君だけのアオイロ

碧月あめり

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時瀬 蒼生・3

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 高一の文化祭のとき、焼きそば屋の接客が全然ダメだったのも。絵は上手いのに、美術の授業をサボっちゃうくらい人物画が苦手なのも。

 話しかける度に過剰に驚いて、確かめるようにおれの名前を語尾上がりで呼ぶのも。待ち合わせ場所で、おれと髪色や履いていた靴の色が似ていた男について行きそうになってたのも。

 もっとほかにも、おれが違和感を感じてモヤモヤしていたこと全部。

「本当はね、待ち合わせってすごく苦手なんだ。特に、学校の友達と学校以外の場所で私服姿で会うっていうのが、わたしには結構ハードルが高いの。私服になると、制服着てるときとガラッと雰囲気が変わるでしょ。学校でその人を判断するときの基準にしているものがなくなると、もう全然わからなくなるし。これまでにも、うまく待ち合わせできなくて失敗してる……」

「だから、武下に誘われたとき、最初はあんまり乗り気じゃなかったんだ?」

「うん。時瀬くんとは何度か話してるし、学校以外の場所で会っても雰囲気でわかるかなって思ったんだけど……。誰かと待ち合わせするのなんてひさしぶりで、緊張してたみたい。わたし、待っている間もずっと茶色の髪と赤いスニーカーの男の人を探すことばっかり考えてたから、赤いスニーカーの人に『お待たせ、行こっか』って声かけられて、時瀬くんだって疑いもしなかった。結局、時瀬くんに迷惑かけちゃったし、来ないほうがよかったよね」

 榊が、目を伏せてハハッと笑う。榊の話を聞いて、おれは少しムカついた。


「あいつ、そういう声の掛け方してきたんだな」

「そういう……?」

 もし榊が人の顔を識別できないんだとしたら、悪いのは榊じゃなくて「お待たせ」なんて、まぎらわしい声のかけ方をしたあの男だ。

 それなのに、おれは榊に「スニーカーの色で遊ぶ男を選ぶのか?」なんて、ひどい言い方をした。最低だ。

「何も知らずに、榊を非難するようなことばっかり言ってごめん」

 イラついて、榊にひどい言葉をたくさん浴びせてしまった数十分前の自分に反省しかない。

 頭を下げると、榊は「ううん、いいの」と、顔の前で手を左右に振った。

「でもさ、顔の区別がつかなくて、学校では不自由ないの?」

「わたし、あんまり社交的な方ではないし、学校では特定の友達や先生としか関わらないから。その人たちのことは、規定服の着方とか、髪型とか、話し方とか、あとは仕草のクセとかで区別するようにしてて、普段の生活ではそこまで困らないよ」

「そっか」

「困るのは、文化祭とか体育祭でクラスメートがみんなお揃いのTシャツを着たり、髪型を普段と変えちゃったりするとき。そういうときは、普段目印にしてるものがなくなっちゃうからちょっと困る。あ、高一のときに焼きそば屋の店番をしたときも大変だったな。お客さんの顔の区別が全然つかなくて……。時瀬くんにも迷惑かけたよね」

 榊が申し訳なさそうに苦笑いする。

「おれは別に迷惑なんて思ってないよ。今日のことも、文化祭のときのことも」

 おれがそう言うと、視線をあげた榊がわずかに目を細めた。

「時瀬くんて、優しいよね」

「は?」

 優しいなんて、言われ慣れてないから、榊の言葉にちょっと焦った。榊がおれのどこをどう見てそんなふうに思ったのかはわからないけど、耳の奥がこそばゆい。

「榊って、やっぱりちょっと変だよな」

 照れ隠しに前髪を触りながらボソッとつぶやくと、榊が不安そうに眉尻を下げた。

「ごめん。今わたしが話したこと、変だったよね……」

 おれのひとりごとを誤解しているらしい榊に、慌てて首を横に振る。

「いや、そうじゃなくて。変だって思ったのは、榊の感覚。おれのこと『優しい』なんて評価するの、榊くらいだよ。基本的に、睨んでるみたいで怖いとか、態度が悪いとか生意気だとか、見た目で評価されがちだから」

「その人たちは、顔の区別がつくのに見る目がないんだね」

 ふっと息を吐くように笑ったおれの声に、唇を尖らせた榊の不服そうな声が混ざる。瞬間、胸の奥がぎゅっと詰まった。

 やっぱり、榊はちょっと変だ。

 眉根を寄せて黙り込むと、榊が急におろおろとする。


「ご、ごめん、時瀬くん。わたし、なんか嫌なこと言ったかな……?」

「なんで?」

「わたし、顔全体はわからないから、人と話すときに口とか眉とかパーツの動きを見て会話を合わせるっていうか、空気を読むように気を付けてるんだけど……。今の時瀬くんみたいに、眉がキュッと中央に寄ってるときは、だいたいみんな、怒ってるか、機嫌悪い。だから、わたしの話で不快にさせてたなら、ごめんなさい……」

「別に、怒ってもないし、不機嫌でもないよ」

「そう……」

 おれが眉間を緩めて否定しても、榊はまだ少し不安そうだった。

「考えごとしてて無意識に眉間が寄っちゃっただけだから。榊の言ったことが不快だったとかではない」

 榊に意外なことを言われたのが嬉しくて、感情の揺れを表に出さないようにセーブしようとしただけだ。それを言葉にして説明するのはさすがにキモい気がするから、言わないけど。

 おれがもう一度否定すると、榊が視線をあげて、ほっとしたように頬を緩めた。今日初めて見せてくれた榊の柔らかな表情に、おれも安堵する。

 ふと手元を見ると、おれのアイス・ラテは氷が溶けてかなり薄まっている。

 プラカップに四分の一ほど残っていたそれをストローで吸い上げて榊のほうを見ると、彼女のフラペチーノも半分以上減っていた。


「それ、飲み終わったら行く?」

 榊の手元を指差すと、「あ、うん」と頷いた榊が、慌てたようにフラペチーノの残りを啜る。

「焦んなくていいよ」

 必死にカップの残りを飲み干そうとしている榊を見て、ふっと笑うと、彼女がストローから口を離して首を横に振った。

「ううん、もう残して行こうかな。わたしのせいで、待ち合わせ時間に大遅刻だもんね。早く合流しないと……」

「いいよ、もう武下たちとは合流しなくて」

 飲み残しのプラカップを持って席を立とうとする榊の手首をつかむと、彼女が「え?」と不思議そうにまばたきをした。

 榊は、学校で約束をしたときから今この瞬間までずっと、自分がグループデートの人数合わせで誘われたと思ってる。

 それを純粋に信じてくれている榊には悪いけど、おれはもう、武下たちとの約束なんてどうでもよくなっていた。

 どうせ武下たちだって、おれと榊の合流を期待していない。

 スタバに入る前に、トラブルで榊とふたりでいることを武下と西沢にラインしたら「そのまま、ふたりでごゆっくり~」というメッセージが入ってきていた。

「座ってゆっくり飲めば?」

「でも、みんなは?」

「みんな、なんて気にしなくていいよ。榊は武下たちと仲良いわけじゃないし、あいつらが連れてくる女子たちとも初対面じゃん。ほんとのこと言うと、グループデートは榊のこと誘うための口実だから」

「え?」

「初めから、みんなでボウリングしたあと、武下たちとは適当なところで別れる予定だった」

「どうして……?」

「武下のやつ、おれと榊のことをどうにかしようと企んでんの」

「どうにか……」

 おれの言葉の意味を理解して、何かを察したらしい榊の顔がじわじわと赤くなっていく。榊がわかりやすく照れるから、つられておれまで照れてしまう。

「と、いうことなので。このままふたりでもよければ、座ってもらっていいですか……?」

 ドキドキしながら訊ねると、榊がコクンと頷いて椅子に座る。

 おれの視線を避けるようにうつむいた榊は、赤い顔をして、さっきまでよりも必死にフラペチーノを啜っていた。

 どうやら、おれが思ってた以上に意識してもらえているらしい。

 下を向いた榊の髪の隙間からちょこんと覗いた耳の先っぽが真っ赤で。それが、すごく可愛かった。


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