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時瀬 蒼生・3
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街中を歩き回ったおれたちは、駅から少し離れた場所にあるオフィスビルのあいだにあるスタバに入った。
そこに入るまでに立ち寄った駅近のコーヒーショップやファーストフードは、どこも満席だったのだ。
たいした会話もせずにスタバの入口に近い席に向かい合って座ったおれと榊は、お互いに無言で、アイスラテとキャラメルフラペチーノを啜っている。
おれが飲んでいるアイスラテはシロップなしでそのまま飲むのでもミルクの甘味が充分すぎるくらいなのに、榊が飲んでいるクリームがたっぷりのったあれは、どれほど甘いのだろう。フラペチーノをストローで吸い上げていく榊の口元をじっと見ていると、彼女がちらっと視線をあげた。
「え、っと。ちょっと飲む?」
榊が、戸惑い気味にフラペチーノのカップをおれのほうに突き出してくる。席に座ってからの榊の第一声がそれだったから、少し焦った。
榊の飲み物を物欲しそうに見てると思われたんだとしたら気まずいし。だいいち、そんなに仲良いわけでもなくて、さっき人前で大泣きさせたような女子と、ストローで間接チューなんてできるわけない。
「あー、いや。違う。すげー甘そうだなって思っただけ」
「そっか……」
会話が途切れ、また沈黙。
道端でぼろぼろと泣いた榊は、おれと他の男との区別がつかないと言っていた。
座れる場所を探しながらあちこち歩き回っているあいだ、それがどういうことなのか考えていたけれど、どれだけ考えてみてもやっぱりよくわからない。
事情があるなら聞くと言って、ここまで移動してきたけど……。時間が経ってお互いに冷静になっている今、榊が泣いた理由をあらためて訊き直すべきか迷う。
プラカップの中で溶けていく氷を転がしながら、どうしたものかと思っていると「時瀬くん」と、榊が遠慮がちに呼びかけてきた。
「さっきは、取り乱してしまってごめんなさい。わたしのせいで、グループデートの約束、台無しにしちゃったよね。あとで、みんなと合流したら、ちゃんと謝ります……」
申し訳なさそうに肩を窄ませた榊が、おれに向かって頭を下げる。
「そんなの、別にいいよ。ていうか、そんなふうに謝られたら、おれが悪いことしてるみたいに見えるからやめて」
「どうして?」
「おれ、目付き悪いし、よく他人から柄悪そうにみられがちなんだよ。さっき榊が大泣きしてたときだって、通りすがりの人たちに『不良がおとなしそうな女の子を泣かせてる』って目で見られてただろ」
プラカップをぐるぐる回しながらため息を吐くと、榊が視線をあげてパチパチとまばたきをした。
「そう、だった?」
「そうだったよ。だから、顔上げて」
通行人たちに好奇の視線を向けられていることに気付かないなんて。よっぽど余裕がなかったんだな。
まだ少し腫れぼったい榊の瞼を見て、苦笑する。
「で? おれは、榊が取り乱した事情にどこまで首突っ込んで平気なの?」
このまま黙って腹の探り合いをしたところで、どうにもならない。おれはテーブルに肘を付くと、思いきって自分から榊に詰め寄ってみた。
「本当は話さずに済めばいいって思ってたけど、そういうわけにはいかないよね……」
椅子の背もたれに背中をくっつけるようにして身をひいた榊が、うろうろと視線を彷徨わせる。
しばらく逡巡した後、榊が少し苦しげに息を吐きながらおれに告げた。
「あのね、わたし、人の顔がうまく区別できないんだ」
「え、どういう意味?」
「そのまんまの意味だよ。実はわたし、家族も友達も、どんな顔をしてるのかよくわかってない」
榊の話をうまく理解できずに眉根を寄せると、彼女が困ったように微笑んだ。
「人によっては、事故による脳の損傷で人の顔が認識できなくなるってことがあるみたいなんだけど……。わたしの場合はたぶん、初めからだと思う」
「初めからって?」
「自覚したのは中学生くらい。だけどたぶん、生まれつき、人の顔の区別がついてないんだと思う」
「だったら、榊には、おれの顔はどんなふうに見えてんの? のっぺらぼうみたいに見えてるってこと?」
「時瀬くんに目と鼻と口があるってことはわかる。だけど、時瀬くんが全体的にどんな顔なのかがよくわからないの。誰のことを見ても、わかるのは目と鼻と口があるなってことだけで、ひとりひとりの区別がつけられない」
「みんな同じ顔に見えてるってこと?」
「同じ顔っていうか……。うまく説明できないんだけど、誰の顔を見ても、目と鼻と口がついた楕円形の何かにしか見えない」
そんなことあるのか。一瞬そう思ったけど、もし榊の話が本当なのだとしたら、これまで妙だと思ってきた彼女の行動のほとんどに説明がつくし、納得がいく。
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