスニーカーで判断してる榊がおかしいだろ。そんなことしなくても、あの男の顔を見れば相手がおれじゃないことくらいすぐにわかるじゃん」

「わからないの……」

「は?」

 問い返す声が、きつく尖る。

 わからないのは、こっちのほうだ。

 さっきからずっと一方通行のままに話が進んでいるように思えて、苛立ちが募る。

「わかんねーのはこっちだよ。おれは、今日の約束を決めるときに、気が進まなければ断れって何度も言ったよな。他の男についていくくらいなら、初めからおれたちの誘いにのらなければよかっただろ」

「だから、違うの……!」

 榊が、おれに向かって叫ぶ。

「わたしには、わからないんだよ。顔を見たって、時瀬くんと、さっきの人の区別がつかない。もし時瀬くんが気付いて止めてくれてなかったら……、そう思ったらものすごく怖いよ。嘘でも冗談でもなくて、ほんとうにわからないんだから……」

 眉根を寄せて必死に訴えかけてくる榊の目から、大粒の涙がぼたぼたとこぼれて地面に落ちる。


 人目も憚らず、ぼろぼろと泣く榊のことを、通行人たちが奇異な目で見ている。その眼差しは、榊だけでなくおれにも向けられていた。

 傍はたから見る人の目には、目付きの悪い不良が気弱そうな女の子を虐めているように映っているのかもしれない。

 小さく舌打ちをすると、おれは仕方なく、ぼろぼろ泣いている榊の顔に服の袖を押し付けた。

「勝手に決めつけて悪かった。なにか事情があるなら、ちゃんと話聞くから。とりあえず、移動しよ」

 榊の目の周りを袖で乱暴にごしごしと擦ると、彼女が驚いた顔をして、ズビッと鼻を啜る。

「時瀬くん、服……」

「ああ、ハンカチとか持ってねーし」

「じゃなくて、濡れちゃう……」

「仕方ねーじゃん。榊が急にぴーぴー泣き出すから」

「ごめん……。でも、ありがとう」

 泣き顔をあげた榊が、ズビッと鼻を鳴らしながら笑おうとする。チグハグな榊の表情に、なぜか胸がぎゅっと狭まった。

 どうしてだろう。イラつかされるし、わけわかんないことばっかりなのに、榊のことをほっとけない。

「喉渇かね?」

「少し……」

「行こ」

 誘いかけると、榊はコクッと頷いて、おれに着いてきた。

 とりあえず、涙は治まったらしい。そのことに、ほっとした。

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