君だけのアオイロ

碧月あめり

文字の大きさ
13 / 30
時瀬 蒼生・3

しおりを挟む
◇◇◇

「榊はどこか行きたいところある?」

 スタバを出てから訊ねると、榊は「うーん」と首を傾げた。


「今日はボウリングだと思ってたから、行きたいところは特に考えてなかったな」

「だったら、ボウリング行く?」

 提案すると、榊が少し微妙な顔をした。

「もし行き先を選べるなら、ボウリング以外の場所がいいかな。実は、あんまり得意じゃない」

「あー、わかる。なんか、ガター連発してそう」

「否定はできないけど……」

 ボウリングの球を重たそうに抱えて不器用にレーンに落とす榊の姿を想像してククッと笑うと、彼女がむっと頬を膨らませる。その横顔が可愛くて、おれはひとりで吹き出してしまった。

「じゃあ、映画でも見る? 今、何やってんだろ」

 何気なくそう言ってスマホで上映映画を調べようとすると、おれのほうに一歩近寄った榊が横から手元を覗き込んできた。

「映画見るなら、アクションとかホラーとかがいいな」

「榊、ホラー好きなの? 今なんか怖いやつやってんのかな」

 意外に思いつつ、スマホの画面をスクロールして上映中のホラー映画を探す。

 おれの勝手なイメージでは、榊はホラー映画よりも邦画の恋愛系を好んで見てそうだけど。好みって見かけによらないよな。


「あ、今、ひとつやってるやつある」

 スマホを寄せて見せると、榊が映画のタイトルを読んで微妙に顔を引き攣らせた。

「ごめん、やっぱりホラーはなしで。アクション系のほうがいいかも……」

「いいけど。見たいジャンルじゃなかった?」

「あ、うん……」

 モジモジと何か言いたげにしている榊を変だな、と思っていると、彼女が「ごめんなさい……」と謝ってくる。

「ホラーが得意なわけじゃなくて、映画を見るなら、ストーリーがわかりやすそうなもののほうがいいかなって思ったの。わたし、出てる俳優さんとか女優さんの顔がよくわからないから、複雑な恋愛系とかサスペンス系の映画だと、誰が誰だがわかんなくなっちゃうんだ……」

「ああ、そっか。じゃあ、映画見ても楽しくねーよな」

「ごめん……、面倒くさいよね」

 顔をうつむけた榊が、恐縮そうに謝ってくる。

 なんだか今日は、会ってからずっと榊に謝られてばかりだ。せっかく一緒にいるのに申し訳ながられてばかりなのは違う気がする。


「謝んないでいいよ。今みたいに楽しめないことはちゃんと教えて。そのほうが、おれも嬉しいし」

「ありがとう……」

 ボソッとそう答えた榊が、ほんのりと頬を染めて横目におれを見上げてくる。

 物言いたげな視線に「ん?」と首を傾げたら、榊が足元に視線を落としてゆるゆると首を振った。


「いや、なんか……。時瀬くんてモテそうだなって思って」

「は? なんで? 全然、そんなんねーし。目付き悪くて怖そうって言われるのはしょっちゅうだけど」

 優しいとか、モテそうとか。どうして榊は、今まであんまり言われたことのないような言葉でおれを持ち上げてくるんだろう。


 おれの焦った声を聞いて、榊は下を向いてクスクス笑っていた。

 顔の区別がつかなくても、赤くなってるとかそういうのはわかんのかな。もしわかるなら、今、最高潮に顔が火照ってるから、見られたら恥ずかしい。

 榊から顔を背けると、しばらく周囲の人の流れに視線を向けて歩く。顔の火照りと気持ちを落ち着いてから、ふと視線を戻すと、隣から榊の姿が消えていてヒヤリとした。

 おれがよそ見してる間に、他の誰かをおれと間違えて着いて行ったんじゃ……。待ち合わせのときの嫌な記憶が蘇ってきて、全身から血が引いていく。

 焦ってきょろきょろと辺りを見回すと、榊はおれが立っている場所から一メートルも離れていないショーウィンドウの前で足を止めていた。

 いた……! 

 ほっとして榊のほうに引き返そうとすると、ショーウィンドウに飾られた服を見上げていた榊がハッと振り向いて青褪める。

 榊は、おれが歩み寄っていることにも気付かずに、泣きそうな顔で周囲を見回していた。そんな榊に向かってアピールするように手を振ってみたけど、おれを見失って余裕をなくしているのか、全然気付いてくれない。

 目の前を行きすぎていく男の人を不安そうな目でひとりひとり確認するように見送っていて。わかっているようでわかっていなかった、「人の顔の区別がつかない」という榊の言葉の意味を思い知らされたような気がした。

「榊」

 横から声をかけると、ビクッと肩を震わせた榊が怯えた目で振り返る。


「ごめん、よそ見してた。おれ、時瀬」

「時瀬くん」

 榊がぼんやりとおれの顔を見ながら確かめるように名前を呼んで、赤いスニーカーに視線を落とす。それから、肩でほっと息を吐いた。


「ごめんなさい……。立ち止まったとき、声かけたつもりだったんだけど……」

「ごめん、聞こえてなかった」

 人混みの中で離れたら、どうなるか。そんなことも想像できずに、一瞬でも目を逸らしていたおれも悪い。

「ほんとうに、わかんなくなっちゃうんだよな……」

「ごめん……」

 ぼそっとつぶやくと、榊が心底申し訳なさそうな顔をする。

「そういう意味じゃないから」

 榊が抱えてるものの意味を思い知らされたっていうだけで、彼女を否定したかったわけじゃない。言葉足らずな発言をしてしまったことに気付いて慌てて首を振ったけど、榊は哀しそうな目をしてキュッと口角を引き上げた。

「もう、帰る?」

 無理やり作ったみたいな榊の笑顔。おれが最初に惹かれたのは、榊が瞬間的に見せるふわっとした無防備な笑顔だったのに。

 今日一日、彼女に哀しい顔や不安そうな顔ばかりさせてしまう自分が情けなくて嫌になる。


「今帰ったら、榊が何も楽しめないままで終わっちゃうじゃん」

「でも、時瀬くんに迷惑かけてばっかりだし。また、離れて見失ったら――」

「じゃあ、離れないように掴んどいて」

 だって、おれはまだ今日を終わらせたくない。

 深く考えずに勢いのまま手を差し出すと、おれの手のひらを見つめた榊の頬がじわじわと赤く染まり始めた。

「え、っと……」

 恥ずかしそうに躊躇われて、時間差でおれにも恥ずかしさが伝染してくる。

 差し出した手をパッと掴んでもらえたらよかったけど、榊はそんなタイプじゃない。榊の反応からして、このまま手を繋ぐのはハードルが高そうだ。

 仕方なく、榊の右手をそっと掴んでおれの左腕の服の袖に触らせる。

「ここ、どーぞ」

 おれから服の左袖を提供された榊は、遠慮がちにそこを掴むとコクンと頷いた。小さな子どもみたいな彼女の仕草が、胸にぎゅっとくる。

 ドキドキしながら足を一歩踏み出すと、ふと履いているスニーカーの赤が視界に飛び込んできた。


「そういえばさ、学校ではおれのことをどうやって認識してくれてんの?」

 今日の赤いスニーカーは目立つけど、おれは学校中で特徴のあるものは身に付けていない。

 うちの高校は、男子は規定服の黒ズボン、女子は規定服の紺のスカートを身につけていれば、上に着るトレーナーとかカーディガンやセーターは色も種類も自由だ。とはいえ、みんな似たり寄ったり。

 不思議に思って訊ねたら、榊がおれの頭に視線を向けた。

「時瀬くんだって判断する基準は、髪の色と前髪の流し方」

「髪色はわかるけど、前髪?」

「今日は真ん中で分けてていつもと違うけど、学校ではおろしてちょっと斜めにワックスで流してるでしょ」

「ああ、そうだわ。てことは、前髪変わると区別付きにくい?」

「学校だったら、ちょっと迷っちゃうかもしれない……」

 榊が肩を竦めて苦笑いする。それを見て、おれは慌てて額の上で前髪をぐしゃぐしゃ撫でて、いつもどおりに見えるようにした。

「でも、うちの学校って茶髪のやつ結構いるじゃん。髪型だけでおれってわかるの?」

「髪型は時瀬くんって判断する要素のひとつだよ。それ以外にも、見てるところがある」

「なに?」

「隣に立ったときの身長差とか、ハキハキした迷いのない話し方とか……、あとは、上履きの踵」

「上履き?」

 怪訝に眉を寄せながら訊ねると、榊がふふっと笑う。


「時瀬くん、上履きのサイズ合ってなくていつも踵踏んでるでしょ。踏み潰されすぎてひしゃげてる上履きも、時瀬くんだって認識するのに役立ってるよ」

「へえ。じゃあ、おれ、この先も一生、上履きの踵は踏み潰すして生きていくわ」

 真顔で言うと、榊が一瞬目を見開いて、そのあと「え、あ、うん……」と挙動不審気味に頷く。

「それでも、おれが声かけたときにちょっとビビったり、語尾上がりに名前を呼んで確かめてくるのは、今教えてくれた基準だけじゃおれって確証が持てないから?」

「そう、だね。それでも、100%時瀬くんだって自信はない。同じような背格好の人が同じような髪型をして踵を踏ん付けてたら、時瀬くんと思っちゃうかもしれない」

「たしかに、今榊がおれを認識してくれてる基準って、ちょっと曖昧だもんな。上履きは一生踵踏んどけばいいとしても、髪型は切ったりしたら微妙に変わっちゃうし……」

 何かもっと、いつもある絶対的な目印みたいなものがあれば榊に認識されやすくなるのかな……。

 しばらく考えて、ハッとした。

「榊、ちょっと今から買い物付き合って」

「うん。いいけど……」

 榊が頷くまでの数秒が待ちきれず、おれの左袖を掴んでいる彼女の手を上から包んで引っ張る。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...